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アメリカのINF条約離脱、真の理由は中国抑止にある

ミリタリーリポート@アメリカ
日本やフィリピンに海兵隊が持ち込むかもしれない長射程ロケット発射装置HIMARS(写真:米海軍)
日本やフィリピンに海兵隊が持ち込むかもしれない長射程ロケット発射装置HIMARS(写真:米海軍)

前回の本コラムで述べたように、アメリカは中距離核戦力(INF)全廃条約に縛られて、各種の地上発射型長射程ミサイルを手にしてこなかった。その間、この条約と無関係だった中国はそうしたミサイルを多数開発し、手にしてきた。

【前回のコラム】INF条約の陰で進んだ中国ミサイル開発の全容

そのため、中国はアメリカの同盟友好諸国に短期激烈戦争を仕掛けて大打撃を与える態勢を固めているのに、アメリカは同盟友好国を中国の脅威から守るための対中短期激烈戦争を行う能力を持っていないのが現状だ。

アメリカはこのような不均衡状態を打破して東アジアでの覇権を維持するため、日本やフィリピンなどアメリカの軍事的従属国を中国軍の長射程ミサイルの脅威から保護できるようなミサイル戦力(それらはINF条約で禁止されていた)を手にしようとしている。そのためには、何としてでもINF条約を離脱しなければならなかったのである。

■有効な抑止手段を持たないアメリカ

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アメリカ軍はトマホークミサイルを3000発保有している(写真:Raytheon社)

現在、中国の領域を遠距離から攻撃できる米軍保有のミサイルは、大陸間弾道ミサイルを除くと、海軍艦艇(巡洋艦、駆逐艦、攻撃原潜)から発射されるトマホーク巡航ミサイルと、大型爆撃機(B

52HB1B)から発射されるAGM86巡航ミサイル(ALCM)だけである。

広大な海洋を動き回れるような機動性のある軍艦から発射するミサイル攻撃は効果的だったが、航空機や衛星から船舶を探知する技術が飛躍的に発達し、数十基(理論的には最大122基)のトマホーク巡航ミサイルを搭載した水上戦闘艦による奇襲攻撃は不可能に近くなってしまった。

潜水艦からトマホーク巡航ミサイルを発射する方法は、潜水艦探知技術が進歩しているとはいえ、いまだに極めてステルス性が高い奇襲攻撃法だが、攻撃原潜からのミサイル連射は最大12発で、とても中国に対する短期激烈戦争に見合った戦力にはならない。

大型爆撃機から発射されるALCMは、トマホークミサイルより低速である上、ミサイル自体が大型なためステルス性が低く強力な防空網を有する中国への攻撃として、威力を期待できない。

トマホーク巡航ミサイルやALCMによる攻撃のほかにも、爆撃機や戦闘攻撃機で中国本土に接近して、誘導爆弾などを発射して攻撃する方法も考えられる。しかし、中国が用意している幾重にもわたる防空網を突破して本土上空に攻撃機を接近させるのは至難の業で、このオプションではとても対中短期激烈戦争を実施できない。

日本では世界最強と信じられているアメリカ軍ではあるが、中国に対して勝利するだけの戦力を見せつけて中国の日本(あるいは台湾、フィリピン、韓国など)への短期激烈戦争の発動を抑止することに関しては、極めて心もとない状況なのだ。これではアメリカ軍に対する日本や東アジア同盟友好諸国の信頼が低下するのは避けられない。

アメリカが東アジアでの軍事的覇権を失わないためには、新たなミサイル戦力を手にしなければならない。少なくとも、そのようなポーズを示さなければならないのである。

■米軍が必要としている長射程ミサイル

そのために必要なのが、これまでINF条約で禁止されていた長射程ミサイルだ。すなわち、地上発射型の短距離弾道ミサイル、準中距離弾道ミサイルそして長距離巡航ミサイルである。

もし極東に展開するアメリカ軍が、そうしたミサイルを中国の戦略要地に発射できる態勢を固めれば、補強する艦艇や大型爆撃機から発射される巡航ミサイル戦力とともに、中国に対する短期激烈戦争を遂行する戦力となり得る。

また、こうした地上発射型ミサイルは通常、大型トレーラーのような地上移動式発射装置(輸送起立発射装置:TEL)から発射される。

TELはいくら大型トレーラーのような巨体であるとはいえ、巡洋艦や駆逐艦、それにB52爆撃機に比べると超小型だ。そのうえ地上を移動できるTELは、敵の偵察衛星や偵察機から隠すことができ、敵からの攻撃で破壊される可能性が低い。さらに、軍艦や爆撃機に比べてTELを含めた地上発射型ミサイルシステムの価格は安く、大量の地上発射型長射程ミサイルを調達することは比較的容易だ。

ただし、地上発射型ミサイルには大きな問題点がある。アメリカ軍がそれらの地上発射型長射程ミサイルをどこに配備するかという問題だ。アメリカ政府(そして日本)にとっては幸か不幸か、答えは簡単だ。地理的、政治的、道路をはじめとするインフラ整備の状況から考えると、日本の領土内こそが対中攻撃用の長射程ミサイル発射地点には最適なのである。

■日本各地に配備されないと抑止力にならない

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山口県と秋田県が配備候補地になっているイージス・アショア(写真:米国海軍軍協会)

すでにアメリカ軍は、日本に数カ所の軍事施設を保有している。沖縄の嘉手納基地内には、対中攻撃用ではないが、地上発射型ミサイルのPAC3防空ミサイルシステムが配備されている。地上発射型弾道ミサイル(もちろん非核弾頭搭載)システムを、PAC3のように日本の米軍施設内に展開させるのが手っ取り早い方法になる。

しかし、アメリカ軍がTELを日本国内のアメリカ軍施設内だけに配備していたのでは、固定式ミサイル基地と大差無いものとなってしまう。万一の場合には、中国軍による米軍施設に対する一斉攻撃で大打撃を被ってしまうかもしれない。したがって、米軍のTELは米軍施設以外の様々な地点に分散配置できなければ、強力な抑止効果は生じない。

したがって、アメリカが日本などを中国の軍事的脅威から本気で守ろうと考えるならば、INF条約離脱によって手にすることができる各種長射程ミサイルを、日本各地から発射できるような態勢を実現させるため、日本政府に何らかの取り決めを持ちかけてくるだろう。

あるいは、日本にそれらの長射程ミサイルを装備させて「中国の対日短期激烈戦争の実施可能性を、日本自身の対中短期激烈戦争の実施能力によって抑止する」だけの自主防衛力を身につけるように働きかけてくるかもしれない。

しかし後者の場合、日本に対するアメリカの優位性が後退するので、東アジアでの覇権を維持するという優越主義の観点からすると、アメリカにとっては前者の方が好ましいことになる。

もちろん、アメリカに言われるまでもなく、日本自身の決断で上記のような自主防衛力を身につけることこそ、日本にとって最も望ましい姿であることは言うまでもない。しかしながら、日本政府や政治家そして多くの日本国民に浸透している「アメリカの軍事力に頼る」という現状の防衛意識からすると、日本自身が万難を排して自主防衛力を強化する方針に転換することは至難の業と考えざるを得ない。結局、アメリカの要求であれば従う空気が日本に存続している間に、日本政府は米軍の長射程ミサイルを日本中に展開できるような態勢にもっていく可能性はある。