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植物工場でつくる「日本のイチゴ」 アメリカから世界へ 古賀大貴さんが描く未来図

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
米ニュージャージー州にあるOishi Farm本社で、自社工場で育てたイチゴを手にする古賀大貴さん。部屋に甘い香りが漂った
米ニュージャージー州にあるOishii Farm本社で、自社工場で育てたイチゴを手にする古賀大貴さん。部屋に甘い香りが漂った=2026年1月、杉山歩撮影

アメリカで植物工場から生まれた「日本のイチゴ」が人気を集めている。工場を経営するのは、日本人が立ち上げたスタートアップ企業「Oishii Farm(オイシイファーム)」。共同創業者兼最高経営責任者(CEO)の古賀大貴さん(39)は、世界中に日本発の農産物を届けるビジョンを描く。

米ニューヨークのスーパーマーケットの果物売り場に、ひときわ輝くイチゴがある。パックを開ける前から漂う甘い香り。真っ赤な実には張りがあり、みずみずしい。ほおばると果汁があふれ出し、一気に幸せな気分になる。

イチゴを栽培するOishii Farmの植物工場は、東部ニュージャージー州にある。日本から輸入した種から育ったイチゴの完熟度を、画像認識技術や人工知能(AI)を使って見極め、ロボットが収穫する。最新の工場では、天候に左右されず、温度や湿度、光などが管理され、無農薬で甘さあふれるイチゴを作る。

古賀大貴さんが同社を創業したのは2017年。貨物用のコンテナを改造した工場からの出発だった。当初、1日5パックほどしか作れなかった小さなビジネスはいま、米大手スーパー「ホールフーズ」の東海岸の店舗など、米国とカナダの計340以上の店で売るまでに成長した。

「日本のよいもの」届けるために

小学生のころを欧米で過ごした。「日本はいろんな資産がある国だ」と思っていた。ドラゴンボールに任天堂、ウォークマン、トヨタ自動車……。尊敬を集めるブランドがたくさんあったからだ。

ただ、当時は「失われた20年」のまっただ中、日本にいると「昔はよかった」と聞かされ、海外での体感と比べて悲観的なことがもどかしかった。「何か日本のよいもの」を世界に広める仕事をしたい、と感じた。

でも、そのために何をすべきなのかがはっきりしなかった。大人へと成長していくなかで「エネルギーだけはあり余っていて、登りたい山が何かわからなかった」。

Oishii Farmの植物工場。産業用ロボットやAI(人工知能)を駆使して栽培されている
Oishii Farmの植物工場。産業用ロボットやAI(人工知能)を駆使して栽培されている=同社提供

そんな状態だったから、大学時代の就職活動でも、金融、商社、広告、メーカーと様々な業界を見て、やりたいことを探した。それでも決めきれず、「猶予期間」を得ようと、コンサルティング会社に入った。社内には、特定の分野で専門性を高めようとする人が多かったが、古賀さんは担当業種を次々と変えた。

そこで関心を持ったのが農業だった。規模の大きな産業で、日本の農産物の質が高い。ただ、規制が多く企業の参入が進んでおらず、反対に今後、チャンスがあると感じた。

忙しい仕事のかたわら、農業を学ぶための学校に入った。週末や夜間に農業を実践し、農家に会い、直感的におもしろいと思った。技術革新が起きておらず、可能性が大きいと感じたからだ。会社で農業のプログラムが立ち上がると手を挙げ、植物工場の案件を手がけた。

2015年、目標としていたMBA取得のためにカリフォルニア大(UC)バークリー校に留学。起業をめざす同級生に囲まれ、ベンチャーキャピタルでインターンシップをする中で、米国でも植物工場が立ち上がり、投資実績が積み上がってきていると知った。

自分にはコンサル時代に培った知見がある。植物工場は、世界でも日本が先行し、技術がある。起業すれば日本人であることの強みが生かせるはず。「全ての矢印が自分に向かっている感覚だった」

目をつけたのは、味の違いが出やすく、ブランド化しやすいイチゴだった。米国で売られているイチゴには、硬く甘みも薄いものも多い。市場調査で日本のイチゴを持ってレストランを訪ね歩くと、「イチゴってこんなにおいしいのか」という反応をされていた。

ただ、課題があった。植物工場で栽培されることが多いレタスなどと違い、果実を実らせるには授粉が必要。ハウス栽培ではハチが媒介するが、植物工場の環境では、ハチは授粉してくれないことが多く、ビジネスとしてうまくいった事例はなかった。投資額も大きく、UCバークリーの教授らはそろって反対した。

それでも、決意は揺るがなかった。2017年5月、MBAの修了式の翌日にニュージャージーへ飛んだ。川の向こう側、食の中心地ニューヨークに狙いを定め、工場を立ち上げた。

ミシュラン店に飛び込みで

イチゴの評判は口コミで広がっていった。「ここに入れたら、あとはもう誰でも買ってくれるだろう」と、目をつけていた高級レストランがあった。星の数で飲食店を評価する「ミシュランガイド」で最高評価の三つ星も獲得した、世界中のVIPが訪れる有名店。シェフは頑固な職人気質で、気むずかしいことで知られていた。

共同創業者の米国人ブレンダン・サマービルさんとともに、飛び込みで「どぶ板営業」に行くと、シェフと会えることになった。持ってきたイチゴを差し出すと、シェフは何粒か食べて、言った。「明日から持ってきてくれ」

コース料理のデザートとしてイチゴが採用された。しかも、何も手を加えず、そのままで。自分の作ったものにプロが初めて価値を認め、買ってくれた。「人生で一番うれしい瞬間だったかもしれない。これをひたすらやっていけばいけると確信した」

Oishii Farmのイチゴ
Oishii Farmのイチゴ=2025年11月、米ニューヨーク、杉山歩撮影

「何かをやりきりたい」と、自身を突き動かしていたのは、高校時代の終わり頃に亡くなった祖父の姿だった。亡くなる数日前、末期がんで病床に伏すなか、家族の前で言った。「最高の人生だ。これ以上はできなかった」。人間、このために生きているんだな、死ぬ間際にこう言えなかったら、何の意味もない人生なんじゃないか。そのとき思った。

古賀さん自身はというと、さらなる事業拡大へ2021年に約55億円、2024年にはNTTなどからの約230億円の調達を発表できた。植物工場の中には、採算が合わず、経営破綻したケースもある。多くが栽培技術が確立された葉物野菜から始めるなか、ハチによる授粉技術を向上させ、規模を拡大してきた。イチゴに目をつけて全ての労力と資金を注ぎ、やり続けてきたからこその成果だった。

2024年夏から古賀さんの「右腕」として働く前原宏紀さんは、投資家との会食でレストランに行ったときのことを覚えている。居合わせた客10人ほどに新開発のイチゴを食べてもらうと、拍手がわき起こった。古賀さんは見たことのない満面の笑みを浮かべていた。創業から時間が経っても「『ワオ!』と人を感動させる、おいしいと思ってもらえる体験をどれだけ届けられるかに情熱を感じているんだな」と思った。

古賀さんが投資家に語るビジョンは、起業当時から変わらない。農業は将来、植物工場にほぼ置き換わる。100兆円産業になり、テスラやトヨタを超える時価総額の会社が出てくる。ブランド化できるイチゴを制する者が、世界最大の農業生産者になる。

目指すのは、「新鮮でおいしくて安全なものが、世界中で当たり前のように食べられる」こと。古賀さんはそれを「パラダイムシフト」と表現する。

当初1パック50ドルだったイチゴは、生産規模の拡大などで7.99~10ドル前後になった。でも、まだ比較的高価だ。スーパーで手頃だと思ってもらえる水準でなければ「パラダイムシフトにはならない」という。

植物工場で作ったパック入りのイチゴを示す古賀大貴さん
植物工場で作ったパック入りのイチゴを示す古賀大貴さん=2026年1月、米ニュージャージー州、杉山歩撮影

10年後には世界の主要都市で、30年、40年後には世界中のスーパーで、365日自社のイチゴが売られている、そんな未来を思い描く。「アニメと言えば日本、自動車と言えば日本というように、『農業の日本』にしていきたい」