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不耕起栽培(耕さない農業)の起源、実は日本?それでも普及しない事情と変革者の思い

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耕さない有機農業に取り組んでいるあだたら食農の畑に立つ金子信博・福島大学教授
耕さない有機農業に取り組んでいるあだたら食農の畑に立つ金子信博・福島大学教授=2022年7月、福島県二本松市

大島慶子さん(28)は「耕すか、耕さないか」で迷っている。

東京・表参道の「クレヨンハウス」で有機食品を販売していたが、つくる側になりたいと、2年前に福島県二本松市に移住した。昨年3月、市民参加による耕さない有機農業の実験が進められている「あだたら食農スクールファーム」の実習に参加した。

あだたら食農では、市民主導で耕さない有機農業に取り組んでいる
あだたら食農では、市民主導で耕さない有機農業に取り組んでいる=2022年7月、福島県二本松市

この農場では耕作放棄地だった約60アールを整備して土を耕す畑と耕さない畑に分けた。農薬や化学肥料は使わずにダイコンやジャガイモ、トウモロコシ、葉物など同じ野菜を育て、不耕起栽培の効果を調べている。

大島さんには耕さないこと自体が驚きだった。

栽培を始めた昨春、耕さない畑の土は硬くて苗を植えるのも一苦労だったが、1年たってだいぶ柔らかくなった。

ミミズも耕した畑に比べて多かった。5月には、人の背丈にもなったライ麦を倒して被覆作物にした。耕さずにつくったトマトは味が濃くて独特のうまみがあった。

あだたら食農の不耕起栽培の畑。被覆作物に覆われた土にはミミズがたくさんいた
あだたら食農の不耕起栽培の畑。被覆作物に覆われた土にはミミズがたくさんいた=2022年7月、福島県二本松市、石井徹撮影

食品分析でも、耕した場合に比べて糖度や酸度は高かった。当初は無理だと思っていた大島さんだが、「耕さなくてもできるかもしれない」と思い始めている。

耕さない農業は、ある意味で日本が発祥だ。

2008年に95歳で亡くなった農哲学者の福岡正信氏は、1975年に出版した「自然農法・わら一本の革命」で、自らが実践する耕さない農業を紹介し、生命のつながりや土の健康を取り戻す必要性を訴えた。

「土を育てる」の著者で不耕起農業の旗手として知られる、米国のゲイブ・ブラウンさん(61)も影響を受けたという。

ただ、自然農法は哲学的、精神的な面が強調され、一般の農家にとっては採り入れにくかった。現在広がっている耕さない農業は科学的な裏付けに基づき、機械化や技術革新が進む。

国連食糧農業機関(FAO)は、過去40年間で、世界の農地の3分の1、約4億3000万ヘクタールが失われたとして、劣化した生態系や土壌を再生し、食料生産を改善する耕さない環境保全型農業を提唱している。

保全型農業は、化学肥料や農薬の使用を容認しているが、そうした例も含めて世界の総農地面積の12.5%に拡大している。

だが、高温多湿で雑草が生えやすいこともあり、日本では思うように普及していない。農水省が不耕起栽培など環境保全型農業を補助金の対象にしているが、対象農地は259ヘクタールで、日本全体の農地の1万分の1以下だ。

あだたら食農の農場長を務める、金子信博・福島大学教授は土壌生態学の専門家だ。

「地下30センチまでの土の中にいる微生物と動物を合わせた生物量は、同じ面積の地上にいる微生物と動物の量の100倍で多様性も高い。土壌は最も多様な生物が密集して生息している場所だ」という。

金子信博教授
金子信博教授(右)=2018年10月、福島県川内村、小泉浩樹撮影

微生物の中には、植物の根に共生し、植物から有機物をもらう代わりに、土の中から水分やリン、カリウムなどの栄養を植物に供給する真菌類など、植物にとって役立つものが多い。耕すことで地中の環境は激変し、生物多様性や土の健康は低下するという。

不耕起栽培は、耕起に比べて収量が低下すると言われることについて、金子さんは「被覆作物や輪作を組み合わせた検証はされていない」と話す。実際には、収量や収益は落ちていないという研究例がいくつもあるという。

金子さんは「日本は農業生産コストが海外に比べて極めて高くてもうからず、自給率も上がらない。燃料費や肥料代が高騰する中で、海外ではコスト削減と持続可能な農業のために不耕起に動いている。日本も真剣に考えるべきだ」と話す。

同じような取り組みは、千葉県匝瑳市でも行われている。

耕さない有機農業の畑の上に太陽光パネルが並び、農作物と再生可能エネルギーを同時につくるソーラーシェアリングがすすめられている。アウトドア企業のパタゴニアはここでできた電気の一部を渋谷店で使っているほか、大豆や麦の不耕起有機栽培に取り組む地元農家や研究者に協力している。

太陽光パネルの下で耕さない有機農業に取り組むというソーラーシェアリング
太陽光パネルの下で耕さない有機農業に取り組むというソーラーシェアリング=2022年7月、千葉県匝瑳市