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「中国のフランケンシュタイン博士」が語る自信――「時間は私の味方だ」

ニューヨークタイムズ・マガジンから 更新日: 公開日:
ゲノム編集研究者の賀建奎、北京の自宅で。自分の展望を受け入れる準備がまだ整っていない世界で時代を先取りしたことが自分の唯一の罪だと主張する=Chang W. Lee/The New York Times

世界で初めて「ゲノム(遺伝情報)編集ベビー」を誕生させたことで、賀建奎(ホーチエンコイ、41)は「中国のフランケンシュタイン博士」と呼ばれ、そしりを受けてきた。中国で医療当局を欺いた罪に問われて有罪判決を受け、3年間投獄された。

しかし、中国がバイオテクノロジー超大国になろうと野望を強める中、この汚名を負った研究者は口を封じられることもなければ、世間から忘れ去られることもなかった。それどころか、政府が支援する北京北部の研究拠点に自宅を構えて暮らし、公然と発言を続けている。そして、みずからの業績を誇示し、自国に受け入れられる日は近いと主張している。

旅券を没収されているため国外への渡航はできないが、中国のバイオテクノロジー界でささやかながら積極的に発言できる存在となった。沈黙を強いられることもなく、完全に名誉が回復したわけでもない。問題は、その理由だ。

「検閲と統制にたけた国が、不思議と彼を自由にしている」と、賀を長年知る米アリゾナ大学生命科学部の准教授、ベンジャミン・ハールバットは語る。そして、「中国と西側諸国との緊張が高まっている時期であり、中国が科学技術面で著しい進歩を遂げている今、賀は負債ではなく、むしろ潜在的資産と見なされているようだ」と付け加えた。

ある資金提供者からボディーガード付きで提供された広々としたアパートで、この中国人科学者は取材に応じた。資金提供者の名は明かさなかったものの、限界を果敢に押し広げようとする自分のような研究者の需要は高まっていると語った。

政府が出資する深圳の医学研究機関から、最近、ポストを打診されたことも明かした。深圳は香港に隣接する中国南部の都市で、彼は2019年に逮捕されるまでそこで働いていた。

賀はある資金提供者が提供した北京の広々としたアパートに住んでいるが、資金提供者の名前を明かすことは拒んだ=Chang W. Lee/The New York Times

2018年に賀が行った胚(はい)編集実験は双子の女児を誕生させ、のちに別の両親から女児をもう1人誕生させて、世界中から激しい怒りを買った。胚の遺伝子改変の安全性や長期的な健康への影響が、ほとんど何もわかっていないためだ。この実験はデザイナーベビーや優生学的利用へ向かう「パンドラの箱」を開けたものと、多くの人が考えた。

しかし、より賢い赤ちゃんを生み出す方法を模索しているシリコンバレーの億万長者たちとは異なり、自分の実験はHIV感染に抵抗性のある赤ちゃんを生み出すために行われたものであり、自分の研究の目的は病気の予防のみにある、と賀は主張する。「誰かがIQを高めるためにこれを利用したら、その科学者を刑務所に入れなさい」

北京のある研究所でゲノム編集の研究を再開し、自身の母親が患っているアルツハイマー病と、遺伝性の神経筋疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の撲滅に注力している、と彼は語った。そして、実験対象はマウスのみで人間ではないと付け加えた。

過去の研究については謝罪せず、単に時代を先取りしていただけだと言う。「私がしていたことを受け入れる準備が、世の中にできていなかったのだ」

しかし、その状況は変わってきていると主張する。そして、広州の中山大学が実施した世論調査で、(IQの向上ではなく)病気の予防を目的としたゲノム編集には中国国内から圧倒的な支持が示されていること、中国政府が最近「生物医学の新技術」に関する研究原則を打ち出したことを指摘した。

賀はこう考えている。中国が科学技術分野で世界的リーダーの地位を目指していることからも、少なくとも中国国内では、ゲノム編集の先駆者として自分が絶賛されるのは時間の問題だと。

CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)と呼ばれるゲノム編集技術を使った賀のヒト胚研究それ自体は、技術的にそれほど難しいものではないと、前出のハールバットは語った。しかし、その胚を女性に移植して赤ちゃんを生み出そうとした行動が、「彼を中心とした、より大きな倫理的・地政学的問題の渦をつくりだしている」と指摘した。

賀は現在の所属について口を閉ざす一方で、中国のバイオテクノロジーが米国の研究を猛追し追い抜こうとしている現状を饒舌(じょうぜつ)に語る。彼の目に、米国は倫理審査委員会や、細かいことにこだわる規制当局、未知への恐怖に縛られすぎているように映る。

「中国の電気自動車がすでに成し遂げたように、中国のゲノム編集技術は世界を席巻するだろう」と彼は予測した。

賀が過去に深圳で行った研究が、医療倫理を踏みにじるものとして米国の科学者から一斉に非難を浴びたことは、生物医学分野で米国が中国に取って代わられる理由を示していると、彼は述べた。

賀を取り巻く謎めいた空気は私生活にも及んでいる。2025年に入って、彼は中国生まれでカナダ人のバイオテック起業家キャシー・タイと結婚したが、5月にタイが中国への入国を拒否されたことから、2人は引き離される形となった。

タイは「安全かつ倫理的な遺伝子修正療法」の開発を標榜(ひょうぼう)するスタートアップ企業「マンハッタン・ジェノミクス」の経営に携わる。そして、この技術の未来を中国が牽引する可能性を信じる賀と、考えを一にしている。

彼女は米国が依然として優位にあることを認めつつも、「歴史的に中国は、先端技術、特に医療分野における実行速度が非常に速い。規制の少なさが強みだ」と付け加えた。

彼女は中国への入国を拒否された理由について何も語らない。

かつてソーシャルメディアのX(旧ツイッター)に「中国は私をCIAのスパイと疑い、米国は私を中国共産党のスパイと疑っている」と投稿した。この分野の研究が厳しい監視を受けていることをうかがわせる謎めいた投稿だが、それについてもコメントを控えた。

中国の最高指導者、習近平(シーチンピン)は、共産党が権力を掌握してから100年となる2049年までに科学技術分野で世界をリードする目標を掲げている。中国政府は「遺伝子操作技術」と呼ばれる分野のリーダーとなるべく、巨額の支出を行っている。

習は2019年に中国科学院で行った演説で、「官僚主義で科学者の手足を縛ってはならないし、際限のない報告書作成や承認手続きで科学者のエネルギーを鈍らせてはならない」と宣言した。

内閣に相当する中国国務院が2025年9月に公布した新たな管理条例は、精子、卵子、胚といったヒト生殖細胞のDNA改変を禁じている。これは賀が深圳で逮捕される前に行っていた研究に該当する。

しかし、この条例は、まさしくこの種の研究に余地を残しているようにも見える。「ヒト生殖細胞、受精卵、あるいは胚を操作し、それらを人体に移植して発育させる」すべての研究を、国務院の衛生健康部門が監督すると定めているからだ。

賀は、このような胚を用いてゲノム編集ベビーを生み出す行為が将来的に許可される可能性について、新たな条例は「あいまい」だが、それでも「中国がこの分野で開放的になってきている兆候だ」と述べた。

「中国の電気自動車がすでに成し遂げたように、中国のゲノム編集技術は世界を席巻するだろう」と賀は予測し、「1兆ドル規模のビジネスに成長するだろう」と付け加えた=Chang W. Lee/The New York Times

その兆候とも取れる気配がもうひとつ。2019年に賀の研究を非難する公開書簡に署名した中国の科学者たちが、今は沈黙を守っていることだ。ニューヨーク・タイムズは以前に表明した非難について署名者20人に、その姿勢は今も変わらないかと問い合わせたが、誰からも回答はなかった。

医療倫理を研究するアリゾナ大学のハールバットは、賀が「前科者のように扱われず」、強気な見解を自由に表明できる背景には、中国の科学的野心があるのではないかと指摘した。

賀は深圳で2組の夫婦のために、「健康で美しい赤ちゃんたち」を生み出したことを「とても誇りに思う」と述べた。彼は双子の女児をルルとナナ、もう1人をエイミーと呼んでいる。いずれのケースも父親はHIV陽性だった。

女児たちが今どこにいるかは秘密にされていて、その健康状態についても独立機関による検証はなされていない。「彼女たちを檻(おり)に閉じ込めたり、血液の採取や解剖をしたりするつもりはない」と賀は語った。「人間なのだから、マウスのように扱ってはいけない」

少なくとも中国の体制内で影響力を持つ一部の人々が彼の研究を好意的に見ているのは、世界初のゲノム編集ベビー誕生というニュースが報じられた2018年11月時点で、すでに明らかだった。中国共産党の公式機関紙『人民日報』は、賀がCRISPR-Cas9を用いて遺伝子を改変した胚から双子の女児が誕生したと報じた。

同紙は双子の誕生を、「疾病予防にゲノム編集技術を応用する点で、中国にとって歴史的躍進」と称賛した。

しかし、この記事が掲載されたのは香港でヒトゲノム編集に関する国際会議が開かれる前夜で、賀の行為を知った会議の出席者たちが怒りを爆発させたため、人民日報は速やかに記事を削除した。

香港の会議で起きた大騒動を機に、賀を「中国のフランケンシュタイン博士」と呼ぶ向きも出てきた。小説に登場する科学者やその科学者が生み出した怪物とちがって「私は誰も殺したことがなく、両親たちを大喜びさせただけ」なので、この呼び名は「不当だ」と彼は述べた。

当初は「フランケンシュタイン」というあだ名に憤慨していたが、今ではそれを受け入れるようになり、Xのプロフィル欄にしばらくこの呼称を使用していた。

「今はこの名前が気に入っている。私に並外れた力があることを示すものだから」と、彼は語った。(敬称略、抄訳)

(Andrew Higgins)©2026 The New York Times

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