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「就職=安定」に疑問 24歳ノマドはAIを駆使、「週10時間労働」で世界を旅する

World Now 更新日: 公開日:
ラトビア出身のサマンタ
ラトビア出身のサマンタさん=2025年11月5日、長崎市、金成隆一撮影

アジアの街々で出会ったデジタルノマドの働き方や暮らし方を伝えるルポ連載の第2話。記者は長崎市でラトビア出身のサマンタさん(24)に出会う。彼女は大学を卒業後、企業への就職ではなく、「ロケーション・インディペンデント(場所に縛られない生き方)」を選んだ。本人が語った理由は、Z世代が既存の社会に感じているという「幸福の危機」だった。この出会いは記者を次なる取材地タイ・チェンマイへと導くことになる。

長崎にデジタルノマドが集まっている、という話を聞いて、私は取材に向かった。

市内の集合住宅を訪ねると、そこでは、世界15カ国からの23人が暮らしていた。滞在は5週間ほど。長崎県が初めて取り組む誘致事業で、参加者は日中はそれぞれ仕事もしながら、平和学習や和太鼓、温泉などを体験してきたという。

長崎市内に5週間ほど滞在したデジタルノマドら
長崎市内に5週間ほど滞在したデジタルノマドら=2025年11月4日、金成隆一撮影

 

ここでラトビア出身のサマンタさん(24)に取材できることになった。前日の食事会で、彼女が「一緒に食べよう」と声を掛けてきてくれたのだ。

 翌朝、気に入っているという喫茶店の2階で向き合った。私は彼女の話を聞いていて、耳を疑った。

 

「今は、月40時間ほど働けば生活が成り立っている」

 

「週」40時間ではない。「月」に40時間だ。1週間の労働時間は10時間ほどということになる。

AI活用で労働時間を短縮

旅をしながら暮らす彼女の「生活の糧」を示すと、次のようになる。

 

仕事:コンテンツ制作会社の経営(教材作成など)

収入:月30004000ドル(約45万~60万円)

労働時間:週10時間ほど

武器:AIエージェントなど

 

AIエージェントを活用することで、働く時間の短縮を実現。これで旅費や滞在費だけでなく、学生ローンの返済もできているという。

 

ただ、仕事の話をしているサマンタさんからは、あまり熱意が伝わってこない。本人が説明してくれた。

「これはあくまで収入源。今後は数年かけて別の方法を考えたい。『生きがい』で社会貢献ができて、収入も得られる道を探したい」

Z世代が目撃した「幸福の危機」

彼女は前年に米ミネルバ大学を卒業したばかり。

周囲が言う「安全なキャリア」に違和感を抱き、企業への就職ではなく「ロケーション・インディペンデント」の道を選んだ。前回に続いて再び出てきた、この言葉。繰り返しになるが、特定の場所に縛られない生き方という趣旨で使われている。

 

なぜ、就職を選ばなかったのか。

「私たちZ世代は、目の前で上の世代の『ハピネス・クライシス(幸福の危機)』を目撃してしまった。だから、今の資本主義社会で当たり前とされてきた生き方を批判的に見ている」

「私たちは『この道は、本当に幸福につながってる?』と疑っている。少し上のミレニアル世代はこの道を歩んだけど、いま30代、40代になっても家を買えない人が少なくない。逆に米ドルで6桁の高収入があっても満たされない人がいる。その道を行っても幸せになれそうにない、と私たちは気づいている」

こういった思いもあり、既存のルートから降りたという。

ラトビア出身のサマンタ
ラトビア出身のサマンタさん=2025年11月5日、長崎市、金成隆一撮影

 

大きな決断だったに違いない。

「イエス。すごく。メンタルの不調に悩んだ。親や教授、友人からの期待も重かったし。でも最後は直感を信じた。理性は安全やキャリアを求めるが、感情は違う方向を指していたから」

 

そもそも、学生時代の暮らしが「デジタルノマドのようだった」という。

固定されたキャンパスがなく、世界の都市を学期ごとに同級生と周り、オンラインの授業はどこからでも受講が可能だったという。ミネルバ大学は、規格外の教育で知られる難関大学として知られる。

そのため、特定の場所に縛られない暮らし方という選択肢が「常に頭の片隅にあった」。

そうした生き方の何が気に入っているのだろうか。

彼女は「何より、自由と好奇心を追求できること」と語った。

「世界の暮らしに興味があるのに、会社勤めでは年に数週間の休暇しかない。見たいもの、会いたい人がたくさんいても動けない。全く違う土地を体験できるなら、その機会を使わない理由はない」 

失うモノもある でも、コリビングがつくる新たな絆

もちろん、失うものもある。 

「全てを同時に手に入れることはできない。例えば、『自分の家』という安全網がないし、出身地のコミュニティーや家族も一緒に連れて行くこともできない」

長崎に来る直前の半年間は、タイ北部の古都チェンマイで過ごしていた。

そこに、デジタルノマドらが暮らす「コリビング(co-living)」と呼ばれる形態の施設があり、そこのコミュニティーで暮らしていた。 

私は当時この「コリビング」という言葉すら知らなかった。世界各地に人々が同じ空間で働く「コワーキング(co-working)」施設ができているが、働くだけでなく、同じ敷地内で宿泊もできるのが「コリビング(co-living)」だ。

世界各地から「似たマインドセットの人々」が集まり、同じ空間で共に働くだけでなく、遊んだり、食事に出かけたりするのだという。

もちろん彼らはそれぞれのペースで次の場所へと去っていくが、デジタルノマドのハブはチェンマイのほか、インドネシアのバリ島、スペイン、ポルトガルなど世界各地に広がっていて、そこで頻繁に再会するのだ。

これがデジタルノマドの「コミュニティー」だ。

ノマドのコミュニティーは「関係が深い」との視点

サマンタさんは、「デジタルノマドには友だちやコミュニティーがないと誤解されがちだが、実際にはノマドになってからの友人の方が、地元ラトビアの友人よりも関係が深い」と指摘した。

どういうことだろう? 

「高校や大学の友人は『たまたま同じ場所にいた』関係だが、ノマドは皆が自分で生き方を選んでいるため、最初からマインドセットが似ている」

日常を一緒に過ごすことになるコリビング施設は、デジタルノマドが孤独にならない上でも重要な役割を担っているらしい。

各地でデジタルノマドのサミットが開催されている。例えば、福岡は10月、チェンマイは2月、ベトナムのダナンは3月、ブルガリアのバンスコは6月という具合に、時期がほぼ固定されている。世界中からノマドが集まり、再会の機会となっているという。

このライフスタイルによって、出会う人の数は飛躍的に増えるという。

「例えば、日本に来て1カ月で、福岡と長崎で80人くらいと出会った。この半年間は本当に濃密で、毎日何かが起きている。毎日イベントやワークショップに参加し、新しい人に会って、常に何かが動いている。この多様性に触れ続けられることが、この生き方を続ける原動力」

「役立つか否か」で判断しない人間関係

こうした暮らしをしていると、人間関係の構築にも変化が及ぶという。

サマンタさんはこう言った。

「ビジネス世界のネットワーキングは、相手の肩書を見て、『この人は自分に役に立つか』と判断するようだけど、それとは全く別の世界。まず、生身の人間として話をしてつながっていくコミュニティー。学校では『ネットワーキング=取引』のように教わったこともあったけど、そういう関係ではない」

私の理解が追いついていないことを察したのか、具体例を挙げてくれた。

「例えば、チェンマイのコリビング施設で、私が360度投影のデジタルアートのプロジェクトを提案したら、『楽しそうだから』と次々と手伝ってくれた。普通の社会では、全てのプロセスで『仕事』としてやる人に対価を払っていたと思うけど、(デジタルノマドのコミュニティーでは)純粋に『好き』でやる人が集まってくれた」

「情熱」を中心に組み立てる人生とは

そんな体験を経て、サマンタさんはいま、「誰かに新しい体験を提供する」ことに価値を見いだしている。チェンマイでは「バルト三国の夏至祭」も企画した。伝統衣装をまとい、花冠を作り、たき火を囲んで歌い踊る祭りで、600ユーロ(約11万円)の経費で150人が楽しんだという。

「もちろん報酬はないけど、これが私の趣味で、生きがい。自転車や釣りにお金と時間をかける人がいるように、私は『体験を提供するイベント』に情熱を注いでいる」

正直に言えば、これらの具体例を聞いても、私はこの話の趣旨にピンと来ていなかった。

ところが、四半世紀も従来型の会社員生活を送っている私でも、デジタルノマドの世界を1カ月ほど取材するうちに分かってきた。「仕事」ではなく、「情熱」を中心に組み立てる人生ということらしい。この点は、この連載の別のインタビューでも深掘りしたい。

チェンマイのコリビング施設へ

取材の終わり際、私が「海外のノマド事情も知りたい」と漏らすと、彼女は即答した。

「それならチェンマイ! コリビングのオーナーを紹介するから」

私が長崎取材を終え、東京に戻る前に1通のメッセージが届いた。

タイ北部の古都チェンマイにあるコリビング施設のオーナー、ジョンから届いたWhatsAppメッセージ
タイ北部の古都チェンマイにあるコリビング施設のオーナー、ジョンから届いたWhatsAppメッセージ

「タイ、チェンマイからこんにちは、カナリさん。Alt_colivingのジョン・ホーです。友人のサマンタからあなたの(通信アプリ)WhatsAppの連絡先を教えてもらいました」

オーナーのジョンさんだった。私は東京に戻って、取材の狙いを整理できたら連絡しようと思っていたが、ジョンさんのアクションの方が早かった。

このスピード感はなんだろう。このつながり方も新鮮だ。

私はチェンマイに行くことを決めた。荷物をまとめ、空港に向かった。