「主権者教育」実践進む高校では 少しずつ意見の分かれるテーマを議論 まだ少数派
「高市自民党総裁が訴えた政策って何ですか?」。教諭の水谷圭佑さん(35)が問いかける。10月上旬、岐阜県立岐阜高校2年生、理系クラスの「公共」の授業でのことだ。当てられた男子は「一番印象に残っているのは、あらゆるリスクを最小限に、って言ってたこと」。何人かが発言した後に、4人ほどのグループに分かれた。グループで考えた社会課題の「問い」を議論する。問いや正解を一方的に教わるのではなく、対話を通じて生徒自ら導き出していこうとする探究型の授業だ。
「自国民を優先する政策は経済にどのような影響を与えるか?」がテーマのグループは、「日本人ファーストは良い?悪い?」「雇用は日本人優先かな」「でも人手が足りていない」「移民は?」「今は受け入れていない」。「学校教育でLGBTQを積極的に扱うことは、『多様性の尊重』なのか、それとも『思想の押し付け』なのか?」のグループは、「取り扱われすぎて、あてはまる人が逆に学校に行きづらくならないかな」「人権の尊重だったらいいのでは」。少人数で自由に意見を出していく。
水谷さんは、公共の前身である現代社会も担当していたが、公共が始まる際、「思い切って議論重視に振り切った」。しかも、意見が分かれるテーマをあえて取り上げる。「今の社会は正解のない問題ばかりです。なので自分たちで正解を作っていく経験が必要だと。世論の分断が注目されていますが、考えが違って当たり前という前提に立ち、その中でどう合意形成をしていくかが大切です」。議論のために資料を事前に配り、1人で考える時間も存分に与える。
今夏の参院選の前には、政党名を伏せて各党の政策を示し、どの政策が良いかを考えた。「政策を見て判断することの重要性を教えたかったからです」
「政治的中立性」には非常に気を配る。「事前に賛否両方の意見を示し、データも豊富に提供します。教師の意見ではなくて、生徒自身の考えを引き出すように工夫します」
生徒は授業をどう感じているのか。公共が受験科目なのはごく少数だ。議論重視のやり方について年度末にとったアンケートでは、「実際に自分で考えていきそれを議論することで、真剣に取り組むことができた」「自分の考えを深めることや新たな視点の発見につながったのでよかった」「実用的な時事ネタを学べてとても充実していた。高校教育の理想型だと思う」。「知識暗記に特化したテストのための授業がいい」との意見もあるが、圧倒的多数は肯定的だった。
授業がどう生徒の考え方に影響するのかを見るため、日本財団が行っている若者の意識調査と同じものを、年度初めと終わりに行っている。2024年度は、「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」に「はい」と答えた割合は、年度初めは33%、終わりは51%。「自分は責任がある社会の一員だと思う」は年度初めは71%、終わりは86%だった。2023年度も同様の傾向だ。簡単に答えの出ない問題を議論することで、生徒は社会への関心を確実に深めている。
日本で主権者教育が位置づけられたのは最近だ。1947年制定の教育基本法では、民主主義社会の担い手として政治的理解と参加意識を育む教育の重要性を定める一方、特定政党を支持・反対するような教育や活動を禁止。教育現場での政治的中立性の維持を義務づけ、2006年の改正でも引き継がれた。
中高の社会科で『民主主義』という教科書が使われたこともあったが、1948~1953年の短期間だった。1969年には、当時さかんだった学生紛争が中高に及ぶことへの懸念から、文部省(当時)の通達に授業での「現実の具体的な政治的事象は、取り扱い上慎重を期さなければならない」などと記された。
2015年、選挙権の18歳引き下げを契機に文部科学省に主権者教育の推進に関する検討チームができた。同年に上記の通達が廃止され、高校での公共科目新設の検討が始まった。それまでも、中学校の公民や高校の現代社会など、社会や経済の仕組みや制度を学ぶ科目はあったが、主権者教育は、自ら社会に参加するという当事者性を強調した内容だ。
一方で政治的中立性は現場にとって難しい課題のままだ。2015年に文科省と総務省が作った主権者教育の副教材では、教員向けに「政治的中立の確保等に関する留意点」が盛り込まれている。2016年には自民党が「学校教育における政治的中立性についての実態調査」を行い、教育の中立性に問題があるとされる事例の情報提供を求めた。
文科省が2019年に行った調査では「現実の政治的事象についての話し合い活動」に取り組んだ高校の割合は34.4%にとどまった。2021年の文科省の主権者教育推進会議の最終報告では「政治的中立性を過度に意識するあまり教師が指導に躊躇(ちゅうちょ)する現状」があると指摘している。
今、次の学習指導要領改訂に向けて議論が進んでいるが、主権者教育は柱の一つだ。