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世界に挑む若手を支援  スペインとの架け橋  UEサン・アンドレウ会長の鈴木大登氏

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
スペイン・バルセロナにあるUE・サン・アンドレウのホームスタジオを訪れた鈴木氏=2025年6月
スペイン・バルセロナにあるUE・サン・アンドレウのホームスタジオを訪れた鈴木氏=2025年6月、加藤秀彬撮影

スペイン4部リーグに日本企業が経営権を持つサッカークラブがあります。日本企業の「タイカ」社長である鈴木大登氏は、サッカークラブの会長になってからもサポーター有志との対話の場を設けるなど、現地バルセロナの人びととの関係を積極的に築いています。鈴木氏を突き動かすサッカーへの思いや、人生についての考えとはどんなものなのでしょうか。

サッカーの世界的な名門、スペイン・FCバルセロナの本拠地カンプノウから東へ約9キロ。バルセロナ市中心部の喧噪(けんそう)から離れた住宅街に、日本企業が経営権を持つサッカークラブがある。スペイン4部リーグ、UEサン・アンドレウだ。
クラブを経営するのは、東京都に本社を置く素材メーカー「タイカ」。社長の鈴木大登氏(46)は6月上旬、スタジアムのそばにあるクラブハウスで、新シーズンに向けた準備に追われていた。普段は東京に居を構えるが、2カ月に一度はバルセロナを訪れる。この出張では、怒濤(どとう)の決断が続いた。
到着して間もなく、3季半チームを率いた監督の解任を決めた。その2日後に退任会見、さらに2日後には新監督の就任会見を開いた。
「普通の企業ではあり得ないスピードで意思決定をしなくてはいけない」と鈴木氏。「前監督とは仲が良かったし、僕はどちらかというと擁護していた」。それでも、シーズン終盤の4試合で1勝もできなかった状況を前に私情は排した。「冷静に判断するのがサッカークラブの会長の責務だから」

スペイン・バルセロナにあるUE・サン・アンドレウのホームスタジオを訪れた鈴木氏=2025年6月
スペイン・バルセロナにあるUE・サン・アンドレウのホームスタジオを訪れた鈴木氏=2025年6月、加藤秀彬撮影


サッカーが盛んな静岡県清水市出身。自身もサッカー少年で、中央大学では自らサッカーサークルを立ち上げた。三菱商事、楽天を経て、祖父が創業した「タイカ」に入社した。
「タイカ」はボールペンのグリップやスポーツシューズの靴底に使われるゲル状の衝撃吸収素材「アルファゲル」の開発で知られる。2012年に父の後を継いで社長に就任した。サッカー経営に関わるようになったのは、2021年の東京オリンピックがきっかけだった。
新型コロナウイルス禍で無観客開催となった大会。鈴木氏は、男子サッカー日本代表の結果をスマートフォンで追っていた。日本は3位決定戦でメキシコに敗れた。ネットニュースで流れてくる、ピッチ上で号泣する当時20歳だったMF久保建英(現レアル・ソシエダ)の姿に胸を打たれたという。
「世界の強豪に本気で挑む若者を見て、自分もサッカーを通じて次世代の力になりたいと思った」
その後、久保が当時所属していたスペイン1部マジョルカの胸スポンサー枠が空いていることを知る。知人もコネもなかったが、すぐに社員に指示を出してクラブの問い合わせフォームから体当たりで連絡した。渡航が難しいコロナ禍の中、オンライン交渉のみで契約を結んだ。現在まで続くマジョルカのスポンサー企業となった。

スポンサーとして海外サッカーに関わるうちに、「世界に挑戦する日本人選手、第2、第3の(久保)建英をもっと見たい」という思いが強くなった。
「日本選手が海外で成長できる受け皿を作れないか」。そう考えていた矢先の24年2月、マジョルカの仕事で鈴木氏の通訳を務めていたスペイン人のバルトメウ・フェラン氏から、UEサン・アンドレウの買収について提案された。1909年に設立された伝統あるクラブは経営難に陥り、信頼できる引受先を探していた。フェラン氏はUEサン・アンドレウのオーナーと旧知の仲だった。

サポーター有志と対話


鈴木氏は、初めてスタジアムを訪れた瞬間をこう振り返る。「4部クラブなのにファンクラブの会員が5000人もいる。アットホームな雰囲気もよかった。このチームを何とかしたいと思った」
だが、買収した当初、「外資」の日本企業が現地のサポーターから受け入れられるのは簡単ではなかった。

買収から3日後、同じバルセロナ市内のクラブとのダービー戦で事件が起きる。アウェーのスタジアムでサポーターが熱狂するあまり、観客席とピッチを隔てる壁が壊れた。試合は急きょ中止になった。
鈴木氏はけが人を確認しに現場へ向かった。すると鈴木氏に対し、「スズキ、スズキ」と歓迎のコールが起きた。一方、一部のサポーターがそれを制止するように促した。クラブを買収したオーナーへの、「まだ認めていない」というサインだった。「自分たちよりサッカーのレベルが低い国の企業がクラブを経営すると聞いたら、複雑な気持ちになるのは当然」
バルセロナを訪れると、喫茶店などでサポーター有志と対話の場を設けるようにした。話し合いは毎回、1時間半以上にも及ぶ。「看板の文字はカタルーニャ語にしてほしい」「アウェー戦にはサポーター用のバスを出してほしい」。要望を受け、バスの手配は実現させたという。
通訳を通して鈴木の信頼を得て、現在はUEサン・アンドレウの副会長となったフェラン氏は言う。
「スペインでは、オーナーがサポーターと直接話すことはどんなカテゴリーでもほとんどない。鈴木さんの誠実さが批判を消していった」。今では、スタジアム周辺で鈴木氏を見かけたサポーターが、写真撮影を求めて行列を作る。
会長としての仕事はサッカーの枠を超える。カタルーニャ州の議員やバルセロナ市の幹部らと面会する「ロビー活動」だ。

勝って喜びを分かち合う

 
クラブのホームスタジアムは現在、人工芝だが、3部昇格には天然芝への改修が義務づけられる。現在はクラブの育成組織と共用しているスタジアムも、トップチーム専用のものを建設する必要がある。施設整備には行政の財政支援が欠かせない。
鈴木氏は「クラブを強くするだけでは支援は得られない。地域全体を活性化させる視点が必要だ」。スタジアム周辺の中小企業への投資も提案している。
「サポーターの中には、2~3年だけクラブ経営をして、すぐに売るのではないかと不安に思っている人もいる。そうではなく、日本の代表としてスペインに来ている自覚をもって、国と国をつなぐ架け橋になりたい」

スペイン・バルセロナにあるUE・サン・アンドレウのホームスタジオを訪れた鈴木氏=2025年6月
スペイン・バルセロナにあるUE・サン・アンドレウのホームスタジオを訪れた鈴木氏=2025年6月、加藤秀彬撮影


日本の若手育成にも力を注ぐ。この夏、日本から4人の高校生と大学生が練習に参加した。すでにJリーグの清水エスパルス入りが決まっている選手もいる。選手の目的は、将来的なクラブへの移籍や海外経験の獲得などさまざまだ。

鈴木氏が見据えるのは2030年。スペイン、ポルトガル、モロッコが共催するワールドカップに、クラブから日本代表を送り出すことだ。そのレベルに達するために、スペインリーグ1部への昇格を夢見ている。
「簡単ではないけど、理論上はまだ目指せる。毎年昇格していく覚悟で経営したい」
創業家の3代目として、既存事業に専念する選択肢もある。サッカーへ注力することについて、「社員も本心ではいろいろ思っているかもしれない」。だからこそ、結果を出す必要性を感じている。「今は製造業だが、最終的には創造業。人々の暮らしが豊かになることに携わっていく。夢を語って、それが具現化していく姿を見せていきたい」
困難が多い海外クラブの経営に挑む意義を尋ねると、穏やかに笑う。
「サッカーは勝てば多くの人と喜びを分かち合える。人と感情を共有できる瞬間こそ『生きている』と感じる時。グローバルに仲間が増えていくことが、何よりの喜びだから」