スタンドの最前列に座ると、ピッチの近さに驚かされる。選手の会話や息づかいまで聞こえてきそう。3階席から望む街並みが美しい。約5万1700人収容のアビバ・スタジアム(❶)は、ラグビーやサッカーの代表戦も開催される。
今月初旬まで日本中を沸かせたラグビーW杯日本大会。8強だったアイルランド代表は、アイルランド共和国と英国領北アイルランドの合同チームだ。双方あわせても人口は約670万人で、日本の約18分の1しかない。小国でも強い理由は?
そんな疑問を抱きながら、人気宿泊施設カートン・ハウスを訪れた。アビバ・スタジアムから西へ30キロほどのキルデア州メイヌースにあり、広さは1100エーカー、東京ドーム95個分以上の広大な敷地に、ゴルフ場や豪華なホテルがある。12世紀から貴族フィッツジェラルド家が所有し、1739年に初期の建物がつくられた。
約8.8キロの塀に囲まれ、ラグビー場が2面、専用ジムにプールも備える。スペインサッカーの名門バルセロナなど世界一流クラブも利用したという「最高の環境」で、ラグビー男子代表は約8年前から合宿を続けてチームを鍛え上げてきた。
ラグビー観戦で忘れてはいけないのがビールだ。パブ文化が根付く英国生まれの競技で、1人あたり年間消費量(2017年、キリン調べ)はアイルランド共和国が94・9リットルで日本の2・4倍。W杯日本大会前にはアイルランド人たちの間で売り切れを心配する声が出た。
とくに首都ダブリンは黒ビールで名高いギネスビール発祥の地。2000年から一般に公開したギネス・ストアハウス(❷)は、この国随一の観光名所として知られる。品数豊富なおみやげ屋はもちろん、館内ツアーも充実。ビールづくりに欠かせないホップや水など基礎情報から、正しい注ぎ方まで250年以上を誇るギネス・ブランドの歴史を学べる。
ギネスは欧州6カ国対抗の大会冠スポンサーにもなっており、一般公開から約20年となる今年、ストアハウスへの訪問者は2千万人を超えた。
アイルランド人のラグビー熱に感心していると、意外にも競技としての人気は国内4位だった。1位はサッカーで、収容約8万人のクローク・パーク(❹)で行われている伝統競技のゲーリック・フットボールとハーリングが2位を争う。
ただ、ラグビー人気は近年特に上昇している。交通・観光・スポーツ省のスポーツ政策・国立スポーツキャンパス局長、ピーター・ホーガンは言う。「若手育成の充実や、代表チームの活躍が理由だ。そして何より、スター選手のほぼ全員が国内リーグでプレーしている。地元の子どもたちが選手たちに憧れ続けられるのも大きい」(遠田寛生)
■伝統の味 じっくり煮込んで
ダブリンに来たからには、と地元の人に薦められたのがジョニー・フォックスズ・パブ(❺)だ。アビバ・スタジアムから車で南へ30分ほど、途中2車線とは思えない細道を走った先の閑静な場所にあった。1798年にオープンしたという古風な家のような店で、テーブルや椅子と椅子の間隔が狭くて独特の雰囲気がある。午後6時前だというのに、すでに大勢の客でにぎわっていた。
店員にお薦めを聞くと、即座に指をさしたのが「アイリッシュ・マウンテン・ラム・シチュー」。とろとろの羊肉と、じゃがいも、ニンジン、セロリなどの野菜がゴロゴロ入った煮込みスープ。見た目以上にあっさりしていて食べやすい。つけ合わせのパイのサクサクな食感が、またよく合う。
ビールやワインなど酒類も豊富で、時間帯によっては生演奏やアイルランド伝統のダンスのショーも。帰り際、バスツアーの団体とすれ違った。じっくり料理を味わいたい人は、少し早めの時間に訪れるのがおすすめだ。
■ウイスキー党に朗報
ビールよりウイスキー、という人には、ティーリング・ウイスキーの蒸留所(❸)にぜひ立ち寄ってほしい。2015年に誕生したばかりで、ダブリン市内に新しい蒸留所ができるのは125年以上ぶりという。入場券を買えば、ツアーや試飲も含まれている。土産を買う前に好みの味を探すこともできる。
■ラグビーをしのぐ人気競技
サッカーとバスケットボールを組み合わせたような屋外競技ゲーリック・フットボール。古くから住み着いたケルト系民族のゲール人が発案し、19世紀終盤から本格的に伝わったとされる。フィールドホッケーやラクロスに似たハーリングと共に人気はすさまじく、全国大会は大衆紙が何枚もページを割いて特集。選手は教師やバスの運転手などアマチュアのみ。「おらが街のヒーロー」として愛されている。(遠田寛生、写真も)