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ヴィーガン食とサステナビリティーでファンを急増させたイギリスのフットボールクラブ

LifeStyle 更新日: 公開日:

宙に浮いたサッカーボールを、2人の選手が体をぶつけて奪い合う。黄緑色のユニホームのフォレスト・グリーン・ローバーズ(FGR)FCの選手が競り勝つと、ほぼ満員の正面スタンドからひときわ大きな歓声が上がった。

緑のユニフォームを来たフォレスト・グリーン・ローバーズFCの選手ら

イギリス中部コッツウォルズの田舎町に、FGRの本拠地スタジアムはある。最高峰のプレミアリーグから数えて4部にあたるが、迫力満点。10月上旬、土曜の昼に開かれた試合には約3500人のファンらが駆けつけた。我が町のフットボールクラブを、声をからして応援する姿はイギリスでは珍しくない。珍しいのは、ファンが観戦の間にほおばるバーガーやナゲットが、全て「ヴィーガン食」であることだ。

FGRは国連のサイトで「世界一グリーンなフットボールクラブ」として紹介されている。創設1889年の老舗に、変革が訪れたのは2010年。経営が行き詰まったクラブに1人の地元起業家が救いの手を差し伸べた。クラブを事実上買収し、会長に就いたデール・ビンスさん(60)は40年来のヴィーガンだった。「家畜を殺して食べることは間違っていると、子どものころに思ったのがきっかけ」と話すビンスは、経営再建のため、真っ先にスタジアム内の「食」の改革に手を着けた。

フォレスト・グリーン・ローバーズFC会長のデール・ビンスさん

人気のバーガーはもちろん、ミートパイやソーセージロールなどサッカー観戦の定番食を、肉でなく豆やキノコを使った商品に置き換えた。ヴィーガンに詳しいシェフを集めて味の改良を重ね、一般的に「おいしくない」と言われた商品の味を向上させた。

30年以上クラブを応援してきたデイブ・ハニービルさん(69)は、「最初は反発するファンもいた。突然、『肉はダメ』と選択肢を奪われたからね」。だがビンスの説得はうまかった。「ホーム戦があるのは2週間に1回。試合を見に来た日の2時間、1食分だけビーガンになってみませんか」と訴えた。「そう言われれば、やってみようかなと多くが思った」とハニービルさん。ここでの食事には満足し、外でもたまに菜食メニューに手を伸ばすようになった。

フォレスト・グリーン・ローバーズFCの本拠スタジアムで販売されるヴィーガン向けバーガー

ビンスさんによると、他のクラブから「ファンが来なくなる」と止められたヴィーガン食の売上高は以前の5倍に伸びた。調理する「デビルズキッチン」はスタジアム発のブランドとして独立、学校の給食事業やスーパー向け商品も作る。

フォレスト・グリーン・ローバーズFCの本拠スタジアムの軽食店「デビルズ・キッチン」はヴィーガン料理のみ取り扱う

スタジアムの目立つところに、電気自動車(EV)の充電設備が置いてあった。運営するのは最近、英国内にEVインフラを張り巡らせている「エコトリシティー」、ビンスが起こしたイギリスの自然エネルギー企業の草分けだ。

ビンスがクラブに出資したのは、地元への貢献だけが理由ではない。「消費者との最も素晴らしいコミュニケーションプラットフォームだからだ」

スタジアムは太陽光パネルで一部電気をまかない、芝生の散水に雨水を使って「循環型社会」の範を示す。ヴィーガン食は、肉食がもたらす気候変動を考えるきっかけになるかもしれない。「FGRのファンは菜食主義を知り、EVを運転し、屋根に太陽光パネルを載せる。ファンになることで生活が変わるんです」

緑のユニフォームを来たフォレスト・グリーン・ローバーズFCの選手ら。スタジアムには「サステナビリティ・イン・スポーツ」と大きく書かれていた

ビジネスとしても成功している。クラブの協賛企業は70社に上り、この2年で4倍に増えたという。ヴィーガン食品の製造や環境投資に力を入れるファンドなど、さまざまな企業が名を連ねる。ファンの裾野も広がり、20カ国に約100のサポータークラブがある。

ハーフタイム。観客が小腹を満たすためにドヤドヤと売店に向かう。私も一つヴィーガンバーガーを買って食べてみた。キノコを主成分とする具は、肉より少し柔らかい。脂がないためかあっさりしている。逆に言うと濃厚さに欠け、ちょっと物足りないかなぁ……。ただ、最初からこういう味だと思えば悪くないか。レタスやピクルスの食感を味わい、最後のかけらを口に押し込んだ。

クラブでは木造スタジアムの新築計画も進行中だ。あと二つ高いリーグで戦うためだ。「より注目されれば、より多くの人を巻き込めるでしょう」とビンスさん。クラブは11月1日現在、リーグ首位を走っている。(和気真也)