旅行会社HISが進めるコメ輸出 チームリーダーは元シェフ、めざす地域循環型
――食文化輸出チームとは? 何をしているのですか。
私たちHISは日本から海外旅行するときにチケットやツアーなどを手配している会社です。私たちの海外支店がかかわりがある海外のレストランやホテルに対して、日本の食品や食文化も送り出す少人数のチームです。
食文化と言っているのは、食だけではなく、文化を一緒に海外に送ろうという考え方があるからです。文化といっても幅広く、食の文化ということもあれば、伝統芸能も含めた文化財もあります。あとは食事の文化だけではなく、一緒に日本で田んぼを見に行ったり、生産者に会ったり、お茶ならお点前の茶室に行ったりといったことも含めています。
チームとしては、具体的には、現地にてローラー作戦で、日本の食品、今は米を売り込んでいます。今夏は、ドバイのシェフと一緒に三重県の農家に会いに行きました。こうやって一緒に生産者訪問をするなど、トレーサビリティーも意識しています。将来的には認証をつくっていくことも必要でしょうね。
――なぜ旅行会社にこのチームがあるのですか。
まずは、日本から観光客を送り出すだけではなく、食品や農産品を送り出そうという考えからです。そうすることで、それぞれの売り上げに貢献できるということがあります。
もう一つは、減反政策をすると、農家は生産量が減少することで収入が不安定になり離農していきます。風光明媚な日本の田園風景を見にやってくる観光客がいるのに、耕作放棄地が増えます。獣害も発生しています。もっと米を輸出するとなれば、生産も増えるので(耕作放棄地が減って)、結果的に日本の中の観光業の価値を守ることにつながるのです。
米であれば、そうやって地域を一緒につくって、観光客を送り出していく、循環型の観光モデルがつくれるのではないか、と思っています。その地域のものを観光業が消費してしまうのではない形にしたいんです。観光産業をつくりなおすような、そんなイメージも持っています。
――インバウンドとの連動は。
現時点ではありません。でも、岐路にあるとは思っています。
注目している数字があります。日本に来るインバウンド観光客の国と、日本から食品を輸出する国のランキング上位が重なるんです。
日本に来て、体験して、向こうで需要が増えて、輸出するというサイクルが生まれてきています。実際、うどんを食べに行くために香川県に行く旅行者がいます。食品の輸出でブランディングとマーケティングに力を注ぐ意味は大きいです。これは旅行業者がやるしかないと。私たちの企業はいまインバウンドで訪れている訪日観光客に対するサービスはまだ打ち出せていませんが、食品輸出を手掛けることで、インバウンド事業への導線になってくれたらという思いもあります。
――最初に取り組んだ産品は。
私たちは三重県と食の海外展開に係る協定を結び、緑茶の産地である三重県の抹茶を世界に出そうとしました。6年前は抹茶市場は厳しかったのですが、海外で勝てる商材になると思ったので、「伊勢抹茶」という名前で出しました。いまは抹茶ブームになっており、単価が上がっても売り切れが続いています。
その次が米です。日本の米は価格面でも、品質でも、世界で勝てると思っています。
――以前から米の輸出に動いていたのですね。
米は5年前から考え始めました。コメの流通をしっかり調べて、生産者たちを3年ぐらいかけてくどいて直接買う仕組みをつくりました。米を作ってもらうのは、足掛け3年かかるんですよ。前々年度からお願いして、何ヘクタールを抑えて、その品種をどう作るか、と。
――次にどんな商品のニーズが生まれるか、わかるものなのですか。
実は僕、もともとフレンチのシェフだったんです。狙った産品への愛がすごいんです。これはいけると思ったら、徹底的に調べて、やります。
シェフ経験もあるからか、海外のレストラン市場が見えてくる。次、何を欲しがっているのかもわかります。話していると、次にくる日本の産品のトレンドが見えてくるんですよね。絶対、日本の米はフィーバーすると思うんです。
――なぜですか。
海外に点在するすしレストランや和食レストランは、料理に米を使います。シェフの視点からみれば、すしを作っているのに日本の米を使っていないのはどうなのか、という思いを持つものなんです。シェフにとって絶対譲れない部分ですよね。
価格さえ合えば一気に広まるなと思っています。今、米国の米がだんだん高くなってきて、インフレも起きて、日本の米の方が少し安くなってきている。シェフにとってはもうたまったものじゃありません。「ください」って、どんどんオファーがきています。
――抹茶や米以外もありますか。
ドバイへのラーメン、ほかには、ホタテのブームを2、3年前から仕掛けたりとか、いろいろやっています。
――シェフだったのに、HISに入った理由は。
日本で20年シェフをやり、この10年はこうした海外で食品の輸出を手掛けてきました。
具体的には、日本でシェフをやった後、南極の基地で観測隊員のために料理を作る南極料理人になりました。戻ってきたら当時、政府が食品の輸出機運を高める旗を振っていて、シェフの肩書で、北海道の食材などを海外で売り込む仕事をしました。
その後、個人で食品の輸出にかかわる仕事を続けているうちに、コロナが発生してしまって……。4年前、HISに入って輸出を手掛けるようになりました。
――海外で売り込むときは、どんな心構えが必要ですか。
僕は、現地のシェフが描いた作りたい料理のイメージのデッサンを借りて、目の前で料理のデモンストレーションをするんです。料理が完成した後も、これが「あくまでもベースだ」と話して、「この通りやって」とは言いません。
「一緒にメニューを考えていこう。ここから先、グローバル化させるのはあなたたちの仕事だよね」って、ちょっとくすぐるんですよ。そうすると、シェフやカフェのバリスタは、燃えてきます。
「この食材はこういう料理に使うべきだ」と言った瞬間に、たぶんその素材や産品は海外展開の広がりを欠いてしまうでしょう。(時に食べ方をゆだねることも含めた食の)グローバル化は、日本のためにもなります。そうやって需要が増えて食糧の生産が増えれば、自給率もあがって、安全保障にもつながります。
――輸出先の相手に合わせていく面も必要だということですね。
はい。国内だったらこだわることも大切ですが、グローバルでは「(そこまでこだわらない)ほどほどのメイドインジャパン」が受けることがわかっています。そういった面も、海外に広く打って出るときは意識するとよいかもしれません。