そもそも「対外援助」とは? 大戦終結と冷戦がきっかけ、国によって狙いに違い
米国の対外援助が始まったきっかけは、第2次世界大戦の終結だ。戦後、米国とソ連が超大国として台頭するなか、1947年に米国が欧州の復興を支援するマーシャル・プランを提唱。共産主義を封じ込める狙いがあった。東西冷戦下の1961年に米国が複数の対外援助組織を一元化して設立したのが、USAIDだ。大野泉・政策研究大学院大学名誉教授は「独立したアジアやアフリカの国々の開発ニーズが高まるなか、冷戦と南北問題に対応する両方の意味があった」とみる。
冷戦終結後の1990年代には「援助疲れ」から米国の援助額は減少。日本のODA(政府の途上国援助)額が世界一だったが、2001年に米同時多発テロが発生。「当時のブッシュ(子)政権はテロの根源に貧困の問題があるとし、援助額を増やした」(大野氏)。以降、米国が世界最大の「援助大国」であり続けた。
USAIDは2023年度は約438億ドル(約6兆5000億円)を支出。60カ国以上の拠点に計約1万人の職員がいた。民主化の支援や人道支援、保健分野に注力してきたが、トランプ政権下で今年7月、活動の終了が発表された。8割以上の業務が廃止され、残りは国務省の下で行うという。
米国以外に目を向けても、世界の対外援助は長年、主要7カ国(G7)が中心だった。大野氏は「米国のように覇権国として援助を通じて民主主義や自由経済を広めてきた国もあれば、英国やフランスなど、植民地から独立を果たした国々との関係を再構築するために始めた国もある。国によって狙いや理念は違う」と解説する。
戦後80年が経ち、援助のあり方は変わろうとしている。中国が経済大国となり、インドの台頭も著しい。欧米で援助削減の動きが続く一方で、「援助される側」だった「南」の国々が「する側」として存在感を増している。
「USAID(解体)ショック」を転換点とみる大野氏は指摘する。「これまでは『援助する・される』という垂直的な関係で、先進国の税金が資金源となるODAが中心だったが、関係性はより水平的になり、民間企業や財団、NGOなどの参画が増えている。従来の援助という発想を超え、『国際協力』を通じて何を発信したいか、いま一度議論する必要がある」