湿地は自然の記憶を持つ ラムサール条約事務局長が語る人と自然のつながり
50年以上前、湿地は不毛な場所、ゴミ捨て場と見なされていました。残念ながら、破壊や埋め立てなどにさらされる時代が続きました。ラムサール条約を通じて各国が国際的に重要な湿地を指定することになり、湿地の美しさや大切さが認識されるようになったと思います。
一方、条約が採択された当時、気候変動問題は科学者の口には上っていたものの、研究は十分ではありませんでした。炭素を貯蔵する上での湿地の重要性も知られていませんでした。
湿地が劣化すると、大気中への炭素の放出が増えてしまいます。一例がマングローブ生態系や泥炭地などで、開発されて単一栽培のアブラヤシ農園に変えられ、それが火災につながり、さらに煙害による健康被害ももたらしています。
今では湿地が水の供給や生き物の生息地以外にも、津波などの災害被害の緩和など、重要な役割を担っていることが科学的にわかっています。私たちは、人が犯してきた過ちを通じて学び、修正しようとしているところです。
気候変動に伴う問題は、主に湿地の周りで起こります。水が多すぎたり(洪水など)、少なすぎたり(渇水)するためです。そして、世界中のどこでも、湿地関連の災害が発生したとき、より大きな影響を受けるのは女性です。例えば、湿地の汚染による病気の子や家族、高齢者の世話をするのは女性です。ジェンダー平等と不平等の問題を心にとめ、女性が議論の場に参加できるようにする必要があります。
条約は湿地の「賢明な利用」を基盤としてきました。このことについて考えることは、人と自然の交差点、むすびつきを見つめるということです。しかし、残念ながら時間が経つにつれ、私たちは自分たちが自然の一部だということを忘れてしまっているように思います。
昨年はスペインのバレンシア、オーストリアのウィーンが洪水に見舞われました。コンクリート化された海岸や河岸のインフラは水を吸収せず、急激に水かさが増しました。
川や湿地は(開発後も)「記憶」を持ち、ひとたび水が来れば元に戻ろうとします。湿地を管理しないことのコスト、管理しないことで起きる影響を私たちはずっと見てきました。自分たちが住んでいる場所でも、コンクリートが水を浸透させないことを理解し、地元の政治や、コミュニティーの中で、土地をできるだけ自然に保つことについて話し合う必要があります。
前回の条約締約国会議では若者と湿地についての決議が初めて採択されました。条約の将来にとって若者の参加はとても重要です。日本を視察で訪れた際、多くの若者が湿地の活動にかかわっているのを見てうれしく思いました。私自身にも11歳と13歳の子どもがおり、将来の世代に向けてどうやって湿地を保護するかについて考えているところです。
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Musonda Mumba 1973年、ザンビア生まれ。ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)で湿地の研究で博士号を取得。世界自然保護基金(WWF)、国連環境計画(UNEP)などを経て、2022年からラムサール条約事務局長。