――パリ協定から6年経ちましたが、これまでの歩みをどうみますか。
パリ協定は、温暖化で具体的な目標を定めた初めての世界的合意だった。目指すべき気温だけでなく、先進国が途上国に年間1000億ドルの資金を支援する目標も掲げられた。
ポジティブな面としては、パリ協定を協議していたころは、今世紀末の気温上昇が4~5度と予測されていたが、いまは3度くらいまで抑制されていることだ。
だが、現状のペースはパリ協定で定めた目標に遅れている。パリ協定の目標を完全に、迅速に、厳密に守ることが必要だ。
――目標達成には何が必要でしょうか。
米国のトランプ前大統領がパリ協定離脱を表明したことは、ネガティブなインパクトを世界に与えた。しぶしぶ協定に加わった国々に、「ルールは守らなくてもいい」というシグナルを送ってしまったためだ。
大切なのは、科学者、技術者、政府、そして市民が協力することだ。いまは(温暖化を防ぐ)技術が進展して、より安い価格で手に入るようになったし、企業も環境問題には気を配るようになっている。若い世代に顕著だが、こうした意識の変化はあったと思う。
不十分なのは各国政府の積極的な関与だ。
バイデン氏が米国大統領に就任した今、2021年はとても重要な年になる。バイデン氏は4月22日に主要排出国による首脳会議(サミット)の開催を呼びかけている。
そして、英国では国連気候変動会議(COP26)が開かれるほか、中国では生物多様性条約締約国会議(COP15)が開かれるためだ。
とりわけ、中国の習近平国家主席は昨年9月の国連総会で、温室効果ガスの排出量を「2060年までに実質ゼロを実現できるよう努める」と表明した。かつてよりポジティブな国際環境がいま、整いつつある。
中国は一国だけで世界の温室効果ガス排出量の3割を占め、米国や欧州全体よりも多い。中国抜きに温暖化対策が成功することは決してあり得ない。
――異常気象が原因とみられる災害が相次いでいます。
気候変動の悪影響はあらゆる領域に及んでいる。一番の脅威は洪水で、日本はもちろん、フランスでも頻繁に起きている。洪水の被害を受けるのが、格差に苦しむ地方が多いのも問題だ。干ばつはとりわけアフリカ大陸で広がっており、こうした気候変動は移民も生んでいる。(07年に)国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)がノーベル賞を受けたのも、物理学や化学ではなく平和賞だ。安全保障は気候変動と結びついている証しだ。
気候変動はいったん起きてしまえば経済的インパクトがものすごく大きい。予測して予防に努める方がはるかに経済的だ。
――日本に期待される役割はありますか。
日本は経済大国であるだけでなく、温室効果ガスの排出国でもある。
日本は首相が温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とする目標を掲げた。いまは、(長期だけでなく)短期、中期での政策決定をするときだ。
――最近出版された著書で、新型コロナ対策では世界レベルでの協力がなされているのに、温暖化では不十分だ、と指摘されていますね。
温暖化対策で忘れないでほしいのは、人間への健康面で短期でもコロナと同じくらい重大な結果をもたらすということだ。
そして、温室効果ガスはいったん排出してしまえば回収することはできない。時には1000年も大気にとどまることもある。こうしたガスを排出し続けることはできないはずだが、政府はあまりに短期的な(温暖化対策を軽視する)決定をしてしまいがちだ。
コロナ対策では、途上国を援助する仕組みができたけれど、気候変動ではそれが十分ではない。途上国への資金支援は不十分なままだ。新型コロナ対策では、貧しい国々を豊かな国々が支援しないとブーメランとなって自分たちに跳ね返ってくると気づいたはずだ。それは気候変動でも同じはず。同じことが気候変動でできないのは、パラドックスというだけでなく、たいへん心外だ。気候変動はコロナより多くの犠牲者を生むし、そもそも温室効果ガスに国境はないのだから。
(構成・疋田多揚、取材協力・マリー・バイユ)
ローラン・ファビウス 1946年生まれ。故ミッテラン大統領の下で1984年、37歳で首相に就任。2012年に発足したオランド政権で外相を務めた。2015年、国連気候変動会議(COP21)の議長として、パリ協定を合意に導いた。