湿地の定義はこんなに広い! 田んぼも河川敷も「湿地」だった
湿地は広く水辺一帯を指す言葉で、英語では「wetland(ウェットランド)」という。
1971年にイランのラムサールで採択され、75年に発効した「ラムサール条約」では、天然か人工か、永続的か一時的かどうか、流れの有無、淡水か海水か、それらが混ざった汽水か、といったことは関係なく、「沼沢地、湿原、泥炭地または水域をいい、低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む」と定義されている。
ミズバショウが咲く尾瀬や、北海道の釧路湿原のように、ひたひたと水がたまった湿原のイメージが強いかもしれないが、水田やため池、サンゴ礁の浅海、河川敷や干潟もれっきとした「湿地」だ。
多くの渡り鳥が訪れ、珍しい生きものがいる「自然好きな人の憧れ」ともいえる湿地だが、それだけにとどまらない価値がある。ラムサール条約は、国際的に重要な湿地を保全しつつ、そこから得られる恵みを持続的に活用することを掲げる。
NGO「ラムサールセンター」フェローで、アジアの湿地保全に貢献したとして2005年に日本人初のラムサール賞を受けた中村玲子さん(77)は「人間は湿地の恵みなしには生きていけません」と話す。
湿地の恵みは幅広い。
大規模な濾過(ろか)装置のように働き、水を浄化する。水をたくわえ、洪水や干ばつの悪影響を和らげる。食料を生み、バードウォッチングなどのレクリエーションや観光の舞台にもなる。
気候変動対策としても期待されている。枯れた植物などが分解されずに残り、炭素が二酸化炭素(CO₂)として大気中に出て行かないようとどめてくれる。マングローブ林などの沿岸湿地は熱帯雨林の最大55倍の速さで炭素をため込む。面積では地上の3%に過ぎない泥炭地が陸上の炭素の30%を貯蔵している。
英国の研究機関などの推計では、湿地のこうした機能を経済価値に換算すると、少なくとも年間47兆ドル(約6900兆円)にもなるという。湿地を守れば、湿地が私たちのくらしを守ってくれるとも言える。
ただ、条約の特別報告書によると、1970年以降、農地への転換や開発などにより35%が失われ、湿地に依存する種の4分の1が絶滅の危機に直面している。
ラムサール条約には、保全を進めるため湿地を登録するしくみがある。172カ国の2500あまりの湿地が登録されている。登録で新たな規制は生じないが、国内法などで保護されていることが前提となる。登録湿地の環境に変化が生じたら、各国は事務局に報告しなければならない。人の活動による劣化や減少がひどい湿地は「モントルーレコード」と呼ばれるリストに入ることもある。モントルーは第4回会議があったスイスの街の名前だ。
たくさんの雨が降り、海に囲まれた日本は湿地の国でもある。条約に加入したのは80年だ。2024年末時点で北海道から沖縄までの53カ所が条約の登録湿地になっている。
7月には、猪苗代湖(福島県)も新たに登録された。登録によって観光客の増加などが期待されている。
ただ、登録されていない湿地も多い。
中村さんが心配するのは、水田やため池など、人が生産のために使ってきた湿地だ。コメづくりだけでなく、カエルやトンボなど多くの生き物にすみかを提供してきたにもかかわらず、面積を大きく減らしている。「日本の豊かな生物多様性の根っこが危機に瀕しているといえる」
中村さんはこう勧める。「湿地を守っていくには、やっぱり水辺を愛して楽しむことが大切です。魚を釣っても、川辺を散歩してもいいし、水草をめでたり、トンボを捕ったりしてもいいですね。湿地の恵みを知ることが第一歩だと思います」