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ロシア人ジャーナリストが多く亡命 選挙でも一定の勢力 ラトビアに見る多言語共生の姿

World Now 更新日: 公開日:
リガ市議会の選挙活動。日本でも見られる、自分の関心のある政策にシールを貼る
リガ市議会の選挙活動。日本でも見られる、自分の関心のある政策にシールを貼る=2025年6月、ラトビア・リガ、秋山訓子撮影

「ロシア語話者」。バルト三国にはそう呼ばれる人たちがいる。ロシアから移住し、定住した人たちだ。長く複雑な歴史の中で、共生している現場をラトビアで見た。

ラトビアは三国のなかでも、ロシア語話者が多く、共生してきた歴史がある。同国はロシア政府を批判するなどして政府に迫害されたジャーナリストの主要な亡命先にもなっている。

首都リガにあるNPO「メディアハブ・リガ」は、独立系ジャーナリストにオフィスやスタジオなどを提供している。メディア研究所やNPOなどで活動してきたサビーヌ・シレさん(43)が2018年に立ち上げた。

メディアハブ・リガを立ち上げたサビーヌ・シレさん
メディアハブ・リガを立ち上げたサビーヌ・シレさん(本人提供)

800人のジャーナリストとその家族を支援してきたが、うち250人がロシアからの亡命だった。他にウクライナやベラルーシ、中央アジアから来た人もいる。こうした民間の受け入れがあるだけでなく、ラトビアのエドガルス・リンケービッチ外務大臣(当時)は2023年3月、ロシアから亡命してきたジャーナリストを歓迎するとSNSに投稿している。

メディアハブ・リガは難民認定などで法的な支援をし、弁護士やソーシャルワーカーなどを含めスタッフは18人いる。特に力を入れているのが、精神的なサポートだ。「若い人は将来に希望を持てず、年長者は故郷で別れてきた家族に裏切り者呼ばわりされることもある。愛する国から拒絶され、逮捕や非難の対象になることはつらく、社会的な死ともいえます」

ロシア発のメディア「メドゥーサ」

「メドゥーサ」は、2014年にロシアから逃れてきたジャーナリストがラトビアの首都、リガで設立したロシア語と英語のウェブブメディアだ。政府からの迫害など数多くの困難を乗り越えて、ウクライナ戦争の状況を伝え、今でも多くの読者からの支持を集めている。

メドゥーサの現編集長、イワン・コルパコフさん(41)も、ラトビアに逃れてきた一人だ。「ロシア政府のメディアへの干渉が増えていて、検閲が厳しくなることが予想されたので外で立ち上げることにしたのです」

メドゥーサ編集長のイワン・コルパコフさん
メドゥーサ編集長のイワン・コルパコフさん(メドゥーサ提供)

なぜラトビアだったのか。「モスクワと時差がなく、多くのロシア語話者がいて、ロシアでの自分たちの日常生活に近く感じられたから。交通の便が良く、そしてEUの一部でもある。ラトビア政府が法律を守り、言論の自由を尊重してくれた」と説明する。

困難を予想していたが、すぐに軌道に乗ったという。「従来のジャーナリズムに加え、クイズやポッドキャスト、ネイティブ広告など、新たな要素を加えて、特に若いロシア人の間で人気が出ました。自分たちの広告代理店もモスクワに立ち上げたほどです」

だが、良い時代は長く続かなかった。

ロシア政府は2021年、メドゥーサを「外国のエージェント」に指定したのだ。その影響は甚大だった。「企業は政治と摩擦を起こすことを好みません。あっという間に広告主が撤退していきました」

その後はロシアからのクラウドファンディングに頼った。多くの読者から支持されていたメドゥーサには、ロシア人17万人が寄付をし、うち3万人以上は定期的な寄付者となってくれたという。

しかし、ウクライナ戦争が始まると、西側諸国の経済制裁でロシア人の海外への送金ができなくなった。すなわち、ロシア国内からの寄付が受けられなくなってしまったのだ。

さらに、ロシア政府がメドゥーサを「好ましくない組織」に指定。ロシア人がメドゥーサに協力することも禁じた。「そのほかにも私たちは日々、ネットのインフラをダウンさせるようなサイバー攻撃や、スタッフのアカウントに侵入を試みるフィッシング詐欺にさらされています。リガでスタッフが尾行されたこともあります」。コルパコフさんは2019年を最後にロシアには帰っておらず、スタッフがロシアに行くことも厳しく禁じているという。「投獄される可能性がありますから」

そこで寄付をロシア外から募ることにした。コルパコフさんもドイツのベルリンに拠点を置く。今年の4月から7月にかけてはベルリンで「NO」と題した展覧会を開いた。メドゥーサと共に働いてきた人々の物語を描いたドキュメンタリーを上映し、これまでの主な出来事を絵画やインスタレーションなどで表現した。コルパコフさんは言う。「我々ジャーナリストは普通の人物です。でも、壮大な世界の歴史の局面に直面しています。そして今、世界は危機の時代を迎えており、世界中のジャーナリストも危機に直面しています。そのことを伝えたかったのです」

現在メドゥーサでは60人あまりが働いている。財政難の影響で今年、かなりの人数を解雇せざるを得なかったという。

コルパコフさんに、日本の読者にメッセージを寄せてもらった。

「私たちは何とか生き残ってメドゥーサを存続させ、高い水準のジャーナリズム組織としてのアイデンティティーを守り続けたい。活動家や政治団体ではなく、私たちはあくまでもジャーナリストなのです。ロシアは国際的な安全保障にとって脅威ですが、ロシアの実情を理解するためには独立した報道が唯一信頼できる手段だと思っています。メドゥーサは世界中の普通の人たちのおかげで存続できています。日本のみなさんにも、寄付してもらえたらうれしいです」

ロシア語話者の「ノン・シチズン」

ロシア人ジャーナリストの例にみられるように、ロシア語話者にとって、ラトビアは住みやすい国の一つだ。

6月2日。ラトビアの首都リガ郊外では、間近に迫った統一地方選挙のリガ市議選に向け、政党の選挙活動が行われていた。

「生活のどこに問題がありますか?」

「家賃が高くて。あと、雨が降ると地域でよく洪水が起きるんです」

政党「ラトビア第一」の候補者が地域住民と話し合っていた。会話はすべてロシア語だ。

「ラトビア第一」のアイナール・シュレイサー党首の巨大ポスター(左)
「ラトビア第一」のアイナール・シュレイサー党首の巨大ポスター(左)=2025年6月、ラトビア・リガ、秋山訓子撮影

バルト三国にはソ連の各地から多くの労働者や軍人が移住してきた。特にラトビアとエストニアにはロシア系住民が多く、独立時に人口の3割以上をロシア系住民が占めていた。

ラトビアはロシア系住民に対し、国籍取得に際してラトビア語能力の試験を課す。その結果、無国籍の「ノン・シチズン(非市民)」が存在する。非市民でも基本的人権は保障され、パスポートも交付される。ただ、その後の国籍取得政策や自然減で、ラトビアでは2022年時点で非市民は10%程度まで減少し、2020年以降に非市民の子として生まれる子どもには自動的にラトビア国籍を付与する法律を制定。将来的な非市民の解消を図っている。

他党の選挙キャンペーンではこんな場面もあった。候補者がラトビア語で「投票先をきめましたか?」と話しかけると、高齢の女性がロシア語で「私はノン・シチズンだから投票できないの」と答えていた。

リガを中心に、ラトビアでは依然としてロシア語話者の存在感はある。市内にはラトビア語に加えてロシア語の表記も多い。ロシア人が多く住んでいる地域もあり、ロシア語での会話がごく普通に行われている。人々は長年の積み重ねのうえに、自然に共生している。

ロシア語話者とどう向き合うかは政治課題であり続けている。2012年にはロシア語を憲法上の第二国語とするかを問う国民投票が実施され、有権者の75%が反対して否決された。2022年にロシアがウクライナに侵攻すると、ラトビア議会はソ連時代の像やレリーフをすべて撤去することを決め、実際に同年8月には、リガの公園にあった、1985年に建設されたナチス・ドイツに対するソ連の勝利を祝う高さ79メートルの塔が解体された。2026年度には学校教育での使用言語はラトビア語に限定される。

非市民に地方参政権を付与する法案は国会に何度も提出され、そのたびに否決されている。6月の地方選挙を前に5月にも否決された。

「ラトビアのトランプ」が第一党に

コンスタンティンス・ソコロフスさん(35)はラトビア国籍をもつロシア語話者の起業家だ。先祖は18世紀の後半ごろに、ロシアでの宗教改革の影響でラトビアに定住したのだという。ロシア系の学校に通い、6割はラトビア語、4割がロシア語の教育だった。自身は5カ国語を操る。「言語はあくまでもコミュニケーションのツールであり、政治的な意味を持ちません」。国内でも相手や状況によってラトビア語とロシア語を使い分ける時もあるという。

趣味のスポーツや音楽を通じてラトビア人の友達も多い。「子どもの頃に差別を感じたことはありません」。ただ、最近の社会は民族間の緊張を増してきたと感じる。娘が通う幼稚園の教育はラトビア語だ。「言語を政治のスケープゴートにしないでほしい」。

「ラトビア第一」のTシャツを着たコンスタンティンス・ソコロフスさん
「ラトビア第一」のTシャツを着たコンスタンティンス・ソコロフスさん=2025年6月、ラトビア・リガ、秋山訓子撮影

今回のリガ市議選にラトビア第一から立候補した。以前は、ロシア系住民に支持されていた政党「調和」を支持していた。

リガはロシア系住民の割合が高く、調和はかつて市議会で多数を占め、当時の党首はリガ市長を務めていた。しかし、2020年にはリベラル系の政党「進歩」が第一党に。調和は分裂した。ソコロフスさんは「かつては調和を支持していたけれど、彼らの時代は終わった。ラトビア第一は海外からの投資を呼び込むなど経済政策に力を入れている。今は経済の活性化が必要だから彼らを支持している」と話す。

ラトビア第一のアイナール・シュレイサー党首(55)は、かつて調和から市議会に出てリガ副市長となり、その後国政に進出して閣僚も務めた。引退して実業家として成功し、反EU・反エリートを訴えて2021年に同党を結成。「ラトビアのトランプ」とも称される。

リガ市議会の選挙結果は、ラトビア第一が第一党に躍り出て、進歩など中道リベラル系政党が議席を減らした。対照的に、ラトビア語の重要性を訴える保守政党「国民協会」は議席を伸ばした。

議席を伸ばした「国民協会」の選挙活動のメンバー
議席を伸ばした「国民協会」の選挙活動のメンバー=2025年6月、ラトビア・リガ、秋山訓子撮影

選挙結果は、世界的なポピュリズムの影響を受けつつも、ラトビアの複雑な社会を反映しているようだ。