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管理職ゼロで急成長 オランダの訪問看護サービス「ビュートゾルフ」の現場主義を探る

World Now 更新日: 公開日:
患者のウィル・トースマさん(右)に食べ物を渡す看護師のイレーネ・ブランズさん。オランダの訪問看護サービス「ビュートゾルフ」のメンバーだ
患者のウィル・トースマさん(右)に食べ物を渡す看護師のイレーネ・ブランズさん。オランダの訪問看護サービス「ビュートゾルフ」のメンバーだ=2025年3月11日、オランダ・アムステルダム、中川竜児撮影

組織に管理職はつきもの、規模が大きければなおさらだ、と思っていた。だが、世界には「管理職ゼロ」の成功例もある。オランダで急成長を遂げた訪問看護サービス「ビュートゾルフ」はその代表格だ。管理職を廃した理由は何だったのか、成功の背景には何があるのか、現地で探った。

「ケアの現場にいるのは私たち。管理職がいたとしても、離れたオフィスにいる人が私たちよりも分かっているとは思えない」

3月中旬、オランダの首都アムステルダムにあるアパートの一室。看護師のイレーネ・ブランズさん(27)は、ベッドに横たわるウィル・トースマさん(90)の体を拭きながら、答えた。下半身が不自由なトースマさんだが、ブランズさんの動きに合わせて腕の力で体の向きを変えたり、目配せでコミュニケーションを図ったり。2人の間に、信頼関係があることが分かる。

浴室で体を拭いてもらい、さっぱりしたトースマさんは車いすで室内を動き、趣味で集めたという振り子時計などをチェックしている。ブランズさんはその間、食事の準備などを進める。日本とは異なり、看護師は看護も介護も担うという。

患者のウィル・トースマさん(左)と話ながら、ベッドを操作する看護師のイレーネ・ブランズさん=2025年3月11日、オランダ・アムステルダム、中川竜児撮影
患者のウィル・トースマさん(左)と話ながら、ベッドを操作する看護師のイレーネ・ブランズさん=2025年3月11日、オランダ・アムステルダム、中川竜児撮影

ブランズさんは訪問看護サービス「ビュートゾルフ」のメンバー。ビュートゾルフは2006年、看護師のヨス・デ・ブロックさん(64)ら4人でスタートした。ヨスさんの息子で、ビュートゾルフ・インターナショナルのCEOタイス・デ・ブロックさん(37)によれば、かつてオランダでは、看護師に幅広い裁量が認められていた。だが、「より効率的な」サービスを提供するためとの理由で、1990年代以降、看護師を組織化する方向にかじを切った。組織ができると、様々な部署と管理職が生じた。コールセンターが新規のケア依頼を受け付け、ケアプランナーやマネジャーが看護師の仕事を管理し、患者宅から患者宅への移動を「最短化」した。看護師は細分化された、指示された仕事をこなす存在になり、患者も日替わりのように訪れる看護師と信頼関係を築けなくなったという。

現場に最大限の裁量

ヨスさんらは、悪循環を断ち切る方法を探った。基本は「現場が最大限の裁量を持ち、判断する」仕組みの導入だった。看護師は最大12人のチームをつくる。一つのテーブルで話し合える目安という。各チームは地域の患者50人前後を担当。ケア依頼の受け付け、誰がどの患者を担当するか、オフィスをどこに構えるか、看護師の新規採用などを、全てチームで決める。一方、バックオフィスはサポートに徹し、雇用契約の締結や財務など総務的機能だけを担う。

これに対し、「管理職なしは危険だ。サービスの質が保てない」との声は少なくなかった。だが「当事者」の看護師から「あなたのところで働きたい」という問い合わせが相次いだという。オランダでは看護師の報酬は資格や経験年数に応じて統一の基準があるという。職場を選ぶ際、「やりがい」や「働きやすさ」を重視できる環境が後押しした側面もありそうだ。

以降、ビュートゾルフはめざましい飛躍を遂げる。現在は約1万5000人の看護師が在籍し、全土でケアを提供している。一方、バックオフィスのスタッフは50人ほど。ここで浮いた費用を研修などに充てることで、看護師のスキルや報酬アップにつなげている。顧客(患者)と従業員の満足度調査、コストパフォーマンスでも他を大きく引き離し、採用希望も絶えないという。

ブランズさんのチームは8人。例えば新規採用はどう決めるのだろうか。ケアの新規依頼に対して手が回らない状況が続けば、ミーティングで話し合う。増員と決めれば、チームで面接する。「この人と働けるかどうか」を見極めるべきは、チームだからだ。採用後に「この人は違うのでは」と感じることがあっても、チームで話し合う。「採用を決めたのはあなたたちだから、どうするか考えるのもあなたたち」(タイスさん)との理屈だ。

患者のウィル・トースマさん(前)のための食事をつくる看護師のイレーネ・ブランズさん=2025年3月11日、オランダ・アムステルダム、中川竜児撮影
患者のウィル・トースマさん(前)のための食事をつくる看護師のイレーネ・ブランズさん=2025年3月11日、オランダ・アムステルダム、中川竜児撮影

どうしても解決できない状況になれば、「地域コーチ」に助言を求める。コーチは経験豊富な看護師がなることが多い。ただ、管理職ではないので「決定」には携わらない。助言役に徹し、チームの話し合いを前に進める存在だ。

「責任は大きい。でも」

ビュートゾルフに加わって5年のブランズさんは「一人ひとりが考えるべきことと責任は大きい。でも、仕事のやりやすさ、やりがいを考えれば、私はビュートゾルフが良い」。チームには新人もベテランもおり、専門分野も違う。「いつも意見が一致するわけではない。でも、それぞれの知識やスキルを集めれば、ほとんどのことは解決できる」と、「集合知」の力を説く。社内ネットワークに質問を投稿すると、全土に散らばる同僚から助言が得られる仕組みもある。

ビュートゾルフ・インターナショナルのCEOタイス・デ・ブロックさん=2025年3月11日、オランダ・アムステルダム、中川竜児撮影
ビュートゾルフ・インターナショナルのCEOタイス・デ・ブロックさん=2025年3月11日、オランダ・アムステルダム、中川竜児撮影

タイスさんは、ビュートゾルフ成功の理由の一つに看護師が専門職であり、「人(患者)の役にたちたい」という明確な目標があることを挙げる。とは言っても、この組織のあり方が「看護分野だけに有効」ということではない。トップが方向性を決め、様々な部署が動く従来型組織ではなく、ビュートゾルフのようなチームや、個人の判断に重きを置く組織を紹介した著書「ティール組織」(英治出版)によれば、フランスの金属メーカー、米国の食品加工メーカーなども成功例として注目を集めているという。

多くの企業からの問い合わせや視察を受けるタイスさんは、ビュートゾルフを支えるのは、メンバー間の「信頼」だと強調する。「管理職を必要とする組織もあるだろう。その場合、管理職にとって決定的に大事なのは、メンバーを信頼できるかどうか。信頼できれば、自分がいなくても仕事が回るようにする。けれど、実際はその正反対、信頼しようとせず、自分の立場を守るためのルールを作ろうとする人が多いのでは」と投げかける。

日本にも実践者

ビュートゾルフに対して、「オランダだからできたのでは」「日本とは事情が異なるのでは」といった疑問もあるかも知れない。しかし、モデルの実践者は日本にもいる。

吉江悟さん(45)は2015年から千葉県柏市で「ビュートゾルフ柏」を運営している。立ち上げ前にはビュートゾルフの活動を現地で視察し、ヨスさんらにも詳しくインタビューしたという。

柏の本部の看護師は自身を含めて4人でスタートし、現在13人。育児休暇などで稼働していない人もいるが、「そろそろチームを分割するかどうか判断しても良い時期で、ミーティングでも話題にあがることがあります」という。新規採用する際は、オランダと同じく、チームで判断しているという。

ビュートゾルフ柏を運営している吉江悟さん
ビュートゾルフ柏を運営している吉江悟さん=2025年4月2日、千葉県柏市、中川竜児撮影

報酬は「同一労働同一賃金」を基本とし、賞与は独特な決め方をしている。勤務日数に応じて持ち点をメンバーに割り振り(日数が多いほど点が多い)、「賞与をあげたい自分以外のメンバー」に投票してもらう。吉江さんは名目上も対外的にも「管理者(管理職)」だが、あくまでメンバーの一員として投票に加わる。「管理者として、評価のプレッシャーから解放されます」と笑う。ミーティングでは「誰か管理者をしたくありませんか?」と問いかけることもあるというが、手挙げはないという。

一方、日本とオランダの違いを考慮した部分もある。日本では看護職と介護職は資格が別。同じチーム内に看護師と介護福祉士が混在すると階層が生じやすいと考え、チームは看護師だけで構成している(作業療法士らは所属しているが、別のチーム編成にしている)。

ビュートゾルフのモデルに対する看護師の反応はどうか。

吉江さんは「人によって向き不向きはあるでしょう。自分から動くことを苦にしない人もいれば、指示をしてもらう方が動きやすいという人もいる」と話す。メンバーになったばかりだと、「そこまで自分たちで決めなきゃいけないの?」と戸惑う人もいるという。吉江さんは「日本では『全てのことに自分は意見を言っても良い』という教育を受けていないことも影響しているのでは」と推測する。ただ、そうした戸惑いについては「体験することによって変わる部分は大きい」という。

吉江さんは、一般社団法人「東大看護学実装普及研究所」が設置した東大看護ステーション目白台の運営にも携わっており、そこでもビュートゾルフモデルを参考にしたフラットな組織づくりを心がけているという。 

オランダでのビュートゾルフ成功の理由として、吉江さんは、タイスさんと同様、看護師が専門職であり、明確な目標「人(患者)の役にたちたい」があることを挙げる。「仮にチーム内でいざこざがあっても、そこにたち返ることができる 」

それでは、従来型の会社組織に当てはめるとどうだろう。吉江さんは「中間管理職と現場にギャップがあるとすれば、目標が一致していないのでは。目標が明確で、それを共有できていれば、問題は生じないように思います」と話す。