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「中間管理職」なんて、まっぴらごめん?!  韓国若者が昇進を敬遠する本当の理由

World Now 更新日: 公開日:
「昇進」「管理職」について語る韓国の若者たち=2025年2月、ソウル、玉川透撮影

「昇進はまっぴらごめん」「管理職なんてなりたくない」ーー。そんな風潮が今、おとなり韓国でじわり広がっているという。かつて出世の登竜門だった「中間管理職」が今や「罰ゲーム」「無理ゲー」化し、そこから逃げ出す若い世代が、日本をはじめ世界各地で増えているといわれている。韓国の若者たちの間でいったい何が起きているのか? 2月下旬、南東部ウルサンに本社がある業界最大手「HD現代(ヒョンデ)重工業」の労働組合を訪ねた。

この労組は2024年の団体交渉で、組合員の強い要望を受け、「昇進拒否権」を要求して話題になった。課長級など一定の役職以上に昇進させる会社の人事を、社員がことわれる権利である。

同社では、課長級など一定以上の管理職になると組合員資格を失い、給与が成果年俸制に移行する、と労使協定で定めている。つまり、会社のリストラ対象になっても組合の保護を受けられず、業績によっては賃金が減るかもしれない。でも、この権利があれば、昇進と引き換えにリスクを回避できるのだ。

この要求、実は2016年にも労組が交渉のテーブルにのせたことがある。全盛期の3万人から7000人まで先細りした組合員数の維持が、その時は狙いの一つだった。

だが、会社員のやりがいともいえる昇進を拒否する「荒業」をめぐり、当時、組合の中でも賛否は割れたという。
労組幹部のキム・ギュジン氏(55)は振り返る。「さすがにやり過ぎだ。それより早く昇進して給与を増やす方が良い。そんな考えが主流でした。足並みがそろわず、結局、会社に否決されました」

現代重工業の労組幹部、キム・ギュンジンさん=2025年2月、韓国・ウルサン、玉川透撮影

それから8年。一度は消えた要求が再び脚光を浴びたのは、組合員たちからの強い要望だった。

昨年、各事業所のオルグで説明をして回ったキム氏は、その理由を肌で感じた。参加した組合員、特に40、50代がキム氏の話に熱心に耳を傾け、熱い議論を交わした。

2016、2017年に会社が大なたを振るった4000人規模のリストラを例に出し、「この権利さえあったら、会社の自由にはできなかったはずだ」と訴える社員もいた。

これはいけるかもしれない。手応えを感じてキム氏が次に向かったのは、20、30代の割合が多い職場だった。ところが、明らかに空気が違う。若手社員の大半が手元のスマホに目を落とし、こちらを見ようともしない。途中で席を離れ、作業を始める者もいた。

だが、昇進拒否権の話を切り上げ、休暇の金銭補償や年間いくらの手当が支給されるかといった話題に移ると、若い社員たちの顔つきが変わり質問が相次いだ。

キム氏は言う。「若い社員たちは組合活動に興味がないのではなく、昇進そのものに関心がないのです。世代間でここまで反応が分かれることに正直、驚きました」

なぜ、こんなことが起きたのか。キム氏は持ち帰って労組で考えた。

韓国もかつて日本と同じく、入社すれば同じ会社で定年まで働き続ける「生涯雇用」が半ば常識だった。しかし、非正規や外国人労働者が増加して、正社員の数を逆転。労働環境の変化とともに、「昇進」に対する社員の意識は大きく変わりつつある。

韓国で「MZ世代」と呼ばれる今の20、30代の多くは、HD現代重工業のような大企業に入社しても、人生のキャリアアップの一歩としか考えていない、とキム氏は言う。

「我が社では、入社1年が過ぎると20%、4年以内に50%ほどが離職すると言われています。若い世代の多くは40代までに様々な経験を積み、将来的に独立や起業をめざす『ロマン』を持っているのです」

一方、彼らの親世代である40、50代の社員の中には組合員資格を維持したいと考えて、あえて昇進を避ける人々が増えている、とキム氏は見る。こうした人々は韓国社会で、「ぬれ落ち葉」とも言われる。

だが入社29年のキム氏は、彼らの気持ちもよく理解できる。自身は管理職の経験がなく、現在も「一兵卒」として生産ラインの一つで働いている。「若い頃から組合活動に力を注いでいた私は、昇進には縁がありませんでした。でもノルマさえこなせば、定時で帰宅できる今の職場を幸せに感じています」

そんなキム氏に、キャリアを重ねて中間管理職になった同期たちが羨望(せんぼう)のまなざしを向ける。「彼らの中には上司と部下の板挟みになり強いストレスを抱え、人間関係に悩んでいる人が少なくありません。重圧に耐えきれず、辞めてしまった人もいます」
それぞれ事情は違えども、昇進をあえて避け、管理職から遠ざかるMZ世代と、40~50代の「ぬれ落ち葉」。この状況が続けば、いったい誰が企業を支える中間管理職を担うのか。

結局、昇進拒否権は今回も会社側が拒否して認められなかった。それでも、キム氏は組合幹部という立場を離れて考える。会社にとって昇進とは? 管理職になる意味とは?
「これはもう韓国社会に根ざす非常に複雑な問題です。ひとつの企業や労組だけではとうてい解決できません」

若者たちに「島耕作」は響かない

韓国の大手転職サイト「ジョブコリア」が2023年、MZ世代の会社員約1000人に行った調査によると、いま働いている会社で幹部職に「昇進するつもりがない」と答えた人は過半数の54.8%に上った。理由を尋ねると、「責任ある立場になると負担が増すから」が43.6%で最も多かった。

昇進を避けるMZ世代にも二つの層が生まれつつある。一つの会社での昇進に固執せず、転職を繰り返してキャリアアップをめざす層と、サラリーマンの間は出世競争には加わらずワーク・ライフ・バランスのとれた生活を送ることをめざす層。後者は特に、昇進手前のポストである「代理」として長く会社にとどまることを望むことから、「万年代理」とも呼ばれている。

首都ソウルの街角で、若者たちの声に耳を傾けてみた。
サンミョン大学の大学院生の男性(29)は、MZ世代の過半数が「責任の重い立場や昇進を望まない」と回答した調査結果について、「共感できる」と言う。「社員として安定的に暮らせたらいい。負担が増すよりも低い職位でも長く安定した仕事を望みます」

同じく大学院生の男性(29)も「人を管理するのは難しい。昇進よりも自分の仕事を熱心にこなす方が楽だと感じています」

一方、卒業生の女性(29)は、調査結果は「共感できない」としつつも大企業に入って中間管理職になりたいとは思わないと語った。将来ショッピングサイトを立ち上げ起業する日を夢見ている。「大企業に入って昇進するよりも、自分で会社を立ち上げて社長になりたい。他人から命令されるよりも、自分が指示する立場になりたいから」

就職活動中の大学3年生、キム・テリムさん=2025年2月、ソウル、玉川透撮影

他方、福祉分野で就職活動中という大学3年のキム・テリムさん(22)は、会社でキャリアを積んで重要な職責を担うことに意義はあると思っていると話す。就職した先輩や知人からの情報として、「中間管理職の責任は重いけど、実際の業務負担は新入社員や末端の社員の方が大きい、年次が上がるにつれ仕事は楽になるって聞いてます。会社に入ってバリバリ働きたいです」と語った。

若者の思考と労働市場の関係に詳しいソウル大学経営学部教授、シン・ジェヨン氏に、MZ世代の管理職離れについて尋ねると、思いがけず日本の人気マンガの名が飛び出した。
「私が大好きな『課長 島耕作』はかつて韓国でも会社型人間の象徴的な存在でした。でも現代の若者たちにとって、もはやロールモデルになりえません」

1972年生まれのシン教授は、幼い頃から日本マンガの大ファン。大手電機メーカーを舞台にサラリーマンの出世や恋愛、企業経営などをリアルに描く「島耕作」シリーズも、課長編から社長編まですべて読破しているという。同じく日本のマンガに浸ってきたシン教授の同世代は就職活動中、島耕作を夢見て大企業での出世をめざす人が多かったという。

それから約30年。現代の若者たち、いわゆるMZ世代は「会社型人間」の生き方に共感できず、島耕作を読んでも理解できない可能性が高い、とシンは指摘する。

背景にあるのは、労働市場の変化にともなう若者たちの価値観の変化だ。シン教授の就職期には当たり前だった終身雇用の概念が崩壊し、若い世代の会社に対する忠誠心は低下している、とシン教授は言う。「若者たちは自身のキャリア開発と成長をもっとも重視しており、頻繁に転職を繰り返して自分の市場価値を上げることに血道を上げています」

ソウル大学のシン・ジェヨン教授=2025年2月、ソウル、玉川透撮影

マンガでは、韓国企業は島耕作の勤める会社の強力なライバルとして描かれていた。「ですが、現在の韓国企業はかつての日本企業と同様の立場にあり、中国企業との激しい競争に直面しています」とシンは解説する。

そんな中で、島耕作をロールモデルにしてきた40、50代の中間管理職は、上下からのプレッシャーにさらされ、権威が失われつつあるのだ。「DXなど新しい業務や未経験の分野への対応を命じる上司と、価値観の合わない部下との板挟みに苦しむ『サンドイッチ世代』。彼らは苦労して適応しても、それに見合わない報酬に不満を募らせています」

世界的に異例のペースで進む「超少子化」で、中間管理職の担い手を育てるのが難しくなっている現実もある。シン教授によると、韓国企業では50代の従業員が20代の約2倍に達し、従業員構成の逆ピラミッド化が急速に進んでいるという。
これらの要素が複雑に絡み合い、いずれ韓国の労働市場は大きな変革期を迎える、とシン教授は見ている。「かつて憧れだった『会社型人間』はもはや通用しません。現代の島耕作たちを苦境から救うため、企業は人事制度や組織構造の抜本的な改革が迫られています。構造が似ている日本でも同じ現象が起きているのでは?」

昇進ダメでも、「マスター」で輝け

そんな将来を見据えて、大胆な改革に乗り出す韓国企業も出てきた。

韓国の化粧品メーカー「ゴウンセサン・コスメティクス」(本社ソウル、社員数約230人)が2023年に新たに導入したユニークな昇進制度は、その一例といえるだろう。

化粧品業界は転職が頻繁で、優秀な人材の奪い合いになっている。
女性社員が8割を占め、平均年齢30代前半のこの会社も例外ではない。2019年の改革で課長や部長といった従来の役職をなくし、新人を含む若手の「アソシエイト(A)」、中堅社員の「プロフェッショナル(P)」、管理職の「リーダー(L)」の3段階に簡素化した。

社内の反応はおおむね好評だったが、新たな課題も浮かび上がった。人事部長のキム・ミヘさんは言う。「簡素化によって中間管理職のポストが大幅に減った分、本来は何らかの役職に就くはずだったベテランの中堅社員が、少ない管理職ポストが空くまで昇進できないままになり、モチベーションが下がるという課題が出てきました」

韓国の化粧品会社「ゴウンセサン・コスメティクス」の人事部長、キム・ミヘさん=2025年2月、ソウル、玉川透撮影

そこで新たに設けたのが「マスター(M)」という職級だった。管理職ではないが、専門性を重視したポストで、会社がその道を極めた最高の専門家と認めた社員に贈られる、いわば「称号」だ。自身の職務で高い成果を出した分野なら何でもいい。待遇面でも一般社員より給与が上がり、昇進セレモニーで「ゴールド名刺」が授与される。その道の専門家として、社内で後輩らを指導する研修の講師を務める機会が提供される。
「そうすることで、他の社員のモチベーション向上にもつながる」とキムさん。

M職級「セルフ昇進制度」として、2年以上勤務するP職級の社員なら誰でも挑戦できるようにした。6月と12月の毎年2回、社内で審査を実施。応募者はこれまでの成果や専門性を示すエッセーを提出し、審査当日には社長や本部長ら経営陣の前で自分の能力をアピールするプレゼンテーションを行う。必要に応じて、審査団には外部の専門家も参加する。

2023年12月時点での合格者は計12人、合格率20%という狭き門だ。ただし、応募者やプレゼンなどは非公開で、不合格者へのストレスや周囲からのプレッシャーを軽減するよう配慮している。合否にかかわらず、審査団の詳細なフィードバックも伝えられる。

商品企画担当として日本で販売中の「DR.Gセーラム」などを手がけてきたオ・ヨンファは、後輩たちのメンターになりたいという思いから応募した。「単なる中間管理職ではなく、職務の専門性を生かして後輩や同僚を支援できる立場になりたいです」
商品パッケージのデザインを担うチョン・ユギョンは2回目の応募で合格。「失敗してもフィードバックが自身のキャリアや価値観を振り返り、客観的に整理する機会になった。この制度があることで、社員が会社にとどまりながら成長を続けるモチベーションになっていると思います」

韓国の化粧品会社「ゴウンセサン・コスメティクス」のチョン・ユギョンさん(左)とオ・ヨンファさん=2025年2月、ソウル、玉川透撮影

人事部長のキムさんは言う。「この制度は単なる昇進機会だけでなく、『スペシャリスト』として実務に特化する道と、『ゼネラリスト』としてリーダーシップを発揮する道という二つのキャリアパスを選択可能にするします。これにより、管理職への適性がない社員でもキャリアアップを目指せる仕組みになっているのです」