8日正午、ソウル市銅雀区鷺梁津の予備校村(注:予備校が集まる地域)。全羅南道・木浦出身の警察公務員(巡査)試験の受験生ムンさん(30)は、昼ごはんも食べずに受験勉強に励んでいた。旧正月の連休にも木浦に戻らず、鷺梁津の自宅と予備校を往復して勉強した。ムンさんは「公務員試験の受験生に旧正月の連休なんてない。多くの食堂が休んでいたのでコンビニの弁当ばかり食べていた」と打ち明けた。
公務員試験を1浪中のシン・ミンジョンさん(29、女性)も故郷の慶尚北道・慶州に帰らなかった。4月にある9級公務員の筆記試験を前に、連休の間中午後11時まで勉強した。シンさんは「大企業の就職は針の穴を通すほど難しい上に、就職できても長く勤められるか分からない。あと何年かかるか分からないけど、受かるまで公務員試験を受けるつもり」と話した。
この日、鷺梁津のカップ飯(注:カップに入ったご飯)通りでは、列を作ってカップ飯を食べる公務員試験受験生たちが、ひしめき合っていた。4月は9級公務員だけでなく、警察公務員試験もある。残り2ヶ月となった今、受験生たちは1分1秒も惜しい。鷺梁津の読書室の職員キムさんは「実家が首都圏の受験生も旧正月に家に帰らず、1日利用券を使って読書室に通ってきた。旧正月の当日の利用者は普段よりも倍多かった」と言う。
昨年3月に公開されたある博士論文によると、韓国の公務員試験受験生の数は約44万人。こんなに多くの若者がなぜ公務員試験にこだわるのか。彼らが口をそろえて言うのは「職業の安定性」だ。シンさんは「40歳を過ぎた大企業の社員は、1日でも休めば席がなくなると聞く。公務員は薄給だけど、大企業よりもずっと安定的だと思う」と言う。巡査試験を1浪中のキムさん(24、女性)も「公務員の採用を増やすという政府の政策は実感できない。高学歴の競争相手がとても多く、採用を増やすほどに競争率が上がっているようだ」と、ため息をつく。
海外のメディアもこの状況に注目している。特に韓国のような全国単位の公務員試験がない西欧の先進国からすれば、理解し難い状況だ。米国では公共業務の従事者に空席ができた場合、その都度採用を告知し、志望者の職務経歴や過去の職場での評価が重視される。公務員のみならず、企業でも「公採(注:試験などにより公開して採用すること)」が一般的な韓国とは違う。
米紙ロサンゼルス・タイムズは6日(現地時間)、3面のトップ記事で「米最高の名門大ハーバード入学よりも、韓国の公務員試験の競争が熾烈だ」とし、「韓国の経済が低迷し、輸出中心の産業で中国との競争が激しくなり、若者たちは経済の影響を受けにくい公共の仕事に就きたがっている」と、報じた。昨年4953人が最終的に合格した、ある公務員試験では20万人が受験し、合格率2.4%を記録した。昨年、ハーバード大学の合格率(4.59%)の半分の数値だ。
同紙は、サムスンやLGなどの大企業と中小企業の格差にも注目した。大学での優秀な成績、外国語能力など大企業の目に留まるような履歴書がない若者は公務員試験に向かうというのだ。さらに「文在寅政権が1年前から就職難解消のための様々な政策を進めているが、若者の大多数は民間の求人の見通しは当分良くなる気配がないとみて、公務員試験の競争が激しくなっている」と付け加えた。
昨年11月、香港のサウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)も、「韓国は過剰教育社会(over-educated-society)」とし、死ぬまで「勉強の連続」の人生を送らねばならないと報じた。人生を左右する大学修学能力試験(注:日本のセンター試験にあたる)は、始まりに過ぎない。大学卒業後はホワイトカラーの仕事に就くため入社試験を受けねばならず、入社後も昇進や資格の試験が待っている。
2017年5月、米国の公営ラジオ放送PRIも「20、30代の韓国の若者のうち3分の2が大学の卒業証書を手にするが、大学を卒業してもサムスンのような『夢の職場』で働ける保証はない。これに代わる安定した職に就きたいという欲求が、公務員試験ブームの原因」と、分析した。また、「経済が良くないのに政府は公務員採用を増やし続け、一度公務員になれば定年まで働けるというのが最大の魅力」と報じた。
(2019年2月9日付東亜日報 キム・ジェヒ記者、ウィ・ウンジ記者)
(翻訳・成川彩)