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「高得点なのに話せない」 悩み抱える超学歴社会・韓国の英語教育

グローバル教育考 更新日: 公開日:
ソウル英語村スユキャンプの授業風景。ステーキハウス、飛行機の機内、消防署、美容院など、さまざまなシチュエーションの中、ロールプレイで英語を学んでいく。

【前回の記事】超学歴社会・韓国で「脱スペック」を訴える 元カリスマ講師の「転身」

6月下旬、ソウル市の中心部から、車で40分ほど走る。めざした場所には、木々の緑が広がる広大な敷地に、茶色を基調とした低層マンションのような建物が10棟ほどたっていた。広さは東京ドームの1・4倍ほどある。プールもコンビニもある。ここは、幼稚園児から中学生までがネイティブの講師を相手に英語を学ぶ「ソウル英語村スユキャンプ」。教室(体験ブース)が45カ所あり、宿舎には、最大で生徒450人が泊まれるという。

「ソウル英語村スユキャンプ」は、木々の緑の中、建物が点在する=ソウル市郊外

ステーキハウスに仕立てられた教室をのぞくと、韓国人の子どもたちがアメリカ人教師と、好きな食べ物について話していた。終わって話を聞いてみると、ソウル市内からやってきた小学5年の生徒たちだった。クイズ形式で進む授業に「学校と違って面白い」など話し、生き生きとしている。別の部屋ではロシアから来た生徒が、料理をしながら英会話をしている。飛行機の機内、空港の入国管理、消防署や警察、美容院などさまざまな状況に応じた体験ブースが設けられ、学習できるようになっている。

ソウル英語村スユキャンプの授業風景。ステーキハウス、飛行機の機内、消防署、美容院など、さまざまなシチュエーションの中、ロールプレイで英語を学んでいく。

「ソウル英語村スユキャンプ」は、2006年の開業。ソウル市が委託する形で、外国語教育大手企業のYBMが運営している。年間の利用者は、のべ11万人から13万人。本部長のファ・チャングォンさんは「家庭や塾、学校で英語を学んでも、なかなか使う機会がない。ここは学ぶところではなく、使うところ。海外に出なくても、ここで実際に使える」と話す。

「退屈な英語学習から脱して、新しい体験をすることで、英語学習へのモチベーション(動機)が上がる。外国人への恐怖心がなくなり、自信がつく。ロールプレーを通じて、楽しく英語を使ってみて、外国文化を理解し、体験することが大切だ」と強調する。

ソウル英語村スユキャンプ本部長のファ・チャングォンさん。「英語の上達には、楽しく英語を使ってみることが大切」=山脇岳志撮影

就活のためTOEIC対策にいそしむ学生

韓国は、日本以上の学歴社会であり、受験戦争も熾烈(しれつ)だ。大学入試で遅刻しそうな受験生をパトカーが送り届けるのは、毎年の風物詩のようだ。

ソウルで、大学修学能力試験に遅刻した受験生を会場へ送り届ける警察官(2011年11月)=ロイター

英語教育にも熱心である。日本では再来年度以降、小学校3年から英語が必修になり、5、6年で成績がつく「教科」になる。韓国では、1997年度から小3で英語が必修化されていた。今年春までは、公立小の1、2年の希望者は、放課後に英語の課外授業を受けることもできた。

韓国企業は軒並み、入社試験の際に、英語能力試験・TOEICの高い点数を求める。そのため、学生はTOEIC対策にいそしむ。韓国のスコアの平均は、97年には480点で日本の451点とさして変わらなかった。昨年は676点で、日本の平均の517点を大きく上回る。年間の受験者数500人以上の47カ国・地域中、韓国は17位、日本は39位だった。

だが、「試験勉強は続けているが、基礎的な英語も話せない人が多い」とファさんは嘆く。上記のTOEICの点数は、リスニングとリーディングテストの結果である。一方、海外留学の際などに求められることが多いTOEFL(iBT 2017年)は、スピーキングの試験もあるが、スピーキングでみれば、韓国は、全世界(170カ国・地域)の平均以下で125位だった。ちなみに日本は最下位に近く167位。

やはり、留学の際によく使われる英語検定であるIELTS(Academic、2017年)のスピーキングの点数でも、受験者数が多い40カ国・地域中、韓国は32位(日本は38位)と低迷している。

話す力を重視する「英語村」は、自治体が一時期熱心に設立したこともあって韓国に約30カ所あるが、運営に行き詰まって廃業したところもある。

スユ英語村も、韓国で感染が拡大した中東呼吸器症候群(MERS)などの影響もあって、一時は事業を休止したが、2016年に再開、今はピーク時の9割ぐらいまで利用が戻ってきた。利用価格をおさえていることもあって、スユ英語村の事業は赤字だが、運営主体のYBMは、社会貢献として本業の利益を還元しているのだという。

アジア通貨危機が生んだグローバル熱、弊害も

韓国が国を挙げて英語教育に力を入れたのは、1997年のアジア通貨危機がきっかけだ。韓国内だけで商売していた企業が次々と倒産する中、市場をグローバルに広げる必要性が意識された。

英語習得のため、子供と妻を海外に送り出し、韓国内に一人残って仕送りをする父親も増えた。彼らは「ギロギ・アッパ」と呼ばれた。ギロギは雁の意味で、雁は夫婦仲がよいからそう名付けられたという説もあるようだが、離婚に発展するなど社会問題にもなっていた。

英語村も、そうした英語ブームの中、巨額のお金がかかる留学をしなくても英語漬けになれる場所として、韓国各地に建設された。2006年5月の朝日新聞で、神谷毅ソウル特派員(当時)は、その前月、ソウルの北西40キロ、京畿道坡州(パジュ)市にオープンした巨大英語村をルポしている。東京ドーム6個分の英語村には、役所や劇場、銀行などを模した建物47棟が並び、路面電車も走る。地域振興のために建設されたパジュ英語村だが、外国人講師の人件費も含め、運営費が年間150億ウォン(当時の為替レートで180億円)もかかる懸念も指摘されていた。

韓国・坡州市にオープンした英語村で、英語圏出身の講師から料理を学ぶ中学生たち=2006年4月、神谷毅撮影

赤字を出し、税金による穴埋めが批判された坡州市の巨大英語村は、今は、科学、アート、職業教育などが加えられた多目的教育機関に衣替えされている。韓国メディアによれば、各地の英語村の経営が厳しいのは、乱立したことのほか、オンライン教育におされたということもあるようだ。

日本でも英語村ブーム

一方、日本では、英語村がブームになってきている。ソウルのスユキャンプを運営するYBMは、2014年に日本子会社を設立し、翌年、大阪府吹田市に「OSAKA ENGLISH VILLAGE(大阪英語村)」を開設した。

自治体が設けたり、運営に関与する英語村も増えている。大阪府の寝屋川市は2014年に市の施設で英語村を開設。群馬県前橋市は、廃校になった小学校を民間に貸して、2016年に英語村をオープンさせた。
東京都も、今月、民間企業と連携する形で「TOKYO GLOBAL GATEWAY」を江東区にオープンさせたばかりである。

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飛行機の機内やレストラン、ホテルなど、さまざまなシチュエーションの中で、英語を実際に使ってみて学ぶという点は、ソウルの英語村と共通する。

TOKYO GLOBAL GATEWAYの様子。雰囲気はホテルのロビーそのもの=編集部撮影

担当の東京都教育庁の瀧沢佳宏国際教育推進担当課長は、韓国のパジュ、スユなどの英語村や国内の施設を視察してきた。その上で東京英語村の特徴は、「英語教育の有識者と連携したり、オーストラリアの州から派遣された教員が授業を行ったりするなど、ソフトの充実を図っていることだ」と言う。都内の小中高校生など、年間20万人の受け入れが可能で、都外からも料金は高くなるが受け入れる。実際の運営は、学研ホールディングスなどで構成される民間の事業体が行う。東京都は施設の賃料や改修経費の一部を負担するといった支援は行うが、事業が赤字になった場合の穴埋めは行わない。

自治体がどう関与すべきか、経営をどう安定させるかという点については、いろいろ今後も試行錯誤はあるだろう。

だが、実際に遭遇するようなシチュエーションの中で、英語を実際に話してみるのは、良い体験になると思う。

GLOBE+の連載で松井博さんが、「日本の英語教育の根本的な誤りは、『使うことを想定していない』ことにある」というコラムを書いていることとも通じるが、使いもしない表現を文法的な訓練の中で学習していくよりも、実際に使ってみる、そしてコミュニケーションできる喜びを子供のうちから感じることが大切だと思うからである。

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もちろん短時間それをやったからといって、英語の能力が急上昇するわけではない。ただ、英語を学ぶのなら、細かい文法的なルールや語彙の暗記がつまらない→学習意欲が萎える、という負の循環ではなく、ブロークンでも話してみる→学習意欲が湧いたり、街中にめっきり増えた外国人の観光客などにも話しかけてコミュニケーションを楽しむ、といったポジティブな循環になるほうがいい。日本各地にできつつある「英語村」体験が、学習上の好循環のきっかけになればよいのではないかと思う。

後編は9月23日(日)に公開します。韓国で英語教育のカリキュラム作りに関わった人や元教育相らに、いまの教育の課題がどこにあり、どう変えるべきと考えているのかを聞きました。