By Cynthia Kim
[ソウル 1日 ロイター] - ユーチューバーになるため、韓国サムスン電子<005930.ks>の研究者という安定した職を2015年に辞職したYoon Chang-hyunさんは、両親に精神科に行けと言われた。
世界最大のスマートフォン・メモリチップメーカーであるサムスンは、新入社員の平均年収の3倍である年収6500万ウォン(約640万円)と医療給付など最高レベルの手当を提供しており、多くの大卒者にとって羨望(せんぼう)の的となっている。
だが当時32歳だったYoonさんは、度重なる夜勤に燃え尽き、会社に幻滅していた。昇進のチャンスも減って、不動産価格の高騰により持ち家にも手が届かなくなっていた。Yoonさんは全てをなげうち、インターネットコンテンツ・プロバイダーとして、先が見えないキャリアを歩むことにした。
失業率が上昇し、いまも多くの人が一族経営の強大な「チェボル(財閥)」への入社を目指す一方で、韓国では安定したホワイトカラーの職を手放すミレニアル世代が増えている。Yoonさんもその1人だ。
一部の若者は、都市部を離れて農業や海外でブルーカラーの仕事を選び、高給なオフィスワークで家族を養い、マンションを購入するという従来の社会的成功には興味がない。
「正気かとたくさんの人に聞かれた」とYoonさん。「でも戻ったら、また辞めるだろう。上司たちは幸せそうに見えなかった。働きすぎで、孤独だった」
Yoonさんは、夢の仕事を追い求める内容のユーチューブチャンネルを開設し、今は貯金で生計を立てている。
サムスン電子はコメントの求めに応じなかった。
サムスンや現代などの財閥は、韓国が朝鮮戦争(1950─53年)の焼け跡からアジア4位の経済大国へと1世代もたたないうちに劇的に躍進する原動力となった。給料が良く、安定した仕事は、多くのベビーブーマー世代が中流階級となる道を開いた。
だが経済成長が鈍化し、コスト削減競争が賃金の重石となる中、トップの大学を卒業してチェボルに就職したミレニアル世代の若者ですら、社会の期待に応えようという意識は薄くなっていると話す。
似たような問題は世界中の若い労働者の間で見られる。しかし、厳しい階層的な企業文化と、均質的なスキルを持つ大卒者の供給過剰により、韓国での問題は一段と深刻になっていると、政府系シンクタンクの韓国職業能力開発院で労働市場を調査するBan Ga-woon氏は指摘する。
経済協力開発機構(OECD)の2012年調査によると、加盟国の中で韓国人の在職期間は最も短く、わずか6.6年。一方、加盟国平均は9.4年、隣国日本の場合は11.5年だった。
また、仕事に満足していると答えた韓国人は55%で、OECD加盟国中で最も低かったことも同調査で明らかとなった。
今年1月、韓国の主なソーシャルメディア・サイトでは、「仕事を辞めること」が新年の誓いトップ10に入った。
上司に言うな
中には、会社を辞める方法を学ぶためだけの目的で学校に戻る労働者もいる。
韓国の首都ソウル南部には、教室が3つの小さな「仕事を辞めるための学校」がある。2016年の開校以降、受講者は7000人を超えると、創設者のJang Su-han氏(34)はロイターに語った。
Jang氏自身も、学校を始めるため2015年にサムスンを辞めた。現在は、ユーチューバーになる方法やアイデンティティークライシスを管理する方法、次善の策を引き出す方法を教えるクラスを含む約50のコースを提供している。
「上司には言うな。同僚にばったり出会っても何も言わず、卒業するまで感づかれるな」という学校の規則が入り口に掲げられている。
「アイデンティティー関連のクラスの需要が大きい。われわれの多くはティーンエージャーのころ、塾通いに忙しすぎて何がしたいのか真剣に考えてこなかったためだ」とJang氏は言う。
韓国は2009年以降最悪となる雇用の落ち込みから抜け出せず、若者の失業率は記録的高水準に近づいており、一流財閥での仕事に対する需要は確かに今なお高い。
求人サイト「サラミン」が2月発表した1040人を対象にした調査によると、2019年時点でサムスンは大卒者にとって最も望ましい職場であり続けている。
その一方で、多くの就労者は、韓国の階層的で過酷な会社生活の代名詞と言える長時間労働や強制的な飲み会をますます受け入れなくなっていると、英人材紹介大手ロバート・ウォルターズの現地法人トップのダンカン・ハリソン氏は指摘する。
「これから就労する人の考え方は、過去数世代のそれとは非常に異なる」と同氏は語った。
ユーチューバー
韓国政府が小学生を対象に実施した2018年調査では、将来なりたい職業の中に、スポーツ界のスター選手や学校の先生、医者やシェフに次いでユーチューバーが5位に入った。
韓国ではまた、よりシンプルな生活を選ぶ人たちもいる。
都市での生活を捨て、農業に従事するようになった世帯数は2013─17年で24%増加し、計1万2000世帯以上に上る。
また、政府データによると、国内で雇用機会が減少する中、昨年は5800人近くが政府の助成プログラムを使って海外で就職。その数は2013年から3倍超になっている。
支援や新たな仕事が約束されないまま韓国を去る人もいる。
プラントエンジニアのCho Seung-dukさん(37)は昨年12月、妻と2人の子どもと一緒にオーストラリアに向かうため、片道切符を買った。
「韓国で私が得たような仕事に、将来息子たちが就けるとは思わない」とChoさんは言う。移住を決断する前、Choさんは現代建設で働いた後、別の一流建設会社に転職した経歴を持つ。
「ブリスベンでは恐らくオフィスを清掃する仕事に就くことになるだろうが、それでも構わない」とChoさんは語った。
(翻訳:伊藤典子 編集:山口香子)