「雑魚寝はハラスメント」長引く避難所生活で尊厳を保つには?キーワードは「TKB48」

2024年元日に最大震度7の能登半島地震に見舞われ、さらに同年9月の豪雨災害で住民の避難所生活が長期化した石川県珠洲市。能登半島の先端にある同市を昨年12月25日に訪れると、山の斜面が崩れて山肌があらわになったままで、瓦屋根にブルーシートがかかった家が目立った。豪雨で市の中心部を流れる若山川が氾濫し、流されて傾いたままの家屋も残っていた。
地震後の昨年1月2日時点で5000人を超える人が避難所に入った。当初は体育館のようなところで「雑魚寝」をせざるをえない人も多かった。避難者は9月21日の豪雨直前には約80人にまで減っていたが、豪雨災害後には300人を超えるまで増えた。豪雨災害の影響もあって仮設住宅の整備が遅れ、地震発生から1年近くたっても、最後に残った避難所「生涯学習センター」では10人ほどが暮らしていた。
同センターには、幅・奥行き・高さが約2メートルのテントが並び、その中には段ボールベッドが1台ずつあった。間仕切りで仕切られた共有スペースでは、避難している人たちが一緒にテレビドラマを見たり、食事をしたりしていた。
この避難所に昨年11月に入った仮寛佳(かり・ひろよし)さん(64)は「テントがあると、人目を気にせず着替えもできるし、プライバシーがあっていいよね。床の上の布団で寝るよりベッドのほうがよく眠れる」と話す。
自宅は、昨年1月の地震で大規模半壊した。前月に飼い始めたばかりのポメラニアンと一緒に過ごすため、20日ほど車中泊をした。愛犬を知人に預け、最初の避難所に入ったのは昨年1月下旬。間仕切りは布1枚で、人の話し声が気になったため、当時は無事だった自宅の車庫で一時寝泊まりしていた。自宅の修繕費用の見積もりは約4000万円という。長引く避難所暮らしに疲れ、「自宅を直そうという気持ちも薄れた」とため息をついた。
被災地支援の柱は「TKB48」だ。2004年の新潟県中越地震以降、被災者のエコノミークラス症候群予防検診を続ける新潟大特任教授の榛沢(はんざわ)和彦(62)さんは、48時間以内にトイレ(T)、キッチン(K)、ベッド(B)を提供する重要性を訴えてきた。
避難所での雑魚寝は、1923年の関東大震災から変わらない光景だといい、「100年変わっていないのは先進国として恥ずかしい。こうした環境が整備されていない避難所生活はハラスメントです」と榛沢さんは憤る。
衛生的なトイレで排泄(はいせつ)し、床から離れた高さのあるベッドで寝ることで災害関連死を減らし、温かい食事を取ることで、避難所でも尊厳のある生活を送れる。実際、ベッドで寝た場合、被災者の血圧が下がったり、血栓ができにくくなったりするという。また、床から30センチ離れると、感染症リスクは半減するといい、段ボールベッドの使用を推奨している。
「避難所・避難生活学会」の常任理事でもある榛沢さんは仕組みの重要性を説く。災害時に連絡をすれば段ボールベッドを提供してもらえる協定を業界団体と結んでいても、自治体職員の定期的な人事異動でうまく引き継がれず、提供が遅くなるケースもある。そうしたことを防ぐために災害専門職員を自治体に配置し、迅速な支援のために全国に物資を分散備蓄したり、避難所運営を全国で標準化したりすることが必要だという。
榛沢さんは「被災者には尊厳のある生活を送る権利や人道援助を受ける権利、保護と安全を享受する権利があるが、日本では浸透していない」と指摘する。
政府は2026年度中の防災庁設置を目指す。内閣府は昨年12月、災害時にも人道的に過ごすための国際的基準「スフィア基準」をもとに、自治体向けの避難所運営ガイドラインを改定した。「20人に1基のトイレ」などの数値基準も追加された。
伊勢湾台風(1959年)の2年後に制定された災害対策基本法では、被災者を支援するのは基礎自治体(市町村と特別区)と定められている。しかし、災害時には基礎自治体の職員も被災者となり、対応に限界がある。「国民の命を守る責任がある国が主体となるべきです」と榛沢さんは訴える。
行政の手が回らないところをカバーしているのがNPOだ。
珠洲市で避難所運営のサポートをしているNPO「ピースウィンズ・ジャパン」。現地事務所の橋本笙子(しょうこ、59)さんらが、避難所の設営、物資調達・搬入にあたった。プライバシーは必要だが、死角はつくらず、通路を確保するなど工夫を重ねた。
断水でトイレが使えなくなったため、凝固剤を入れた黒いポリ袋を段ボール箱にかぶせた簡易トイレを用意した。使いづらい和式トイレに便座をかぶせて洋式トイレにするといった工夫も重ねた。災害時のトイレの話はタブー視されてきたと橋本さんは感じている。「食事は多少我慢できても、排泄は我慢できません。トイレが不潔だと、トイレに行く回数を減らそうと水分摂取を控えるようになり、健康上もよくない。感染症対策以前の問題です」
温かい食事がとれるようにと避難所に電子レンジやポットを置いた。段ボールベッドも用意した。ベッドから落ちる人がいたり、湿気でかびたりすることもあり、段ボールベッドは万能ではない。ただ、床に近い場所で寝ると、ほこりを吸い込んで呼吸器疾患が増える傾向にあったという。
長引く避難所生活で、橋本さんは人間の尊厳が問われたと感じている。「『我慢するのが当たり前』と、被災者にも我慢を強いる文化が日本にはあるのではないでしょうか。避難所も生活の場です。我慢するのが当然とは思いません」