1. HOME
  2. World Now
  3. ミュンヘン安保会議で顕在化した米欧の溝 トランプ政権高官の欧州批判に広がる落胆

ミュンヘン安保会議で顕在化した米欧の溝 トランプ政権高官の欧州批判に広がる落胆

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
ミュンヘン安全保障会議で演説するバンス米副大統領=2025年2月14日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター
ミュンヘン安全保障会議で演説するバンス米副大統領=2025年2月14日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター

2月14日から16日までドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議は、トランプ米政権と欧州諸国との分断を浮き彫りにしました。ウクライナや欧州の頭越しに始まった米国とロシアによる停戦協議も、大きな反発を呼んでいます。昨年に続いて、今年の会議にも出席した日本国際問題研究所の吉田朋之所長は会場に落胆と失望の雰囲気が広がった年、「日本も同盟関係を当然視してはならない」と語ります。(牧野愛博)

――昨年と今年を比較して、会議の雰囲気はどのように変わったのでしょうか。

昨年は、ウクライナ侵攻を継続するロシアに対する警戒、ウクライナ支援予算をブロックする米国議会への懸念、欧州独自の防衛力強化についての議論が主な内容でした。今年は主催者から「多極化」と題する報告書が公表され、これからの国際秩序のあり方を問うというのが当初のもくろみだったと考えます。しかし、会議直前から相次いだトランプ政権高官の欧州批判、特にバンス副大統領の演説に欧州諸国が猛反発し、米欧関係が動揺する姿が広く印象づけられる会議となりました。

ミュンヘン安全保障会議で演説するバンス米副大統領=2025年2月14日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター
ミュンヘン安全保障会議で演説するバンス米副大統領=2025年2月14日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター

――米国のバンス副大統領は「欧州の脅威は中ロなどの外部勢力ではない。米国と共有する基本的な価値観から離れていく内部(の問題)だ」と語りました。発言の背景と会場の反応について教えてください。

参加者は、(演説の内容は)ウクライナ戦争終結に対するトランプ政権の考えや欧州の更なる防衛負担要求といった内容を想定していました。しかし、ご指摘のような表現で、そのほとんどを欧州の移民政策や(ヘイトスピーチや偽情報を取り締まる)SNS規制が民主主義の価値観に反すると攻撃するものでした。翌週に総選挙の迫ったドイツに対しては、極右のAfD(ドイツのための選択肢)を排除している、と内政干渉まがいの発言もありました。

拍手はまばらで会場はざわつきました。国際秩序のあり方や民主主義などの価値観において、トランプ政権は欧州とは異なるとの落胆が広がったと感じます。

ミュンヘン安全保障会議の参加者=2025年2月14日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター
ミュンヘン安全保障会議の参加者=2025年2月14日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター

――米国のケロッグ特使は欧州諸国のウクライナ支援を批判しました。発言の背景と会場の反応について教えてください。

ケロッグ特使は、ロシアとの協議の場に欧州の席はない、と発言したと伝えられています。当然、ウクライナや欧州の安全保障を当事者抜きで進めることに大きな反発が出ています。他方、ケロッグ氏の発言の真意がどこにあるのかは予断できません。当事者の受け入れない和平提案がうまくいくとは米国も考えていないと思います。

ミュンヘン安全保障会議に出席したトランプ米政権のウクライナ・ロシア担当ケロッグ特使=2025年2月15日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター
ミュンヘン安全保障会議に出席したトランプ米政権のウクライナ・ロシア担当ケロッグ特使=2025年2月15日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター

――バンス氏やケロッグ氏、ヘグセス米国防長官らの発言は、停戦協議への欧州の参加やロシアに対する武力行使の有無などを巡って揺れています。どうして発言が一貫しないのでしょうか。

内部事情はよくわかりませんが、トランプ政権は大統領がすべての最終決断を行い、政府高官はその意向をおもんぱかりながら行動していると見られています。官僚機構も従来のような意思決定への関与が制限され、高官の間での意見調整もされていないかもしれません。

――今回の会議は、防衛費の負担増も含め、欧州諸国の対応にどのような「化学変化」をもたらすでしょうか。

トランプ氏は、かねてよりウクライナの戦争は欧州の問題であり、欧州が主体的に取り組むべきだと主張してきました。今回の一連の動きにより、欧州の安全は欧州自らで守らなければならないとの意識が急速に増大したのではないかと考えます。現に、複数の首脳や閣僚から具体的数字を交えて防衛費増強にコミットする発言も相次ぎました。このことを「wake-up call(警鐘)」だとする論評も聞かれます。中には、米国はこれまで防衛負担増を一貫して欧州に求めてきた、なのに幾度もその警鐘を見逃してきたと自戒する向きもありました。トランプ氏の言う通りになったとも言えます。

――中国の王毅外相も会議に参加しました。中国は会議でどのように対応していたのでしょうか。

王毅外相はバンス副大統領のすぐ後に登壇しました。昨年同様、中国の外交方針を展開するもので目新しい内容ではありません。しかし、米欧間の分裂をつくように、国際秩序や多国間主義の守護者として振る舞おうとする意図が感じられました。

相変わらずフロア(参加者)との質疑はありませんでしたが、モデレーターから、「ウクライナの和平にも貢献するというが、中国はロシアの『ガソリンスタンド』として戦争継続を支援している」と指摘されました。王毅外相は西側の輸出規制を批判し、(中国はロシアと)やむなく必要な取引を行う権利があると反論し、質問には直接答えませんでした。

ミュンヘン安全保障会議で演説する中国の王毅外相
ミュンヘン安全保障会議で演説する中国の王毅外相=2025年2月18日、ドイツ・ミュンヘン、ロイター

――欧州と中国の関係は今後、どうなっていくでしょうか。

西側の結束が乱れることが露呈すると、国際秩序の改変を急ぐロシアや中国に「塩を送る」ことになります。一方、ロシアの戦争継続を支援し、ルールに基づく国際秩序とは異なる世界を模索する中国に欧州が接近するとも考えられません。

近年、中ロ連携への懸念が現実的となり、欧州・環大西洋とインド太平洋の安全保障は密接不可分という認識が深まっています。欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)と日韓豪NZのインド太平洋4カ国(IP4)の連携を一層深めていかなければなりません。

――日本はどのように対応していくべきでしょうか。

今回の会議を見て、いくつかの教訓があると思います。一つは、同盟関係を当然視してはならないということ。地政学的環境や二国間関係は異なりますが、日米同盟の管理には日本の一層の自主的努力必要になります。もう一つは、放っておくと、ルールや価値より実利や力が優先される国際社会へと漂流しかねない分水嶺にいるということです。

日本や欧州、さらには考えを共有するグローバル・サウスの国との連携が不可欠です。秩序や価値をないがしろにする流れに目をつぶるのか、その維持強化へのクリティカルマス(分岐点)形成に旗を振るのか、日本は重要な岐路にあると考えます。