1. HOME
  2. World Now
  3. ウクライナ侵攻、ロシアに対し国際法は「現時点で無力」それでも専門家が考える意義

ウクライナ侵攻、ロシアに対し国際法は「現時点で無力」それでも専門家が考える意義

World Now 更新日: 公開日:
ロシアのドローン攻撃で亡くなった人たちの葬儀で涙を流す女性ら
ロシアのドローン攻撃で亡くなった人たちの葬儀で涙を流す女性ら=2024年2月12日、ウクライナ東部ハルキウ、Vyacheslav Madiyevskyy/Ukrinform/Sipa USA via Reuters Connect

インタビューに応じる村瀬信也氏
インタビューに応じる村瀬信也氏=2024年1月、東京・築地、関根和弘撮影

――2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった当初、国連でロシア指導層の刑事責任を追及したそうですね。

私は当時、国連の国際法委員会(34人)の委員でした。この委員会は国際法の原案となるものを作成、明文化する専門家からなる国連総会の付属機関です。

4月にスイス・ジュネーブであった委員会の席で、「プーチン大統領とその部下たちは裁判にかけられ、刑事責任を問われるべきだ。しかるべき国際法廷で、国際法の規範がきちんと考慮されると信じる」と発言しました。

――ロシアによる侵攻は具体的にどの法律に違反するのでしょうか。

国際法の柱は国連憲章です。その大原則として、武力の行使と威嚇を禁止しています(第2条4項)。ただ、その例外として、自衛権が認められています(51条)。しかし、武力攻撃に対する反撃だけがゆるされている。でも、ロシアに対するウクライナの武力攻撃はなかった。それなのに「自衛権」というのは成り立たない論理で、「侵略以外の何ものでもない」のです。

――「裁判にかけられるべき」と村瀬さんが考える、「大統領の部下」は誰のことですか。

プーチン大統領の下にいるショイグ国防相とラブロフ外相です。少なくとも、この2人には刑事責任がある。実際に侵攻したのはロシア軍なので、国防相以外に、軍参謀総長も含めた幹部たちの「指導者責任」が問われます。

日本の戦後の極東国際軍事法廷(1946~1948年)の場合も、被告の28人には軍事、外交を指導した幹部が含まれていました。それと同様のことだと思います。

エジプトの指導者らと会談するロシアのショイグ国防相(左)とラブロフ外相
エジプトの指導者らと会談するロシアのショイグ国防相(左)とラブロフ外相=2013年11月、カイロ、ロイター

――ロシアの本格侵攻が始まった日、女性のロシア外務省報道官がメディアに緊急出演し、「『特別軍事作戦』です」と発表しましたが、自宅らしき場所からスマホなどで中継し、化粧もほぼしていなかった。外務省は侵攻を事前に知らされていなかったのかもしれません。

戦争の開始は常に、非常に少数の人間しか知らない形でやるので、ラブロフ外相が知らなかった可能性はあるでしょう。しかし、外相は、ウクライナ侵攻後に、その正当化のため国内外で活動している。その点で明確に責任があります。

――戦争における「刑事責任」とは何ですか。

戦争犯罪などを処罰する国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)が裁く刑事責任です。同裁判所は1998年にできました。第2次大戦中のドイツのユダヤ人虐殺などを裁いたニュルンベルク裁判などを先例として作られた裁判所です。その設立の根拠は、同年に結ばれた、多国間条約(ローマ規程)で、集団殺害(ジェノサイド)など裁くべき戦争犯罪を詳細に定めています。

国家ではなく、戦争犯罪を起こした個人が裁く仕組みができました。

「国家責任」とは、ロシアの国としての責任。賠償責任や、戦争被害などの原状回復です。「刑事責任」は、個人が問われる責任です。それは、ジェノサイド、戦争犯罪のほか、侵略犯罪、人道に対する罪の4類型です。いずれも、ロシア指導層が問われる罪状です。

ラブロフ外相については、規程で「犯罪の実行のほう助をした者も裁かれる」(25条)とされています。仮に、彼が直接、侵攻決定に加わっていなかったとしても、この条項が適用されえます。

国際刑事裁判所(ICC)の建物
国際刑事裁判所(ICC)の建物=2023年8月、オランダ・ハーグ

――この2年間、ウクライナが奪還した土地で人権侵害の例が報告されています。ブチャでは拷問の後に殺された人が多数見つかり、ウクライナ南部をめぐっても、国連人権調査委員会が「死に至る拷問」「強姦」があったとする報告書を出しています(2023年9月)。

「集団殺害犯罪」「人道に対する罪」などに該当します。国際刑事裁判所が逮捕状を出すとすれば、それら多くの罪が複合的にとわれるでしょう。

ロシア軍による住民らへの虐殺が起きたとウクライナが主張するキーウ近郊のブチャ。両軍が激しく戦った通りには、黒ずんだ焼け跡が残っていた
ロシア軍による住民らへの虐殺が起きたとウクライナが主張するキーウ近郊のブチャ。両軍が激しく戦った通りには、黒ずんだ焼け跡が残っていた=4月8日、竹花徹朗撮影

――なぜ、国連の国際法委員会という場で批判をなさったのですか。

この委員会では、条約の草案などを専門家が議論し、文書化します。そこへ、ふだんは欠席の多いロシアの委員、ザガイノフ氏が出席してきました。

委員会は、世界にインターネットを通じて生配信もされ、日本の国際法関係者からは「ロシア出身の委員がいますね」と批判の声もありました。若い時から国連の法制定に携わってきた私としては黙っておれず、「ウクライナのことを見て見ぬふりをするのは偽善的だ」と主張しました。

――ロシアの委員は何を言いましたか。

特に何も。彼が学者出身の委員ならまだしも、ロシア外務省の国際法局長なのです。政府の「法律顧問」であり、しかも、会議が休憩に入るたび、室外のロビーの隅へ行き、携帯で電話するので、「ラブロフ外相に報告し、助言を送っている」と我々は見ていました。国連の委員会は、各国の出身委員の情報収集の場であるのも確かなのですが、露骨な感じがしました。

――ロシア批判に他国出身の委員から賛成する声は出ましたか。

いいえ。大国であるロシアと問題を起こしたくないということもあったのでしょう。ただ、もちろん私への反論はなく、分かっている人は分かってくれている、という雰囲気でした。

――国際刑事裁判所が昨年3月、プーチン大統領と、その補佐官であるマリア・リボワベロワ氏に逮捕状を出したことはどう評価しますか。

画期的です。占領地からの住民の追放・移送は「戦争犯罪」です。

一方、これは子供のロシアへの強制移送に限られます。私は、ロシアの国防相や外相、他の幹部も含めた指導層に逮捕状を出さなければ、戦争責任を問ううえでは、意味が薄いだろうと思います。

国際刑事裁判所から逮捕状が出されているロシアのプーチン大統領とマリア・リボワベロワ氏
国際刑事裁判所から逮捕状が出されているロシアのプーチン大統領(左)とマリア・リボワベロワ氏=いずれもロイター

――2024年に入っても、ウクライナの民家などへのミサイル攻撃が続きます。多くの民間人が死傷しました。

学校、教会や博物館などの文化財の破壊も国際人道法に違反しています。

――さきほど、日本の戦争犯罪人が裁かれた極東国際軍事裁判を引き合いに出していましたが、日本とドイツが裁かれた例が、ロシアにも当てはまるということでしょうか。

私は国連の国際法委員会で「ロシアのウクライナ侵略と日本による満州事変(1931年)は類似点がある」と述べました。私は、弁論の仕方として「自分の国がこういうこと(侵略戦争)をしたけれども、戦後、徹底的に反省して、その上で、今こういう批判をしているのだ」というほうが、説得力が増すと考えています。

また、国際刑事裁判所の規程をつくるにあたり、日本は法律家・外交官のグループを送り込むなど、積極的な役割を果たしました。それは、国の指導者の戦争犯罪が裁かれた極東国際軍事法廷を日本が受け入れた経緯もあったからです。

プーチン大統領は侵攻後、数日のうちに、自らの力でウクライナに親ロシアの「政治家」を政権にすえ、片が付くと考えたのではないかと言われています。

一方、満州事変は、南満州鉄道の線路の一部が爆破され、関東軍がそれを「中国兵がやったに相違ない」として侵攻を始め、翌年、満州国を作り上げた。自作自演を狙ったという意味でウクライナ侵攻とよく似ているのです。

――一方で、日本には侵略戦争に反対した人もいました。

今のロシアと違うと思う例は、国際法学者の横田喜三郎・東大教授です。彼は満州事変後、新聞に「軍部は自衛の行為と主張するが、自衛権で正当化できないのではないか」と主張する論文を書きました。当時、彼は「国を裏切った」と批判を受け、命の危険にもさらされ、冷遇されたが、節を曲げなかった。戦後、日本の国連加盟と同時に国際法委員会の委員になり、最高裁長官も務めました。

最後の裁判長をつとめる横田喜三郎最高裁長官(当時)
最後の裁判長をつとめる横田喜三郎最高裁長官(当時)=1966年7月、東京都千代田区隼町の最高裁

――今のロシアにそういう人はいますか。

反体制派はいますが、ほとんどが監獄の中か、海外に亡命している。まあ、戦中の日本も似た状況でしたけれども。

国際法委員会の開催地のジュネーブで2022年5月、国連ロシア政府代表部の参事官がウクライナ本格侵攻に反対して辞任し、話題になりました。ロシアの国際法関係者で抗議したのは彼だけです。

彼はその時、「自国をこれほど恥と思ったことはない」と声明を出しましたが、ロシアにいた家族をジュネーブに呼び寄せるまで、その参事官は沈黙していた。ロシアでは反体制派が毒をもられたりしますので、我々の想像を超える厳しい状況下で、亡命の決断を迫られたのでしょう。

そうした亡命の状況について、ロシア在住の知り合いの若い国際法研究者にメールで尋ねたことがあります。外交問題についての話題だといつも返事をくれるのですが、それにはリプライがない。沈黙せざるをえないロシア人の苦悩を感じました。

――ロシアは国際刑事裁判所(ICC)の加盟国ではなく、逮捕状を無視しています。プーチン大統領らが逮捕される可能性はありますか。

国際刑事裁判所も、ロシアのような、規程を締約していない国では、刑事責任追及の権利を行使できません。そこには限界があります。逮捕は実際には簡単ではない。

――国際法が禁止しているはずの民間人への攻撃や侵略行為を、ロシアはやめる気配がありません。それどころか、2024年になってからウクライナ東部で攻勢を強め、支配地域を広げようとしています。国際法の存在意義が問われているのではありませんか。

国際刑事裁判所(ICC)の規程は124カ国が締約しており、プーチン大統領は旧ソ連構成国以外での外遊はほとんどしていません。プーチン大統領が締約国に入国したら、その政府が逮捕する義務があるからです。ICCの逮捕状には、それなりの効果はある。

国連憲章違反に対応する機関は安保理ですが、常任理事国の拒否権の行使で何もできないのは確かです。常任理事国の五大国の権限を制限するルールも提言されているが、見通しは立たない。国連総会に場を移して国際世論に訴えるという、拘束力のない二次的な方法しか、できていない。国際社会はまだそういう段階までしか発展していない証左といえるとは思います。

国際法は現時点では無力と言えますが、しかし、長期的に見れば、ロシアも戦後のドイツ、日本と同じように国際法で裁かれるはずです。

国際法は今現在の世界を変えることはできません。しかし、国際法に照らして、何が正しく、何が間違っているかを世界の人々に伝えることはできます。