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「パンダ大使」を政治利用する中国 戦狼外交と秘密主義の間で 向き合い方は各国次第

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上野動物園に出発する前のリーリー。当時の中国名「ビーリー(比力)!」と呼びかけると、「ぶひいいいん」と答えた=2011年2月19日、中国四川省・中国ジャイアントパンダ保護研究センター雅安碧峰峡基地、吉岡桂子撮影
上野動物園に出発する前のリーリー。当時の中国名「ビーリー(比力)!」と呼びかけると、「ぶひいいいん」と答えた=2011年2月19日、中国四川省・中国ジャイアントパンダ保護研究センター雅安碧峰峡基地、吉岡桂子撮影

パンダを訪ねて計21の国と地域を歩いた吉岡桂子記者。取材を終えて、胸に去来するものは?

長蛇の列なく対面し、感じたこと

パンダを訪ねて21カ国・地域を歩いた。現在いる所で言えば、残すはマカオの4頭だけだ。日中国交正常化の記念に中国から初代ペアが上野動物園にやって来た時は小学生。大きな興味はわかなかった。ふるさと岡山の農村から東京は遠い。愛猫、愛犬、卵を産んでくれるニワトリの方が身近な友だちだった。

転機は、2011年2月。北京特派員のときだ。シャンシャンの両親であるリーリーとシンシンが上野へ旅立つ前、四川省雅安のパンダ基地を取材した。当時、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件から半年ほど。関係は良いとは言えなかった。隣国どうし山あり谷あり。日中間は常に問題を抱えている。

単なる動物なのに、客寄せばかりか外交までを背負わされて日本に行くのは幸せなのか。「大変だな、ビーリー(リーリーの中国名)」。声をかけたら、「ぶひいいいん」と返ってきた。いや、返事に聞こえた。パンダの鳴き声を聞いたのは初めて。こっちを見ている。その瞬間、こんもりとした森にすむ彼の前には私しかいない。長い行列に並ぶ日本の動物園では味わえない空間だ。

かわいい。急に身近な存在になった。「大丈夫だよ、日本人はパンダは好きだから」。日本や韓国、中国で会ったパンダ「推し」の人たちも、パンダに励まされたり、一緒に泣いたり。きっと自分の心の声と対話しているのだと思う。遠くにいる珍しい動物だったパンダを、ネット動画が急速に身近な存在に変えている。

強まる国家管理と秘密主義

正直言って、取材しづらい相手だ。世界中で3000頭もいない。身近に接した人は限られる。野生を見た人は、もっと少ない。しかも中国共産党による事実上の独裁政権が、所有権を「独占」している。その中国が「国宝」と位置づけ、自らのイメージ作りに動員する。大人気のグローバルアイドルをどう見せるかは、中国の意向が大きい。

借り受けている世界の動物園側は、中国にとても気遣いながら発言する。最近は貸与条件の公表範囲も大幅に縮小している。上野動物園も2020年末に結んだ協定から「守秘義務」(東京都動物園計画担当課)を理由に、レンタル料も生まれた子の返還年月のめども明らかにしなくなった。パンダ好きは丸い背中の向こうに中国を見ず、パンダ嫌いは丸い顔に中国を見る傾向にある。中国当局の秘密主義が過ぎると、中国嫌いを増やすだけだ。

上野動物園へ発つ前のジャイアントパンダのメス「シンシン」(中国名シィエンニュ)、当時5歳。上野で約13年間暮らした=2011年2月19日、四川省・中国ジャイアントパンダ保護研究センター雅安碧峰峡基地、吉岡桂子撮影
上野動物園へ発つ前のジャイアントパンダのメス「シンシン」(中国名シィエンニュ)、当時5歳。上野で約13年間暮らした=2011年2月19日、四川省・中国ジャイアントパンダ保護研究センター雅安碧峰峡基地、吉岡桂子撮影

大国化した中国は、世界中に影響を及ぼす力を持つ。習近平政権は北極圏から中東の国まで「パンダ大使」を送り込んだ。愛くるしいパンダにソフトなイメージ作りを託し、中国ファンを増やしたいのだろう。ただ、中国は国内では経済問題すら言論統制を強め、対外的には「戦狼」と呼ばれる強気の外交を繰り広げた。習氏の言うように、「立ち上がり、豊かになり、強くなった」結果、欧米にも「教師面するな」などと強い言葉を投げつける。パンダの笑顔をオオカミの雄たけびで打ち消すかのように。

パンダを期限前に返したフィンランドのアフタリ市長が話していたことを思い出す。ウクライナから人口の1%を超える70人余りの避難民を受け入れている、と。もちろん、比べられる問題ではない。ただ、大切な問いがある。限られた予算で何を優先するか。答えを出すのは、そこに住む人々だ。

中国には中国の戦略があるが、パンダを自らの社会でどう育てるかは、受け入れた側しだい。動物とのつきあい方や彼らを育む自然、そして隣国中国との関係のあり方を考えるきっかけにしたい。