台湾のパンダはパートナー不在、背景に中国と台湾の微妙な関係 2人の専門家が解説

──11歳のユワンツァイが単身で台北市立動物園にいる背景は何でしょうか? パートナー探しの順番待ちだけとも思えません。
パンダを動かすとなると、中国と台湾の間の亀裂が顕在化する可能性がある。ユワンツァイがパートナーを探して台湾から中国へ渡るにせよ、動物園が言うようにパートナーを中国から連れてくるにせよ、あるいは新たなペアと入れ替えるにせよ、中台とも台湾の位置付けについて向き合わざるを得なくなるからです。
──パンダが2008年に台湾に初めて来たときは、中国に融和的だった国民党政権でした。2016年以降は中国と距離を置く民進党が政権を握っています。中国も台湾に対してかつてより強硬になっています。政治環境の変化が影響していますか。
現在の台湾が国内扱いでパンダを受け取ることはあり得ないですが、中国も譲歩できない。そのままにしているのは、トラブルを避けるためでもあるのではないでしょうか。
米国との関係も影響しているかもしれません。
──と言うと?
台湾がパンダを受け入れた2008年当時、米国には民進党の陳水扁・前政権が中国に強硬すぎて東アジアの秩序を混乱させているとの不満がありました。新たに政権に就いた国民党の馬英九総統が、パンダの受け入れに代表されるように対中融和姿勢をみせることを必ずしも嫌がっていませんでした。現在は違います。
仮に中国がユワンツァイのパートナーを送ると提案し、台湾の頼清徳・現政権が受け取りたくないと拒絶しても、米国のトランプ政権は気にもとめないかもしれません。頼氏の統一戦線工作拒絶のパフォーマンスに得点を与えてしまう。中国にとって、パンダはこのまま台湾でかわいがられている方が良いわけで、ユワンツァイの問題は積極的に取り上げたくないはずです。
──台湾ではパンダが来て以降、地元の希少動物クロクマに関心が強まりました。クロクマを保護する運動が広がり、観光キャラクターにもなっています。台北市立動物園のパンダ舎の前には、パンダがクロクマに向かっておじぎをしているようにみえる像があります。
舶来の動物としてのパンダ。家族の仲間としてのクロクマ。台湾の中でパンダを好きな人にとっても、あくまでもパンダはよそ者。台湾社会の心象風景を表していると思います。中国がパンダを推せば推すほど、地元の希少動物が思い出され、ナショナリズムと多様性への関心が同時に強化されるという興味深い現象です。
──台湾はパンダを受け入れて以降、むしろ自らを中国人ではなく台湾人とみなす意識が強まっているという世論調査があります。日本、韓国もパンダは人気があっても対中感情は悪化の途をたどっています。ほんとうのところ、パンダ派遣に世論を動かす効果はあるのでしょうか。
パンダは友好の演出装置です。たとえば、国交樹立から何十周年記念など、中国は友好を互いに築いた結果として送っています。
パンダを誘致する自治体は対中批判がやりにくいでしょうし、受け入れた後もパンダのニュースはネガティブには報じられない。中国にかかわるポジティブな話として前向きに伝えられます。その分、中国のネガティブな報道の比率が下がりますし、パンダのおかげで中国の悪口を書いたりしゃべったりするスペースが減る。メディアジャック(のっとり)としては成功していると言えるかもしれませんね。
──中国当局はレンタル契約の守秘義務の範囲を広げ、上野動物園も2020年末に結んだ協定からレンタル費用も公表しなくなりました。外国にいるパンダの管理・監督を強めるとも公言しています。
パンダ報道をコントロールしたい。とにかく情報を与えず、制御、管理するという習近平政権に共通する姿勢です。
数年前、アメリカ・メンフィスの動物園のパンダが衰弱しているように見える映像が中国で広がり、中国のネットユーザーが「米国人が虐待している」と猛烈に反発しました。中国外務省がむしろ火消しに回ったほどネットで燃え上がった。中国政府だけでなく、社会においてもパンダが持つ重みは増しています。
──日本は仙台など各地で誘致が続いています。白浜アドベンチャーワールド(和歌山)もメスだけ残り、県知事みずから新たなパンダの派遣を要請しています。上野動物園の双子のパンダは今年6月には4歳。来年にも中国へ返す時期が来ます。後継は来るでしょうか。
上野動物園は2020年に「パンダのもり」と呼ばれる新しいパンダ舎をオープンさせました。パンダを絶やさない前提でしょう。ただ、今年は戦後80年でもあり、日中間には扱いを間違えば火種となる歴史問題もある。中国は日本社会の対中世論の動向を見ながらパンダの派遣を検討するのではないでしょうか。
──台北市立動物園にパンダが来てから17年目を迎えました。
パンダ館(獣舎)を寄贈した台湾の基金会の責任者が、早くからパンダの誘致を希望しており、大陸側とも接触を続けていました。台北市立動物園がパンダ誘致に向けて本格的に動き始めたのは2003年ごろです。2006年に受け入れの希望を表明しました。
新竹市など別の動物園も希望していましたが、我々が選ばれました。大陸へ担当者を派遣して飼育などの研修を受けて準備し、2008年にオスのトワントワン(団団)とメスのユワンユワン(円円)がやって来ました。
──トワントワンは2022年、病気の悪化を受けて安楽死に至りました。残されたユワンユアン、そして2頭の子はいずれもメスです。姉のユワンツァイ(円仔)は11歳になるのに、ずっと単身で台北にいます。5歳前後で繁殖活動に入るパンダの中では異例です。
我々のパンダはレンタルではありません。交換です。台湾にいる大変大切で意義ある動物、ハナジカとタイワンカモシカと交換しました。世界の他の動物園のように台湾で生まれた子を大陸へ送る必要はないのです。ただ、種の保存はとても重要ですから、大陸との間で個体のやりとりはありうる。返還ではなく、やりとり、です。
──中国側はどのような反応ですか。
大陸側とはずっと連絡をとりあっている。近親婚にならないように配慮しながら、最適の相手を探しています。技術面でどのような方法があるかと言えば、冷凍精子を用いて繁殖させる。これがもっとも一般的なやり方と言えるでしょう。
もうひとつは、ユワンツァイの相手となるオスを台北に連れて来ることです。4歳になる妹のユワンパオ(円宝)についても同様に努力したい。母親のユワンユワンはもう20歳。繁殖活動はしないと決めています。彼女は2頭の子を産んでくれました。
──お相手はどのように決まるのですか。
我々のように適齢期を迎えたパンダを抱える世界各地の動物園は、大陸側と情報交換しています。大陸側は様々なデータを照らし合わせて、繁殖にふさわしい組み合わせを決めます。年をとりすぎたパンダや病気になったパンダは対象から外れていくので、毎年顔ぶれは変わります。ユワンツァイも順番待ちをしているところです。
(台湾と中国も)専門家どうしの交流に問題はありません。動物のことを第一に考えて行動しています。台北の動物園ではベテランを中心とする5人がパンダの飼育にかかわっています。政治のことはお話ししようがありませんが、みんなパンダの健康と未来を最優先に考えています。欧米であれ、アジアであれ、どこの動物園の担当者も同じだと思います。
──パンダ館の前には、台湾にすむクロクマとパンダの像が置かれ、中には新参者のパンダをクロクマが案内するイラストもあります。
台湾ではパンダを迎えて重視する過程で、台湾のクロクマをより重視するようになりました。パンダが来る前も、クロクマは台湾にとって重要な動物でしたが、パンダが来た後、社会でいっそう関心が持たれるようになりました。どちらもクマ科の大型の動物ですから比較の対象になりやすい。
なぜパンダにばかりお金をかけるのか。台湾の希少動物クロクマにも同じように関心を持って対応するべきではないか。そんな批判が動物園に寄せられたこともありました。でも、市民の間で台湾の動物への関心が高まり、もっと大切に保護していこうという意見が強まっていくことは良いことだと考えています。
──パンダの漢字表記は、台湾では大猫熊と書くのですね。中国では大熊猫です。
パンダはクマ科の動物です。ネコ科ではない。たとえば、白いクマならシロクマ、黒いクマならクロクマ、ですね。パンダはネコのようにかわいいクマでもあります。漢字の順であれば大猫熊が適切。私たちはそう考えています。