騒々しいのは嫌い
──成都の基地を訪ねた時、中国で大人気のホワホワの獣舎の前で1時間半も並び、見学はわずか3分に制限されていました。
ホワホワの誕生をきっかけに成都の基地を訪れる方が爆発的に増えました。動画を見て癒やされたり、世間で話題になっていたりするから見てみたい方が多いようです。ただ、上野時代を通じて飼育員としては葛藤があります。
──なぜですか。
私自身も小学校の修学旅行で上野のパンダを見て大好きになり、飼育員を目指しました。大勢の方があの子たちを見て下さるのは本当にありがたい。動画や見学を、パンダという動物を知るきっかけにして下されば、とてもうれしいです。
でも、お気に入りのパンダを自分のペットのように考えているファンの中には、自分の推しパンダが他の個体と異なる扱いを受けていると不満を持ち、基地に批判を寄せる人もいる。私たちは、それぞれの個性にあわせて育てています。世界中の飼育員たちは「パンダ第一」で向き合っていると思います。
耳を立てているときは緊張している
──パンダたちもお客さんが急に増えて、戸惑っているかもしれませんね。
パンダは騒々しいのは嫌いです。カメラのシャッターの音も嫌い。聞き慣れた声は大丈夫だけど、がやがやした声は好まない。静かな場所で一頭でごはんを食べるのを好みます。耳をぴんっと立てているときは緊張している。騒いでいるお客様には「静かにして下さい」と率直に言います。視線にも敏感。見学者にお尻を向けて座っている時は目を合わせたくないからでしょう。基地でも、パンダと見学者の目線が同じ高さにならないように遊び場をつくる工夫をしています。
──取材するにつれてパンダの顔の違いに少しずつ気づいたところですが、性格もいろいろなんですね。
年末から年初にかけて、夏に生まれた子パンダを運動場に出す訓練をしていました。早く部屋に帰りたがって扉の前でずっと待っている子、1頭でいるのが不安で私にずっとくっついている子、初めてでも気ままにエンジョイする子など、ほんとうにいろいろです。飼育員との数日間の訓練を経て、お母さんパンダと一緒に運動場に出ます。お母さんパンダといると子供は楽しそうで安心して身を預けているように見えます。
新米のお母さんは過保護
──お母さんパンダの様子はいかがですか。
新米のお母さんは過保護ですね。子パンダが何をするにも、ダメ!と言わんばかりに首根っこをくわえて自分のそばに連れて行こうとします。ベテランになればなるほど、「好きに遊んでいいよ」という感じで自由に遊ばせています。子供の面倒をきちんとみる個体が多く、その姿はほほえましいです。そんな愛情豊かなお母さんパンダですが、タケノコのことになると、我が子が大事そうに抱えているものも無慈悲に取り上げて食べてしまったりする一面もあります。
──中国でも成都は最多のパンダを抱えており、それぞれ比べることも可能ですね。
オスとメスだと、オスの子供の方が母親とべったりと遊んでいることが多いです。メスの子供はどこか独立している感じです。こんな研究もあります。幼少期に母親と過ごす時間が長いオスほど、成熟期を迎えた後、自然交配の成功率が高いのです。このため、基地では親子の時間をなるべく長くし、人の干渉をなるべく最小限に抑えています。ちょうど取り組んでいた子パンダの訓練も飼育員は見守ることはしますが、できるだけ手出しはしません。子供の正常な行動の成長を促すように努めています。
これは研究の一例にすぎず、国が違えばパンダを取り巻く環境も異なります。中国が各国の動物園と協力し、さまざまな比較研究ができることには大きな意義があると思います。
──野生のパンダも中国でしか見つかっていません。直近(2015年)の調査結果で約1900頭、現在10年ぶりに調査中と聞きます。
中国では野生のパンダがふらふらと出てくることもある。農家に入り込んで食べ物をあさったり、横断歩道を横切ったり。川でおぼれて死んだパンダもいました。国立公園を広げて保護地域をいっそう整備するのはとても大事なことだと思う。一方で、住民に立ち退きをお願いしなければならないことも出てくるでしょう。突如現れたパンダに触ってはならない、などという知識を身につけていただくことも必要です。中国が目指すパンダの野生復帰は、科学や技術だけでなく社会の理解がなければ進まない。同時に、パンダの保護は自然環境全体を守ることにもつながります。
一頭でも多く自然に戻してやりたい
──新型コロナが中国・武漢で発生してから5年が過ぎました。当時、「国宝」であるパンダを守るのは大変だったでしょう。
新型コロナが流行した時期、基地は国宝のパンダを守る厳格な体制を敷き、職員はロックダウン(都市封鎖)のたびに基地に寝泊まりして働きました。私も白い防護服を着て赤ちゃんパンダに接しました。
飼育員は夜勤や泊まり勤務があり、一束20キロはあるササを運ぶなど力仕事もします。イメージと違った、と辞めていく若手も少なくないのですが、大好きなパンダの命を預かる仕事に責任とやりがいを感じています。あの子たちを一頭でも多く、豊かな自然のすみかに戻してやりたい。パンダの野生復帰は息の長い取り組みです。その仕事に携わることは、私の夢です。