日本のパンダ愛に「感謝の気持ち」
――中国にとってパンダとは何ですか。
国宝です。大切な宝物です。中国にしか生存していない種であり、中国は保護に大きな責任を負っています。外国からの協力も受けて共同研究を進め、絶滅危惧種ではなくなりましたが、非常に少ない動物であることには変わりはありません。
また、民間交流の使者でもあります。ただかわいい、生きたおもちゃのような存在ではない。故郷を離れて特別な使命を負って外国に赴き、人と人との関係を融和している。国交正常化の記念に日本に来てから50年以上もの間、日本の人々にこれほど愛され続けています。人間の外交官は、パンダにはまだ及ばないところがある。
――最初にパンダを見たのは?
大学時代です。北京動物園が大学の近くにありました。かわいくてたまらない。やっと国宝に会えた。そんなわくわく感もありました。
上野動物園にも、中国大使館勤務時代の1995年ごろ、プライベートで訪ねました。他の動物のみなさんに申し訳ないほど、パンダだけ長い行列ができていました。日本には一時期13頭も暮らしていたことがあります。中日間の交流の大きな架け橋、貴重な絆になってくれている。
――神戸市立王子動物園のタンタン(旦旦)が2024年3月に死ぬまで、和歌山県の白浜アドベンチャーワールドとあわせて、大阪総領事館の管内にはパンダがいる動物園が2カ所ありました。
二つもあったのは、世界で唯一でした。私はラッキーな総領事です。
私は2021年の着任早々、タンタンにあいさつに行きました。彼女は当時25歳。人間でいえば80歳近い。外交官として大先輩です。パートナーも亡くなり、自らが病気になってもずっと頑張ってくれた。人々に喜びと癒やしを与え続けた。
飼育員から闘病の様子をうかがって涙が出ました。四川省成都から来た中国人の獣医師や飼育員も滞在し、協力して治療にあたっていた。タンタンがいたおかげで、市民、専門家ともに素晴らしい民間交流ができました。私は中日友好特使の称号を授与しました。動物園と共同で9月に追悼会を開くと、160人の定員に全国から1000人以上の応募がありました。
――白浜で生まれたパンダは合計17頭と世界最多です。
がんばったオスのエイメイ(永明)を、中日国交正常化から50周年を迎えた2022年、日中友好特使に任命しました。年をとって故郷成都に戻りましたが、ずっと友好のシンボルであってほしい。私は王子にも白浜にも何度も足を運び、パンダの誕生日になると、大好物の果物をプレゼントしてきた。日本のパンダファンとも頻繁に接触しています。
――日本のファンとの交流で感じることは?
日本の皆さんはパンダに対して特別の思いを寄せて下さっている。多くのイベントを開くたびに大盛況です。純粋で熱いパンダへの愛に触れ、心から感激しています。感謝の気持ちでいっぱいです。中国と日本の民間交流にあたって、私は「パンダ愛から人間愛へ」を訴えています。パンダ愛を、どうか中国や中国人にも向けてほしい。
パンダはかわいくても、中国は、中国人はどうも、という方もいらっしゃる。パンダのつながりを人間のつながりにつないでほしい。中国はどんな国か、中国人はどういう人か。いっそう踏み込んで交流してほしい。
(パンダに関連した)イベントに参加した方がメールを下さり、パンダを通じて、中国に関心を持ち、ドラマ、映画、伝統文化、現代文化に親しみたいと書いて下さっていました。百聞は一見にしかず。中日ほぼみんな知っている古来からある言葉です。
現代は情報化社会。情報を入手すること自体は、ものすごく簡単。現地へ行かなくても情報はネットを通じてどんどん入ってきます。しかし、いくら見ていても分からない真実もある。実際、相手の場所に行ってみなければ分からないことがたくさんある。「百見は一行にしかず」という言葉を作りました。百回見ても、一度行くことには及ばない、という意味です。ぜひ中国に来てほしい。大阪総領事館として、「Look at China, Go to China」キャンペーンをしています。
――とはいえ、日本人の中国訪問は減っています。
最盛期の半分まで減っています。最盛期は500万人を超えていたのに、二百数十万人まで減った。中国は怖い国だと言って行きたがらない方がいる。もう一つは、いつのまにか中国旅行がかつてより割高になってしまった。経済要因の制約もあると思う。日本のみなさん、もっと気軽に隣国中国へ来て、自分の目で中国の姿を見て頂きたい。このところコロナで往来が途絶えてしまっていたが、民間の往来の復活・拡大は両国関係にとって大きな課題だと思っています。
――しかし、安全保障の問題から日本人学校の児童殺人事件まで、日中関係には問題が山積しています。SNSで日本を強く批判する総領事を見て、オオカミ外交官と呼ぶ日本人もいますね。
私はパンダ総領事とも呼ばれています。中国と日本は関係が緊密で共通のところが実は大きい。もっとポジティブなとらえ方をしてほしい。生活のなかに、相手の存在が溶け込んでいる。相手なくてして自分が成り立たないような関係です。対立や食い違っている点ばかり強調するのはどうでしょうか。一部の具体的な課題に目を奪われていては、全体像が見えてこない。
課題には大局に立ち、適切に対処する。国交正常化から52年。歴史的には2000年の交流がある。中国が六つも総領事館を置いているのは世界で日本だけ。関係が緊密な証拠です。これを未来に向けて発展させていきたい。
――タンタンが死んだ後の王子動物園を含めて、仙台市や日立市(茨城県)などもパンダを誘致している。白浜もオスのパンダが欲しい、と。
要望はよく分かっている。岸本・和歌山県知事が訪中し、パンダの派遣を依頼したのも知っています。振り返ってみれば、パンダ交流がすばらしい成果をあげて、両国間にプラスのエネルギーを注入してきた。喜ばしいことです。具体的な話は検討中ですが、良い情報があればいいと、私も期待しています。
外交はしたたかに、パンダ交流は草の根で
――和歌山にとってパンダとは?
中国との共同研究が始まって30年が経ち、アドベンチャーワールドではこれまでに17頭の赤ちゃんパンダを育ててきました。世界的に見ても、中国以外で最も多い実績で、中国側からもとても評価されている。和歌山県民にとって誇りの一つとなっていると思います。また、よく上野のパンダが注目されるけど、和歌山にはたくさんいるぞと、県民を一つにするアイコンにもなってきたと思います。
――昨年12月には、日中共同の繁殖研究30周年を記念するイベントがアドベンチャーワールドで開かれました。
一番初めは、中国からパンダの飼育指導に来ていただいて、それからアドベンチャーワールドのスタッフが中国に行って学んで、と交流を重ねてきた。双方の信頼関係が深まっていったと聞いています。アドベンチャーワールドと中国のパンダ基地のみなさんが、パンダを通じて、人と人との交流を積み重ねてきたのだと思います。
――白浜町で開かれた30周年の記念式典には、中国側からの来賓もたくさん出席していました。
私も出席しましたが、中国動物園協会の会長や国家林業草原局の方など幹部の方々が来られていました。実はパンダを借りるための契約は、アドベンチャーワールドと中国動物園協会の間で交わされるんです。その契約には、国家林業草原局など、中国政府機関の了承が必要です。その上で、中国のパンダ基地とアドベンチャーワールドが共同繁殖研究を行っている。
ですから、それぞれの関係者が来られていて、そうそうたるメンバーだったと思います。17頭を育てあげてきた、繁殖が上手だということへの高い評価をいただいているのを肌で感じました。やはりパンダは中国にとっても国の宝ですから、その大事なパンダを、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドにならば預けられるという信頼だと思います。
――昨年7月には知事が訪中し、和歌山県と友好提携を結ぶ山東省や四川省を訪ねました。
和歌山県と四川省は、パンダのつながりだけでなく、防災でも交流を重ねています。今回の訪中では、省長にお会いし、今後さらに青少年交流やビジネスの交流を進めていきたいとお話ししました。また、成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地で基地のトップにお会いして、そこでもやはりアドベンチャーワールドの繁殖技術への高い評価をいただきました。
私からは、県民の思いとして、できればエイメイ(永明)の後を継ぐオスのパンダに和歌山に来てほしいとお伝えした。パンダ基地の責任者の方からは、和歌山県民の気持ちは受け止めました、と言っていただきました。
パンダ基地では、昨年中国に帰ったエイメイ一族に会うこともできました。元気で暮らしている姿を見て安心しました。基地にはとても広い屋外運動場やパンダ専用の病院などもあり、すばらしい設備で、感動しました。
――和歌山県と中国の友好関係には歴史があるんですね。
和歌山と中国のつながりでいうと、県と山東省との友好関係が最も古く、昨年で40周年を迎えました。元々は民間の日中友好協会が始まりで、そうした草の根の関係が長く続いています。また、北京市にある清華大学とも覚書を結んでいて、昨年初めて、清華大学で開催された「高野山フォーラム」に高野山大学(和歌山県高野町)、和歌山大学、県が参加しました。
今年は高野山大学で第2回が開催される予定です。
――パンダ外交の関係でも、和歌山が地盤で長年、日中友好議員連盟の会長を務めてきた二階俊博・元衆議院議員の存在は大きいのでしょうか?
二階氏はこれまで何度も訪中されていて、2008年の四川大地震のときも防災の関連で現地を訪れています。二階氏の地元というのも、和歌山ならではのところなのかなと。パンダ外交についてもその一翼を担われてきたと理解しています。
――日中関係は政治の面でも、市民感情の面でも、波がありますが、その中でパンダを通じた交流の持つ意義とは?
福島第一原発の処理水に関連する禁輸の問題や、安全保障、最近も日本人学校の児童を狙った事件や、それを助けようとした中国の方が亡くなる事件など、色々ありますが、その中でも、やはり草の根レベルの交流というのは変わらずに続けるべきです。
特に和歌山の場合、パンダのおかげで中国への感情は安定していると思います。それは一つはパンダのおかげだし、また青少年交流などを含めて行ったり来たり、人と人との交流が続けられてきたから。
日中関係の波を安定的に保つための、いわゆる草の根交流というのはとても重要で、その一つの柱がパンダだと思っています。
そういう意味では、我々は政府の政策とは関係なく交流を続けてきました。こうした交流を続けていくことで、「ブレ」をある程度減らすことができる。各地の地方自治体がそれぞれ世界中の都市と交流を行っているのは、とても良いことだと思います。
――パンダが日本で広く愛されている一方で、日本の政治家として、「親中派」とされることが不利にはなりませんか?
私は親中で、親韓で、親インドです。
隣の国ですから、外交はしたたかに進めなければならない。もちろん、現状変更のような許せないことは、たとえ中国でも韓国でも、許せないものは許せません。だけど、そうでないときには、隣の国なのですから仲良くしますよと。
経済的な関係も同じです。日米同盟が基軸ではありますけれども、いわゆるデカップリング(切り離し)の必要はないと思います。特にロシアのウクライナ侵攻の問題や、北朝鮮の問題を考えると、やはり中国とのしたたかな外交関係は必要です。中国とも、インドともアメリカとも、しっかりと、したたかに、向き合っていくことが必要だと思います。