「一帯一路」が中国パンダ外交の舞台に?欧州、中東、ASEAN…世界に拡大中

砂漠のまんなかに、巨大なパンダ舎を見つけた。カタールの首都ドーハから北へ50キロ。中東で初めて暮らすパンダ、チンチン(京京)とスーハイ(四海)は、スハイルとソラヤというアラビア語名で呼ばれていた。サッカー好きで知られる習氏。2022年、北京冬季五輪の開会式に出席してくれた同国首脳と会見し、ドーハでのサッカーワールドカップ開催の記念として送った。メイン会場を建設したのも中国企業だ。
私が訪れたのは2023年2月。太陽が照りつける。完全屋内飼育のパンダは、プールで水遊び中。小さな池の中を歩き回っている。全館冷房で湿度調節も万全。数百本のササや木が植えられている。監視カメラに加えて、1頭につき複数の警備員が凝視し、異変がないか見張っている。お客は私を含めて数人しかいない。
オイルリッチなカタール。人材も買い付けた。意外な人物に出会った。シィシィ・コウさん。香港やカナダ・カルガリーでパンダを担当したベテラン飼育員だ。カルガリーの動物園は2020年11月、コロナ禍で竹を調達できなくなり、パンダを期限より3年近く早く返還。コウさんはその後、カタールへ。「中東初のパンダ。とてもわくわくするプロジェクトです」。館内のレストランで働く女性は中国の農村出身だった。「国内で働くよりお給料がよい」と話す。
カタールには、米国が中東最大の軍事基地を置いている。その親米国にも触手を伸ばす中国。経済成長につれてエネルギーの需要は増え続けている。パンダの到着と時を合わせてカタールとの間で、LNG(液化天然ガス)の27年もの長期輸入契約を結んだ。
いにしえのシルクロードを行くように、パンダは欧州を目指した。習政権が発足した1年後。2014年2月には欧州連合(EU)が本部を置くベルギーへ乗り込んだ。世界各地の建物や風景を再現し、その中で動物を見られることが評判のテーマパーク型動物園「ペリダイザ」だ。
パンダ舎を囲むように竹が茂り、池がある。中国風の塔や屋敷が建てられている。ゴーン。音がする方へ歩くと、女の子たちが鐘をついている。「中国の夢」。鐘には習政権のスローガンが漢字で大きく刻まれていた。「字は読めないけど、ずいぶん大きな音がする」
パンダ園の開園式には、習氏とフィリップ国王が、それぞれ妻を伴って出席した。友好をたたえる石碑があり、両国の国旗が刻まれている。習政権下でパンダが新たに渡った国は、このほか、デンマーク、オランダ、フィンランド(2024年に返還)。ドイツでも5年ぶりに復活した。貸与期限が来たスペインやオーストリアにも大きな間を置かず、新しいつがいを送り込む。
東南アジア諸国連合(ASEAN)事務局があるインドネシアにも2017年、初めてパンダが渡った。習氏自ら2013年秋に「一帯一路」の一翼を成す、中国と世界を海洋でつなぐ「海のシルクロード」構想を公表した国だ。受け入れたのは中華系インドネシア人が経営する動物園「タマンサファリ」。東西冷戦下では米国陣営に属し、反共のとりでとも呼ばれたASEAN。中国の経済成長とともに距離を縮め、シンガポールやマレーシアにもパンダはいる。
新興国のパンダは増える予感がする。
パンダを養うにあたって、欠かせない条件がある。まず、中国と首脳の往来が途切れない程度には関係を維持していること。次に、資金力。繁殖の共同研究の名目で年100万ドルを中国に支払えること。特定の竹など餌や快適な住居を用意する必要もある。そして、中国の専門家から見て「国宝」を預けて心配ない飼育員や設備が用意できる「一流」(中国国家林業・草原局)の体制が整っていることも求められる。
かつて途上国には資金も技術もなかった。しかし、経済成長が彼らを変えた。動物園などで余暇を楽しむ中産階級が増えている。米国を筆頭に、先進国と中国との溝が広がる。反比例するように「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国との関係は重要性を増す。地元の動物園から声が上がるように見えて、実は中国政府が内々に持ちかけることもある。パンダの新しい任地は、さて、どこだろう?