投票率の低下に悩む国が多いなか、世界には「投票が義務」の国、しかも投票しないと罰金まで科せられる国がある。その一つ、オーストラリアに向かった。
10月中旬、同国クイーンズランド(QLD)州都ブリスベンは、10月26日の州議会選挙に向け2週間の期日前投票期間の最中だった。
「投票ですか?」。政党のボランティアたちが、訪れる人に次々と声をかける。候補者本人も来ていて、有権者と話しこむ姿も見られた。
オーストラリアでは100年前から投票は義務だ。投票しなかった場合は原則として20豪ドル(約2000円)の罰金が科される。投票率は高く、2022年の上院選は90.47%、下院選は89.82%だった。ほとんどの有権者が投票するから、期日前投票所前での選挙活動も活発なのだ。
ブリスベン市内の期日前投票所には、2大政党の労働党と自由党、それから緑の党の候補者が立っていた。「私は今回初出馬。自分自身は今まで投票先を決めてから投票所に来ていたけど、驚いたことに結構たくさんの人が誰に投票するか決めていないんです」と緑の党の候補者は言う。
オーストラリアでは、連邦議会や州議会などで原則として全ての候補者に「順位」を付ける投票方式がとられている。QLD州議会は小選挙区制だが、5人の候補者が立候補している場合、当選してほしい順に1から5の番号を書く。1人だけ「○」を付けたり、「1」しか書かなかったりすると無効だ。
投票所の前で配っている各候補者のチラシにも、順位付けの見本の番号がふられており、「how-to-vote」(投票の仕方)シートと言われる。候補者本人が1位なのはわかるとして、それ以外の順位はどう決めるのか。
労働党の書記局長、ポール・エリクソンさん(41)は「私たちは、人種差別をする政党はまず最下位にする。そのうえで、当選の機会を最大化するため、競い合うことが多い自由党の候補を下位にすることが多い」。確かに、私が取材した投票所では7人が立候補していたが、労働党の「how-to-vote」シートでは自由党の候補者は6位。逆に自由党のシートでは労働党は5位になっていた。
小政党は当選できずとも、シートの順位を材料に大政党と政策の交渉ができる。エリクソンさんは「動物の権利を主張する動物正義(アニマルジャスティス)党から、ペットの扱いや畜産動物の輸出についての要請が以前あった」という。
投票の義務や、順位付け投票を有権者はどう感じているのか。投票に来ていた10人以上に聞いた。投票の義務については「そうあるべきだ」という「模範解答」もあったが、半数ほどは「そう決まっているから」「考えたことがない」。「義務じゃなかったら投票しますか?」と聞くと、「しない」と即答する人も多かった。
順位付け投票について「複雑では?」とたずねると、「複雑だけど慣れている」「順位付けが長くて面倒」「そういう制度だから」……。
投票の集計はさらに複雑だ。
まず「1位」の票を数える。この時点で過半数を獲得した候補者がいれば、その人は当選となる。いなければ、最下位の候補者を1位にした票を見て、「2位」の候補者にその票数をそれぞれ加算していく。これで過半数に達する候補者がいなければ、2番目に1位が少なかった人の票を見て、2位が付けられた候補者にその票数を加算する。これを過半数を獲得する人が出るまで繰り返す。
なぜこのような複雑な仕組みにしているのか。
キャンベラ大教授のクリス・ワラスさんは「最下位の候補者に1位を付けた票も生かされるので死票が少ない。人々が、より選挙に参加しているという実感を得られる。第2希望や第3希望に投票できることで、有権者のより微妙なニュアンスを政党に伝えられる。極端な結果になりにくく、より穏健で中道的になる」と説明する。
「オーストラリアは2大政党が力を持っていますが、優先順位付け投票によって無所属や小政党の政策を反映させられる安全弁となり、2大政党の権力の独占を防げるのです」。できるだけ多くの有権者の意向を反映した結果になるように、という目的で作られた制度だが、候補者の数が多いと、全ての氏名が掲載されるので投票用紙の長さが1mを超える時もあったという。
投票のしやすさも配慮されている。
米国と同様、投票には登録が必要だが、郵便投票や電話投票、車に乗ったままのドライブスルー投票も可能。州議会選挙は州内のどこでも投票できる。
投票日には、投票所周辺はさらににぎやかになる。10月19日は、首都キャンベラのある首都特別地域(州に準ずる権限がある)の議会選挙が行われた。学校が投票所となっている場合が多いが、そこでは父母たちが資金集めのために焼いたソーセージをはさんだ食パンを売っていた。PTAのバザーのようなイメージだ。投票を終えた人々が列を作って香ばしいソーセージをほおばっていた。
1980年代ごろから始まり、「デモクラシー・ソーセージ」と呼ばれる。「有権者を歓迎して包摂する儀式」とワラスは言う。
ソーセージ屋台のイベントは在外の投票所でも行われ、2023年には東京のオーストラリア大使館でもふるまわれた。
順位付け投票は他の国でも導入されている。米国オレゴン州ポートランド市では、今年の選挙から市長と市議会選挙で順位付け投票を始めた。ミネソタ州でも、セントポール市議会などで順位付け投票方式がとられている。
順位付け投票を後押しするNPO「フェアボート・ミネソタ」のエグゼクティブ・ディレクター、ジーン・マッシーさんは「順位付け投票には、仕組みの複雑さをはるかに上回る利点がある。民意を反映し、より多様な結果となる」という。