民主主義に異議アリ? 「敵対する相手をおとしめることばかり考えているように見える」
学校の授業で、民主主義は「重要だ」と繰り返し習った。全ての国民に平等に主権があり、自分たちのことは自分たちで話し合って決める。政治権力が一部の指導者に集中する権威主義的な政治体制に比べたら、よほど素晴らしい。ずっと、そう信じてきた。
ところが最近、教えを請うた政治学者たちから、異口同音にこんなぼやきを聞いた。「民主主義という政治体制に疑問を抱く学生が、驚くほど多い」――。
彼らの教え子のうち、日本のある大学に通う学生2人に会うことができた。民主主義のどの辺がダメだと思う?
3年生の学生の目には、今の日本の政治がもどかしく映るという。「政党同士が明らかに敵対し、国会ではずっと同じ問題について、相手の悪いところを探り出し、おとしめることばかり考えているように見える」
かといって、学生たちは、選挙を通じて自分たちの代表者を選ぶ代表民主制を全否定しているわけではない。昨秋の総選挙で初めて投票した2年生の学生は、「これが政治参加なんだと実感した。結果を見て、自分が多数派と分かったら、安心した」。
多数派になっての安心感……。私は今までに感じたことのない感覚だ。打ち解けてきたところで、私の抱える疑問をぶつけてみた。少数派って、どう思う?
「選挙で票をいちばん集めた政党が国の代表になる。民主主義とはそういうもの。それは受け入れなくてはいけないと思います」と、3年生の女子学生。
つまり、多数派が少数派を顧みない政策を打ち出しても、少数派が文句をつけるのはおかしい、と?
「そういう考えをする人の方が独善的だという気がします。私はたとえ、自分が納得いかない結果でも受け入れます。ああ、今(の民意)はこれなんだ、と」
親子ほど年の離れた若者にぴしゃりと言われ、うまく言い返せない自分に正直、落ち込んだ。
でも、よくよく考えると、多数決で白黒つけるだけが民主主義ではないはずだ。少数派も含め、いろんな意見を熟議して、より多くの人が合意できる落としどころを探る。そのプロセスが民主主義の肝だったはず……。ばっさりと切り捨てられるから、選挙に行く気もなえる。なにか、良い手立てはないものか。
ヒントはAKB48? 「政治的有効性感覚がビンビン刺激される巧みなシステム」
ヒントを与えてくれそうな「選挙」を見つけた。アイドルグループ「AKB48」が、2009年から毎年開催している人気イベント「AKB48選抜総選挙」だ。
初期のCDならかなりの枚数を持つ私も投票に心がうずいたが、妻の冷ややかな視線を受けて踏みとどまった。一時のブームで終わるだろう。そう自分を納得させた。ところが、集計結果が公表された第2回(10年)で37万7786票だった投票総数はほぼ毎回のように伸びて、昨夏の第9回は338万2368票に達した。
AKB総選挙は、購入した投票権付きCDの枚数などに応じて1人で何度でも投票できるから、単純比較はできないが、規模だけなら大阪府知事選をしのぐ。「推しメン」(お気に入りのメンバー)のためにCDを段ボール箱で買い込む熱心なファンもいるという。
その情熱はどこから来るのか。AKB総選挙を授業に採り入れたこともある新潟県立大学教授(比較政治学)の浅羽祐樹(42)はこう説く。「政治的有効性感覚がビンビン刺激される巧みな仕組みだからです」
政治的有効性感覚? 浅羽によれば、自分の1票で物事を左右できるかもしれないという感覚だ。選挙に行って「報われた」と思える実感、とでもいえようか。
AKB総選挙は元々、新たに発売されるシングル曲を歌う16人の選抜メンバーを決めるファン投票だが、「当落ライン」はファンによって様々だ。自分の推しメンが「神7」と呼ばれる7位以内に入れるか。たとえ選抜メンバーがダメでも、カップリング曲を歌えるアンダーガールズ(17~32位)に。せめて、前回より一つでも順位を上げてあげたい……。
浅羽は言う。「たとえば、投票権付きのCD1枚が1千円程度とすれば、200万円分で2千票。数千万円は無理だけど、今ある貯金を全て投入すれば、その後の生活は破綻(はたん)しても、自分の力であの娘の順位を押し上げられるかもしれない。そんなモチベーションを刺激する、運営側に好都合なシステムです」
好都合というか、怖い……。貯金を使い果たし、妻に愛想尽かされた自分を想像して背筋が凍った。でも、政治的有効性感覚という考え方には、ビビッときた。実際の選挙でも、それなりに「報われた」と感じられれば、少数派も選挙に行こうと思うのではないか?
世界を見回すと、ある国に目がとまった。オランダだ。多文化共生を掲げてきたこの国では、下院選挙(定数150)で1917年から徹底した比例代表制をとってきた。現行制度では、有効投票数の0.67%を取得すれば、議席を獲得できる。単純小選挙区制の英国や、比例代表制でも得票率5%の壁があるドイツに比べると、国政へのハードルが低い。つまり、それだけ少数派の票が議席に反映されやすいというわけだ。
昨年3月の下院選には28政党が名乗りを上げ、過去45年で最多の13政党が議席を得た。その中でも着実に支持を伸ばしたのが、いわゆる「ミニ政党」だった。その一つ、年金受給者の生活向上を掲げる「50PLUS」(党員約6千人)は、32万7千票余を集め、改選前から倍増の4議席とした。
2月下旬、政治の中心都市ハーグの国会議員会館で、党首のヘンク・クロール(67)に尋ねた。ミニ政党の役割って、何でしょうか?
「なんと言っても、支持者との距離の近さ。多数が関わる大政党では、支持者が本当に望むことが途中で変えられたり、弱められたりしてしまうことが多い」
でも、「数は力」ともいう。たった数議席しか持っていなければ、結局、大政党に押し切られるのでは?
「小党でもやり方次第で影響力を発揮できる」とクロール。彼によれば、同党は4年前から、50歳以上の再就職を後押しするために「アンバサダー」を任命し、高齢失業者にアドバイスしたり、企業に働きかけたりする活動を提唱してきた。ミニ政党単独では相手にされなかったが、当時の連立与党側の議員が「アイデアを譲ってほしい」と持ちかけてきたという。結局、連立与党側の提案として16年に実現させた。
「名誉は譲ったけど、我々の支持者は主張が日の目を見たことに満足したはずだ」と、クロールは言う。
だが、徹底した比例代表制は「欠点」もある。小党乱立による政治の不安定化だ。昨春の下院選後、22%の議席しかない第1党を中心とする4党連立政権が発足するのに、同国史上最長の225日を要した。
徹底した比例代表制で誕生した50PLUSは皮肉にも、議席確保に得票率3%の「壁」を設けるべきだと主張する。党首のクロールは言う。「かけらのような小党があまりに多くても困る。政治が分断しすぎるのはよくない」
ロナウジーニョの故郷で考える 「民主主義に『酸素』を与えて元気にするような仕組み」
政治家や政党に政治決定を託しても、自分たちの意見を十分にくみ取ってくれない――。そんな代表民主制の「弱点」を補う試みを約30年前に始めた、ブラジル南部の町がある。ポルトガル語で「陽気な港」を意味するポルトアレグレ。変幻自在の足技とはじける笑顔で、世界のファンを魅了したサッカーの元ブラジル代表、ロナウジーニョ(38)の故郷でもある。
市内のアパートで、元市長オリビオ・ドゥトラ(76)は誇らしげに語った。「スーパースターのロナウジーニョも子供の頃はファベーラ(スラム街)で育った。少なからず、この仕組みの恩恵を受けたはずだ」
仕組みとは、ドゥトラが市長に初当選した翌年の1989年、世界に先駆けて導入した「市民参加型予算編成」(参加型予算)。自治体の限られた予算をどの事業に優先的に配分するか。市当局や議会だけでなく、住民が集会に参加して議論を深めながら決める。
きっかけは、軍政下の70年代。工業で栄えたポルトアレグレは、労働力となる農民たちが移り住んだが、交通や下水道、電気などインフラが整わず、環境汚染が進んだ。住民が集会を開いて市に改善を求めても、軍政下で聞き入れられることはまれだった。
ドゥトラによると、ある住民集会で市の担当者が言い放った。「予算とは短い毛布のようなものだ。足が寒いと言って引っ張れば、頭が出てしまう。逆もしかり。全てをカバーできる予算というものはない」
これに対して、参加していた女性が言い返した。「毛布はサイズを決めてから作るものでしょ。でも、あなた方はサイズを測る時、私たちに一度も意見を求めなかった。もし正しいサイズがあらかじめ分かっていれば、私のところもカバーされたのに」
市の担当者はぐうの音も出なかったという。ドゥトラたちは集会の後、彼女の言葉を振り返り、公共の予算は市当局や議会まかせにせず、市民自身が考えるべきだという結論に至った。この発想が85年の民政移管後、ドゥトラの市政で花開くことになる。
当時、参加型予算は「貧者の救済」を第一に掲げていた。貧困層向けの集合住宅や上下水道の整備などファベーラの環境改善に優先して予算があてられた。一方で、ドゥトラはこう振り返る。「長い軍政下で、市民に『政治に参加しない文化』が根付いていた。参加の意欲をかき立てるのは容易ではなかった」
参加型予算はその後、世界的に注目され、ブラジルの他の自治体や南米諸国、欧米の都市に広がった。
しかし、「成功モデル」ともてはやされたポルトアレグレで今、参加型予算は岐路に立たされている。
地元リオグランデ・ド・スル州連邦大学教授のルシアノ・フェドッチ(59)によれば、参加型予算で約8千件の公共事業が実現したのに対し、約2300件は手つかずのままだ。原因は財源不足。ここ数年の不況で市の税収が落ち込み、昨年ついに参加型予算の仕組みそのものを凍結せざるを得なくなった。
フェドッチの調査によると、参加型予算の集会参加は1990年時点でわずか628人だったが、2002年は1万7397人に増加。ブラジル経済が冷え込んだ15年には2万661人に跳ね上がった。数字だけ見れば、課題だった住民の熱意は冷めていないように見える。しかし、フェドッチが過去数年の参加者の社会階層などを分析したところ、低所得、低学歴、アフリカ系の参加率が高い一方、中間層や富裕層が低いことが分かったという。
「貧困層が必要な対応を求めて積極的に集会に足を運ぶ一方、中間層以上に無関心が広がっている。格差社会のブラジルで公的資金の公平な分配をめざしたのに、かえって分断が進んでいる」と、フェドッチ。
それでは、参加型予算は失敗だったのか?
フェドッチは首を横に振る。「参加型予算は代表民主制と完全に置き換わるものではないが、市民の政治参加を広げるという意味で補完的な貢献はできる。民主主義に『酸素』を与えて元気にするようなものだ」
「最悪の体制」ドイツ女性の教訓 「国家が個人をコントロールするのに『少し』はありえない」
とかく民主主義は、手間と時間がかかる。そんな「面倒くさい」政治よりも、「強力な指導者」に一発解決を願おう。そんな雰囲気が広がっているように見える。
豪メルボルン大学講師のロベルト・ステファン・フォア(35)らが一昨年発表した論文が世界的に話題になった。各国研究機関が実施する「世界価値観調査」(1995~2014年)などを分析したところ、北米や西欧の成熟した民主主義国で、民主主義よりも「軍の統治が良い」「議会や選挙を顧みない強い指導者が望ましい」と考える人が増えているというのだ。
「政治家や政党が自分とかけ離れた存在になったと感じ、投票への意欲をなくしている。民主主義への反感を通り越し、失望している」と、フォア。
そして、彼によれば、日本も例外ではない。95年の世界価値観調査で「軍の統治」支持は2.5%だったのに対し、米調査機関ピュー・リサーチ・センターが昨年行った同様の調査では15%に上った。
いくつかの大学でブラジル政治を教える、神田外語大講師の舛方周一郎(※2020年4月加筆:現在は東京外国語大学特任講師)は、その傾向を肌で感じている一人だ。最近、ブラジルの軍事政権期に関する講義後、学生から提出される感想に違和感を抱くようになったという。「軍政が良いという学生は、5年前ならクラスに1人か2人だった。ところが今は、どちらかといえばも含めると、半数近くになってきた」
ブラジルでは、64年の軍事クーデターから85年の民政移管まで軍部が政治の中枢を握った。70年代前半までに「ブラジルの奇跡」と呼ばれる高度経済成長を実現。軍部が資源開発など重要な国家主導型プログラムを推進し、治安を安定させたことで海外企業の進出や融資を呼び込んだといわれる。しかし、軍政下では、反対派への拷問で多くの死者が出た。市民は集会を禁じられ、表現の自由も制限された。
当時の軍政を「軍事独裁」と呼ぶかは議論があるが、私の知る民主主義とはほど遠い。
舛方は言う。「治安が良くなり、経済成長をもたらすなら、関与する人を絞って物事を決めてもらう方が良い。学生たちは、そう考えてしまうようです」
最初に話を聞いた3年生の学生も「軍政が良い」と言っていた。「絶対的な指導者がいて、正しい道を分かっているのなら、その人に任せた方がいい」
試しに、「独裁」「いいね」などのキーワードでネット検索してみると、「ライト(軽い)独裁ならいい」「民主主義=善は思い込み」といった意見が結構多い。世界を見渡せば、最近は選挙を経ずに権力を握る独裁や軍政だけでなく、形だけ民主的に選ばれたように装う強権的な指導者も目につく。でも、本当に彼らに任せていいのか?
2月下旬、ドイツ・ベルリンに、ある女性を訪ねた。
サスキア・フォン・ブロックドルフ(80)は、ナチス独裁政権下の1937年、学生の父と秘書の母のもとに生まれた。ナチスの旗がはためく通りを制服姿の男たちが行き交う様子を思い出す。ヒトラーが選挙で権力の座に就いたことは知っていたが、民主主義とは何かは知らなかった。「それだけヒトラーが神格化され、権力が完全なものだった」
39年、第2次世界大戦が勃発。今思い返せば、大人たちが熱に浮かされているようだった。「(第1次大戦前の)帝政時代を懐かしんでいた祖父でさえ、戦況を伝えるラジオにかじりついていた」
だが、まもなく父は戦地へ。母は入院先の病院で死んだと聞かされる。実は両親がナチス抵抗運動に関わり、母はナチスに殺されたと知ったのは戦後になってからだった。生還した父は、つらい思い出から逃れるように娘を遠ざけ、一緒に暮らすことはなかった。
初めての選挙は終戦後、旧東独の共産主義政権下だった。「最初から結果は決まっていた。候補者は1人。監視され、反対すれば職を失うと分かっていた」
旧東独の大学に通っていた時、南米ペルーからの留学生と恋に落ちる。息子も授かり、70年に家族3人でペルーに移住。しかし、ここでも民主的な選挙とは縁がなかった。当時ペルーは軍事政権だった。「でもナチスや東独よりはマシだったと思う。たくさん新聞があって、いろんな意見が書いてあった」
民主的な選挙を知ったのは、73年に旧西独に移住した後だった。
今、NGO団体「時の証人の会」(約140人登録)で体験を伝えている彼女は、若者たちに諭す。「『最悪の国家体制』でずっと過ごしてきた経験から言えることは、どんなに優秀な指導者も必ず間違いを起こす。そして、国家が個人をコントロールするのに『少し』はありえない。いったん始まれば際限がなくなる」
「時の証人の会」会長のハンス・ディーター・ロベル(70)は、こう語る。「ナチスは即座に物事を決めて、一時的に経済は発展した。でも、最後は国の全てを破壊してしまった。少しぐらい時間がかかっても、民主主義の方がしあわせということなんですよ」
今、世界でなぜ、民主主義が揺らいでいるのか
北海道大学教授(政治学)の吉田徹は、「戦後政治体制の枠組みとなったリベラル・デモクラシー(自由民主主義)を支えてきた前提が崩れている」と説く。
吉田によれば、リベラル・デモクラシーを支えたのは、戦後初めて社会の多数派になった中間層だった。しかし、中間層が1980年代以降、産業構造の変化などで縮減。加えて、既成政党がエリート化して民意を十分反映できなくなったこと、先進国の緊縮政策で社会が痛めつけられたことが同時に進み、リベラル・デモクラシーの変調につながった、というのだ。
「リベラル・デモクラシーは、コミュニズムやファシズムの挑戦を受けた戦前の反省に立って、資本主義と民主主義の両立をめざした。だが、時間が経つにつれ、二つが敵対する傾向に歯止めがかからない」
世界69カ国・約14万人の調査から、英ロンドン・ビジネススクール准教授のニロ・シバナサン(39)は、「経済的な不安定さや心理的に強い不安」が人々を強権的な指導者に向かわせると分析する。
「極度の不安を感じると、人は強権的な指導者を権力の座につけたくなる。不安から逃れたい心理的欲求であり、高い教育の有無は関係ない」
日本人の自国の民主主義への評価(2017年、米ピュー・リサーチ・センター調査)
Q、現在の日本の民主政治は機能しているか?
YES 50%
NO 47%
Q、日本にとって、この政治体制は良いと思うか?
代表民主制 77%
直接民主制 65%
専門家による支配 49%
強力な指導者による支配 31%
軍部による支配 15%
民主主義って、なんだっけ? 「不完全で当然。民主主義はものすごく若い」
旅の終わりに私は、ドイツのボン大学教授、マルクス・ガブリエル(37)を訪ねた。ドイツ史上、最も若くして大学の哲学科教授に就いた天才肌の俊英は、今の民主主義の姿をどう見ているのか。
「パソコンにたとえると本質をとらえやすい。民主主義は『情報処理の一つのスタイル』であり、その最大の価値の一つが『処理スピードの遅さ』なのです」
え、パソコン? 情報処理?
虚実ない交ぜの膨大な情報が、インターネットを介して世界中を飛び交い、予測不能なきっかけで拡散する現代社会。「今こそ、すぐに対応するのを避け、逆にゆっくり考えたり、異なる視点から情報を処理したりする環境を整える民主主義が重要だ」
一方で、民主主義に欠かせない選挙は、多数派と少数派を生み出すツールになってしまったと言う。
では、どうしたらいいのか?
そこで彼は、ドイツの偉大な先人、哲学者カントの「定言命法」を引用して、こう訴える。「民主主義における多数派は常に少数派になる可能性がある。だから、多数派は自分の利益だけを考えず、自分がまるで少数派であるかのように振る舞うことを、常に忘れてはいけない」
そして、こう警告した。「民主主義とは真実の政治を得る唯一の方法だと信じています。それを諦めたら、うそやプロパガンダだらけの政治になってしまう。そんな国家は自己破壊する」
自己破壊……。民主主義とはなんと危ういものか。源流となった古代ギリシャから約2400年も経つのに。
「不完全で当然。民主主義はものすごく若い、50歳そこそこですから」
え、50歳? 私とそんなに変わらないの?
彼に言わせれば、奴隷や女性が排除されていた古代ギリシャの民主主義は、一握りの人々のために機能したに過ぎない。「民主主義が著しい進歩を遂げて、性別や社会階層などを超えて機能するようになったのは、50年ほど前から。共産主義よりも新しく、他の国家体制に比べたら『赤ん坊』も同然なのです」
日本発の携帯ゲーム機「たまごっち」を例に、彼はこう締めくくった。「大事なのは辛抱強く、優しく見守ること。まだ純粋な赤ん坊が大きく成長するまで」
旅を終えた私は、7年前にテレビで見たAKB総選挙の一場面を思い出していた。かつての「推しメン」前田敦子が、大島優子を抑えて1位に返り咲いた時、涙ながらにファンに訴えた、あの名ゼリフを。
「ひとつだけお願いがあります。私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」
おじさん、ちょっと古くありませんか、と言われそうだが、私は今あえて叫びたい。「政治のことは嫌いでも、民主主義は嫌いにならないでください」と。
多数派はおごってはいけない。そして、どんなに少数派であっても、諦めたらそこで試合終了だ。参加することに意義がある。やはり、選挙は行こう。そして、今年は挑戦してみよう、AKB総選挙にも。(文中敬称略)
イラストレーション:中村隆(なかむら・たかし)
1976年生まれ。新潟県胎内市出身。日本デザイン専門学校卒。フリーのイラストレーター。