米国の大統領選挙の日には、連邦上下院選始め、州によっても違うが、実に多くの選挙が行われる。
州議会、市議会、市長、郡議会、土壌保全区長に学区の教育委員。なかでも学区の教育委員は非常に身近な存在だ。政治の世界への第一歩としてまずは教育委員から始める人もいる。どんな人が立候補して、当選しているのか。また、地域で選挙活動を支援する人はどんな活動をしているのか。
ミネソタ州最大の都市ミネアポリスから南西に車で1時間あまり。マンケート市で教育委員を務めるリズ・ラトクリフさんは、11月の選挙で2期目に当選した。1998年以来マンケートに住み、保険関係の仕事などをしてきた。市民活動には関心が強く、2013年にミネソタ州が同性婚の州法を成立させた時などは、地域の市民団体の一員として法が成立するようにその前年に行われた住民投票の時など、電話作戦や戸別訪問をして同性婚に賛成票を投じるよう訴えて回ったこともあった。
2016年にトランプ氏が大統領選挙に当選した時には、ワシントンで行われた女性のデモ行進に参加したこともあった。
ラトクリフさんが教育に危機感を強めたのも、トランプ政権下のことだった。「ランチ・シェーミング(lunch shaming)」と呼ばれる、給食費が払えない生徒への嫌がらせやいじめを知ったことがきっかけだった。学校で給食費が払えない生徒の腕に、「私は給食費が必要です」というスタンプを押したり、リストバンドを巻かせたり、給食の盛りつけられたトレーを取り上げて捨ててしまうというようなことが起きた。
「そんな残酷なことが平気で行われるなど、トランプ政権下では、まるで人々がそういうことをしてもいいという許可や権利を得たように公然と行動していて、それに打ちのめされました。私たちの教育プログラムは白人向けにつくられていて、もっと包摂的なものが必要だと思ったんです」
立候補したが、選挙活動はフェイスブックを通じたヤードサイン(庭に立てる選挙候補者の名前を書いた看板のようなもの)の画像の提供や、同じくフェイスブック上で自分の政策を訴えたことくらい。選挙活動をするチームもなく、「自分だけです」。
電話作戦や戸別訪問は、他の候補者で行っている人はいたが、自分はしなかった。「戸別訪問は、コロナもあって怖くて。ドアの向こうにどういう人がいるかわからない。もしかして銃を持っている人がいるかもしれない。電話作戦も苦手で……」。選挙活動にかかった費用は750ドル(約11万5000円)ほどだったという。
しかし、以前から市民活動を精力的に行っていたラトクリフさんは地域で名を知られており、反トランプを掲げて、主権者教育や社会運動を行うNPO「Indivisible」の地元グループから「推薦」も受けた。定数4のところ、18人が立候補するという大激戦だったが3位で当選した。
教育委員の仕事はパートタイムであり、週10~15時間ほどだという。ラトクリフさんも別にネットストラテジストの仕事をしている。教育委員の仕事としては、学校を訪問して問題を聞き、学校教育の戦略作りなどを行ってきた。「多様性、平等性、包摂の問題について議論する委員会、環境について議論する「サステナビリティ(持続可能性)」の委員会も作りました」
2期目の立候補を決めたのは「せっかくいい仕事をしたのに、それを後退させたくなかったから」。今回も静かな選挙戦だったが、前回同様「Indivisible」ともう一つのNPOから「推薦」を受け、さらに教育委員になりたい人にトレーニングや情報提供を行うNPO「School Board Integrity Project」からは「優(distinction)」の評価を受けた。今回はNPOが主催する候補者を招いての討論会があり、登壇した。2位で無事当選した。
ヤードサインは気軽な選挙活動だ。選挙が近くなると、文字どおり庭にヤードサインを立てている家をよく見かける。陣営でも配っているし、手作りのものもある。
ミネアポリス近郊に住むキャット・ダラガーさんは、選挙の季節になると支持する陣営からもらってきたヤードサインを自分の庭に立てる。加えて、ヤードサインを立ててもよい、という人がいると配っていた。「大統領選候補者や、地元選出の連邦議員や州議のヤードサインを車のトランクの中にいつもいれていました。今回の選挙は立てていたヤードサインが盗まれることが多くて……」
今回の大統領選では、「投票したいが、投票所まで遠い」という人を政党の依頼で投票所まで車で送迎するサービスもボランティアで行った。送迎が必要な人が政党の地域支部に申し込むと、ダラガーさんに連絡が来る。「ただし、車の中では選挙のことは一切話してはいけないとのことで、政治も選挙のことも話しません。だからその政党の支持者かどうかだったかも実はわからないんです。でも、投票率が上がるのはいいことだと思って」。2人を送迎したという。