――オーストラリアは投票が義務になってから今年で100年です。なぜそもそも投票が義務になったんでしょうか。
その頃、投票率がだんだん落ちてきて、6割を切るような状況になっていました。当時は、今の自由党の源流である保守系のナショナリスト党を中心とした連立政権でした。もう一つの大政党である労働党は労働組合という支援組織があり、組織力で動員をかけることが可能です。ナショナリスト党のほうにはそういった支持基盤がないので、自分たちに不利にならないように投票を義務化したのが始まりです。
――理念としてというよりも党利党略で始まったのですね。順位付け投票は、投票の義務化よりも歴史が古いそうですね。
こちらも始まりは党利党略でした。オーストラリアには保守(今は自由党と国民党の連合)と中道左派の(同じく労働党)の二大政党の伝統がありますが、1910年代の終わりに農村を基盤とした地方党という政党が出来た。これが反労働党の政党だったため、保守系の政党の中で票を食い合うという事態になりました。それで、労働党が勝つ選挙区が現れた。保守票の分裂がなければ保守側が楽に勝てる選挙区でこれはまずいとなったわけです。労働党に漁夫の利を与えず、かつ保守系の政党も複数存在できるようにと順位付け投票制度が始まりました。
ずっと労働党に不利に作用していたんですが、1980年代から民主党や緑の党など、労働党に近い他の政党が出てきました。リベラルの側でも票を取り合わず、複数の党が共存するようになりました。
――小選挙区制をとっていても、小政党は生き残れるわけですね。
そうです。たとえ1位票でトップをとれなくても、第2位、第3位をつけられるので、それらを加算できる。単純小選挙区に比べて小政党が勝つ可能性が出てくる。実際に、大政党の候補に小政党や無所属の候補が勝ったこともあります。たとえば2019年の連邦下院選で、首相経験のあるトニー・アボットさんが、弁護士で長野五輪の銅メダリストであり、無所属の女性のザリ・ステガルさんに敗北しました。
――それにしても、順位付け投票は複雑に思えます。
でも、日本の手書きで氏名を書く仕組みは、障がいのある人やケガをしている人、これから増えるであろう外国出身の人には優しい制度ではないのでは。
小選挙区制でも、比例でも、日本のように1人だけを選ぶより、有権者にとって選択肢が広がります。小選挙区制で優先順位付け投票になれば、政党間で候補者調整を無理にやらなくてもよくなる。
たとえば野党が同じ選挙区から多数出ることで与党候補が過半数を取れないようにし、野党間でお互いに2位をつけて、そう有権者に投票するように訴えることで共闘できる。同じように、自民党も公明党と2位を付け合うことで合意すれば、「比例は公明党に」と訴えなくてもよくなるのでは。与野党ともに候補者調整で不毛な議論や無駄なエネルギーを使う必要がなくなります。
――オーストラリアは他にも、州議会選挙でどの投票所からも投票でき、ドライブスルー投票、郵便投票も可能など、できるだけ有権者が投票しやすいよう配慮しているようにみえます。
郵便投票も、投票日から2週間以内に到着したものまでカウントします。だから海外から郵便投票できる。在外の大使館は本国と同じ日に投票をしています。それからその票を本国に送ります。
――投票日に投票所でソーセージを焼いて売る「デモクラシーソーセージ」も楽しいイベントに見えました。
デモクラシーソーセージ、大賛成です。選挙に行くことが楽しいと感じられるようになれば投票率も上がるんじゃないかと思います。日本だったらなんだろうな、焼きそばかな、お好み焼きかな、など考えています。