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「世界最大の民主主義国」インドの総選挙 その仕組みは?ジャングルや山奥にも投票所

World Now 更新日: 公開日:
投票所が設置されたインド北部カシミール地方スリナガルの湖
投票所が設置されたインド北部カシミール地方スリナガルの湖=2024年5月13日、石原孝撮影

「湖の真ん中にも投票所があるんだ。行ってみるかい?」

5月中旬、北部カシミール地方の都市スリナガルで取材していると、地元の役人が教えてくれた。

手こぎのボートに乗せてもらい、10分ほど揺られて小島に到着。トタンで覆われた建物に選挙管理委員会の職員らが机を並べていた。

インド北部カシミール地方のスリナガルで2024年5月13日、総選挙のために湖の中にある小島に設置された投票所
インド北部カシミール地方のスリナガルで2024年5月13日、総選挙のために湖の中にある小島に設置された投票所=石原孝撮影

テロの危険性もある街とあって、銃を持った治安部隊が周囲を警戒している。「湖の投票所」には有権者がなかなか来ない。誰かがボートに乗って来たと思ったら、観光客や報道関係者だった。

有権者の住まいから2キロ以内に投票所

インドには、有権者の住むところから2キロ以内に投票所を設置するという指針があり、今回設置された約100万カ所もの投票所の中には、標高4650メートルの山間部やジャングル、砂漠地帯もあった。

選挙スタッフや治安部隊は、時に飛行機やヘリコプターでこうした場所に向かう。投票が4~6月に地域ごとに7回に分けて行われたのも、彼らの準備や移動を確保するためだ。

候補者数は8000人超に上り、1人しか当選できないのに50人以上が立候補した選挙区もあった。選挙費用は約2兆円と試算されている。

一人でも多くの有権者に参加してもらおうと、独自の工夫も凝らす。

インド北部カシミール地方のスリナガルで2024年5月13日、総選挙用の電子投票機のデモ機を見せて使い方を説明する選管職員
インド北部カシミール地方のスリナガルで2024年5月13日、総選挙用の電子投票機のデモ機を見せて使い方を説明する選管職員=石原孝撮影

日本と大きく違うのは、電子投票機の利用だ。ピアノの鍵盤のような形をしており、出馬した候補者や政党の名前のほか、ハスの花や手のひらといった政党ごとに決められたシンボルマークも記されている。有権者が希望する候補者のボタンを押すと、それがデータとして蓄積される仕組みだ。

投票には1カ月半かかる一方で、電子投票機のおかげで開票作業は1日で済む。デモ機を見せてくれた選管職員は、「読み書きができない人もいるから、シンボルマークが目印になる」と語った。ちなみに、「ボタンを押し間違えてしまったらどうするんだ?」と聞くと、「後戻りはできないから、慎重にやるしかない」とのことだった。

投票すると「民主主義割引」も

各企業や飲食店なども投票率アップに協力する。有権者は、投票したという証しとして紫色のインクを指の爪につけてもらう。地元メディアによると、インクを見せると2割引きの「民主主義割引」が受けられる飲食店や、会員向けに5割引きの特典を用意した美容院もあった。こうした努力もあり、今回の選挙の投票率は65.79%を記録した。

インド北部カシミール地方のスリナガルで2024年5月13日、総選挙の投票に訪れる有権者ら
インド北部カシミール地方のスリナガルで2024年5月13日、総選挙の投票に訪れる有権者ら=石原孝撮影

数として多くはないが、候補者が複数の選挙区から出馬できるのも特徴だ。インド各地で政策を訴える機会を増やすために設けられたと言われ、今回は最大野党国民会議派を率いるラフル・ガンジー氏が二つの選挙区から出馬。いずれも当選したため、空席になるほうの選挙区は11月に補欠選挙がおこなわれた。

総選挙の結果は、モディ首相が率いる与党インド人民党(BJP)が543議席のうち最多の240議席を獲得し、勝利した。ただ、格差や失業といった課題も少なくない。スリナガルに住む自営業のムハンマド・サヒードさん(40)は「一部の人だけさらに裕福になり、多くの住民はインフレの影響もあって生活苦のままだ」と訴えた。こうした住民の不満も影響してか、BJPは前回から63議席を減らし、単独で過半数を維持できなかった。

インドの首都ニューデリー近郊で2024年5月18日、総選挙の集会に集まった支持者ら
インドの首都ニューデリー近郊で2024年5月18日、総選挙の集会に集まった支持者ら=石原孝撮影

インド政府は長年、非暴力による独立や民主化を訴えたマハトマ・ガンジーをたたえ、「世界最大の民主主義国」と主張してきた。選管委員長のラジブ・クマール氏も選挙前、「民主主義の祭典は国の誇り。多くの有権者に参加してほしい」と訴えた。

一方、2014年に始まったモディ政権下で野党側への弾圧が進み、少数派のイスラム教徒の権利や報道の自由が侵害されてきたとの指摘もある。それだけに、民主的な選挙の実施は、欧米や日本といった国との親和性の高さをアピールする絶好の機会でもあった。