自分の住む市が予算案を市民から公募しているらしい。子どもの遊び場が近くにあればいいと思っていたから、応募してみようか。
市の指定するウェブサイトに登録、ログインして、「この地域に、滑り台や砂場を備えた清潔で安全な子どもの遊び場がほしい」と書き込んだ。数日たって、再びログインしてみると、「身体の不自由な子どもでも遊べるように配慮がほしい」などのコメントがついていた。
やがてデジタル上で投票が行われると、賛成が多く寄せられて、予算項目のひとつに選ばれた。工事が始まると、どこまで進んだかもパーセントでデジタル画面に表示されていく――。
市民が参加する民主主義にITを活用する。
スペイン発祥のデジタルプラットフォーム「デシディム」を使うイメージは、こんなぐあいだ。「デシディム」はスペイン北東部カタルーニャ地方のカタルーニャ語で、「私たちで決める」を意味する。
デシディムは、2015年にバルセロナ市でアダ・コラウ市長が就任したことに始まる。スペインの自治体では、新しい首長は就任直後に、任期の4年間ですることの行動計画を作ることが多い。その計画作成にあたり、市民が提案をしやすくするために考案された。
専用のウェブサイトがあり、提案を受け付けるほか、市民による「投票」や「議論」などの機能がある。それぞれの機能を個別にも、組み合わせても使える。
「(行動計画には)9000件を超える提案があり、とてもうまくいきました」と開発責任者のカロリーナ・ロメロさん。開発にあたって市は200万ユーロ(約3億1500万円)を投資した。
2020年には、市民参加予算の提案をデシディムで募った。3000万ユーロ(約47億円)分で市の予算の1.25%にあたる。1980ほどの提案があり、デシディム上での市民の投票で76のプロジェクトを決めた。進捗状況はサイトで見られ、完成までに何パーセント進んでいるかわかる。「透明性と市民への説明が重要だから」とロメロさん。
市内を歩くと、「市民参加予算」というロゴと、シャベルのマークがついた黄色い横断幕が現れる。バスケットボールコートや遊具施設、建設中のクリケット場などで、市民参加予算でできたものだ。コラウは市長を2期務めて今年退任したが、新市長も、デシディムを利用すると表明。市民参加予算も行うという。
政策を議論し、決めるのは本来、市議の仕事だ。市民がITツールを活用しながら、市の予算や計画に参加することを彼らはどう考えるのか。
「民主主義とは、選挙で投票してもらうだけではない。深化させるために市民の参加は必要」と市議のマルク・セラさん(36)。弁護士で、住宅や移民問題の運動にかかわった経験を持つ。ただ、ほかの市議からは「市民に決めさせるなんて。自分たちで決めるべきだ」と批判も上がったという。
ロメロさんは2017年、どこでもデシディムを使えるようにとプログラムのコードをオープンソースにした。「コロナ禍ですごく広がりました」。参加者はいま欧州、米国、日本、南米など30カ国・地域の92万人以上に上る。リアルの集会や説明会と組み合わせて使う例が多いという。
フィンランドのヘルシンキ市では2018年から市民参加予算のために使われ、欧州委員会では、2021〜22年に「気候変動と環境」「健康」「世界の中のEU」など10の項目でアイデアを受け付けた。ブラジルでは現在、ルラ大統領の主導で国の計画作りに利用されている。