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北欧を参考にして若者の投票率をあげるには? 都知事選を前に考えてみた

ノルウェー通信
スウェーデンの国政選挙で、各政党をまわって政策の質問をする若者たち 撮影;あぶみあさき

5月に『北欧の幸せな社会のつくり方 10代からの政治と選挙』(あぶみあさき著/かもがわ出版)を発売した。デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの4か国を数年間に渡り現地で取材し、150枚以上のカラー写真付きでまとめたものだ。

「北欧」を理想化することが好きではない私でさえも、何年も現地で取材して、今言えることがある。

政治を楽しく、わくわくするものにすることは可能。
若い人がもっと気楽に政治に参加する社会にすることは可能。
そうすれば、投票率も勝手に上がる。

著書でも紹介しているが、北欧では選挙期間中に政党が飲食物や文房具を市民に無料配布することができる。日本では規制があるから同じことはできないだろう。でも、なにかを無料配布しなくても選挙活動は楽しめるし、ほかの手段で政治をわくわくするものにはできる。

デンマークでは、他の北欧の国のように無料配布や選挙小屋がずらりと並ぶカルチャーがそれほど浸透していない。でも投票率は高い。「どうして?」と現地の市民に聞くと、「普段から政治の話はしているから、この時期にあえて政策の質問をする必要がない」という答えが返ってきたこともある。これは大事なヒントだ。

日本で政治をわくわくするものにして、若い人の政治参加をあげるためには、「私が今まで取材してきた北欧現地の人たちなら、どうするかな?」という視点で、もんもんと考えてみた。

若者の投票率を選挙の時だけのネタにしない

ノルウェー労働党の青年部の集まり。どこの国でも青年部と母党の政策は異なっており、若者が望む政策を大人に届けるのが彼らの役目 撮影:あぶみあさき

日本では若者の投票率アップが話題になるのは、選挙の時だけ。それ以外では話題になることがほとんどない。北欧のように日常的に政治を「おしゃべり」するくらいの気軽さに落とし込んで、普段からもっとみんなで政治の話をすれば、自然と投票率のアップにつながる。

食卓で親が政治のおしゃべりをする

私は取材中にいつも、子どもの頃の家庭事情を聞くのだが、「親が夕食のテーブルで政治の話をよくしていた」エピソードは高い確率で出てくる。子どもに何か教えようという態度でしているのではなく、親が政治の話を日常的にしている姿をただ見ているだけで子どもの政治的関心が高まる効果はある。

グレタさんやフィンランド首相を、個人ではなく社会レベルで考える

デンマーク国政選挙の期間中、駅周辺で政党の公約パンフレットを植物の種と一緒に配布する若い党員 撮影:あぶみあさき

なにかが起きていることに個人レベルではなく、社会レベルで考える癖をつけるのも北欧ならではだろう。スウェーデンのグレタさんが日本で話題になり始めた時、日本のメディアからとんちんかんな質問がきて、私は当惑した。

「少女がなぜあんなにパワーをもてるのか、背景に怪しい組織がいて、大人たちに利用されているのではないか。利用されていると誰がグレタさんに教えてあげるのか」とか。

日本では一人の政治家が権力を握って暴走することがよくあるのか(?)、何かが起きている時に個人レベルで考える事が多いようだ。こう考えてみたらどうだろう。

グレタさんを社会構造のレベル考える

グレタさんの個性をアスペルガー障害につなげるのではなく、欧米で気候危機を心配する若者の代表という捉え方(民主主義)や、スウェーデンの「若者を大事にする土壌」、女性の声が既得権益のある人々(男性など)に埋もれないように押し上げる社会などについて考えてみる

フィンランド首相を社会構造レベルで考える

彼女の経歴ばかりを並べるのではなく、フィンランドとはどういう社会かを考える。年齢や性別に限らずに、才能とやる気のある人にチャンスを与える風潮、国会に女性議員を増やす努力をしてきた歴史の積み重ねなど。

これは、別記事「女性リーダーがコロナを抑え込む」というニュースの違和感」に詳しく書いた。

誰かが何かをしたときに、社会構造レベルで考える

事件が起きても犯人ひとりの異常性に着目するのではなく、そういう人を生んだ社会の問題を考える。

この目線を癖にしていると、北欧で若者の活躍が目覚ましい背景も意外なことではなくなるし、議論や話し合いをする際に役立つテクニックにもなる。

「パーソナルに捉えない」テクニックを身に着ける

著書の感想で、「パーソナル(個人的)に捉えない」テクニックを紹介した項目が気になった人は予想以上に多いようだった。簡単に説明すると、議論しているテーマと個人を切り分けるというもの。目の前の人と意見は違っても「あなたを否定している」わけでもないし、個人攻撃でもない。「あの人とは考えが違うから、もうあまり会いたくない、嫌だ、嫌いだ」になるのはもったいない。議論が終わったら「ありがとう」と握手して、自分とは違う考えを共有してくれた人に感謝して、その後は一緒にごはんを食べれる関係のほうがいいでしょう、という考え方。

このテクニックが社会全体に身についていないと、そもそも政治の話はしにくい、ケンカもしやすいし、怒りやすくなるし、外国人との恋愛やビジネス交渉にもヒビが入るだろうし、若者だけではなく大人も政治の話を面倒だと思うだろう。

例えば、私が何度でも言いたいのは「おじさんばかりの光景を北欧では民主的とはいわない」こと。これを聞いて「フェミニストが」とかちんとくる人もいるだろう(私にとってこれは誉め言葉だが)。でも、私はあなたという個人を知らない。「おじさん」と呼ばれそうなあなたや男性議員ひとりひとりを否定しているわけでもない。私がしているのは社会システムの話だ。今、話しているケース・出来事・現象と、個人を切り分けるテクニックをふと忘れていると、自分の存在が否定されていると自己肯定感が低くなったり、イライラしやすくなったりする。自分も相手も心が疲労してしまう。リーダーが批判をなんでもパーソナルに捉える人だったら、企業でも政治の現場でもなにかを改善するのは難しいだろう。

北欧ではパーソナルに捉えないテクニックを小さい頃から日常生活で学んでいて、一度聞いただけで「なるほど」と体得できるものではない。北欧現地の人も私も「あ、パーソナルに捉えちゃった」と今でも気づく日々だ。心に留めておくだけで、議論もしやすくなるし、メンタルヘルス悪化も防げるし、別の国の人とのコミュニケーションもよりよくなる。このテクニックをもうちょっと社会に浸透させることができれば、日本の若者も政治の話をしやすくなるだろう。

民主主義という言葉を口癖にする

テーマに限らず、北欧の人々を取材していると誰もがどこかで「だって、それが民主主義だから」と口にする。民主主義を物差しにする習慣があると、社会はより良い方向へと向かう。「今、目の前で起きていることは民主的か?」を問う癖をつける。「SNSで誹謗中傷やきつい言葉を書き込む人がいることで、発言をしたがらない人が出てくる。それは民主的か?」「トークショーの舞台に座っている人が特定の年齢、社会層、性別の人ばかり。目の前の光景は民主的か?」「たくさんの抗議の声がSNSで上がり、著名が集まっても動かない政治家。組合の声や署名を政治家がスルーするのは民主的か?」など。民主的かどうかで考えたら、今の日本の社会のなにがおかしいか、気づきやすくなる。若者が政治に関わろうとしないとしたら、社会のどこかが民主的に機能していないと無意識に感じているからかも?

毎日のニュースを学校の授業で取り上げる

昨日のニュース番組や新聞記事を話し合う時間を教育現場で設ける。正しい一つの答えにたどり着くことは目的ではない。うーんうーんと、脳に刺激を与えて、考える行為そのものが大事。いろいろな考えがあることを知り、話し合う・自分で考えるスキルを磨く。たまには政治家が説明に来たっていい。その時は、複数の政党の代表を招く(1政党だけだと違いがわからないし、民主的ではない)。資料にするニュース素材は、メディアリテラシーを磨くためにも、複数の新聞記事を比較する。

日本の学校でそんなことはできない? なぜできないのだろう?学校でそういう話を普段からせずに、選挙の時だけ若者に「投票に行け」だなんて、おかしな話だ。

国際ニュースを自分事に落とし込む

大人と政治家に気候危機対策を訴えるノルウェーの子どもたち 撮影:あぶみあさき

「アメリカの大統領が女性を軽視する発言をすると、私たちの暮らしにどのような影響を及ぼすだろう?」「なぜグレタさんは注目を浴びているのか、日本で同じ規模の動きはあるか」。教室で話し合う。他国で起きていることは自分の国や自分にどのような影響を与えるかを考える。その時に国外のニュースに触れていれば英語で聞くことも増えるので、語学力アップも同時に期待できる。

各政党の学校政策に注目する、議論や決定のテーブルに若者も座っている

北欧で若者が政治に積極的な背景には、若者が当事者として学校政策づくりに関わっていることも挙げられる。給食費、貧困家庭の支援、デジタル格差を減らすための対策、奨学金、学生寮の建設、いじめ問題、SNSやネットハラスメント問題、メンタルヘルス対策など、子どもや若者に影響が及ぶ議論や政策づくりには、当事者である子どもたちも意見を述べ、決定のテーブルに一緒に座っている。選挙の時には学校政策を政治家が若者に向かって説明、各政党の青年部は検討した学校政策を母党に伝える役割を持つ。そして、若者の声を拾い、各政党の学校政策をわかりやすくニュースにするのはメディアの責任だ。

「●●県といえば若者の投票率ナンバーワンだよね」を目標にする

なんだか無理そうな目標にどうやって取り組むか?北欧らしい手順でいくなら、まずは「●●県といえば若者の投票率が高いよね」と認知されるまでに投票率をあげることを、県全体の目標にする。よくあるのは、議会で目標として掲げる→メディア、学校、議会、各政党、個人などがそれぞれ動き始める。「そんなこと無理だよ」という人がいたっていい。それでも心のスイッチが入る人は出てくる。ちなみに北欧が環境や気候危機対策取り組むときも、この手順を踏むのが当たり前。政府や自治体の議会、政党が目標をまずは掲げちゃう。「世界初の、全国初、全国ナンバーワンの●●になるぞ!」。この傾向を私は最初は冷めた目で見ていたが、そのやり方に効果があることをこれまで何度も見せつけられた。
一例:Yahoo!ニュース個人「CO2を数値化するオスロ気候予算が、街や企業のやる気を加速?」

フィンランドでのEU議会選挙前に、投票に行くことを呼び掛けるキャンペーンを高校生たちが授業で考えて実行 撮影:あぶみあさき

性教育、ジェンダー平等学、差別や偏見、子どもの権利とはなにかを学ぶ

ジェンダー平等、言葉を変えて女性学、男性学、フェミニズム学でもいい。若者が政治に参加しやすい社会を目指すなら、ひとりひとりの大学での専攻科目・職業などの社会の属性に限らず、だれもが平等や偏見について学んだほうがいい。偏見や差別を一切しない人なんて、いないと私は思っている。

ノルウェーでは教育を通じてこれらを学ぶ機会が組み込まれている。どの科目を選考していてもどこかで教えられるし、自分で考える機会を与えられる。北欧レベルで学ぶ習慣があれば、今の日本社会で起きているおかしなことにもっと気づけるし、自分の無知にはっと気づいて考えを改めることもできる。子どもの権利とは何かも学び直したほうがいいかもしれない。そもそも私たちは、日本でそのことを学校で学んだだろうか?

小さい成功体験をもっと積める社会にする

フィンランド国政選挙で盛り上がる首都ヘルシンキ。市民はボランティアで応援したい政党にかけつけ、投票をよびかける 撮影:あぶみあさき

若者が政治参加に乗り気にならないとしたら、自分が動くことで社会を変えられるという実感がないからかもしれない。自分一人では何かを変えることはできない、社会で起きている「もやもや」や政治には直面しないほうが楽、それが自分を守るための手段。日本にはそう考えている人が多いのではないだろうか。

北欧の現地で社会を変えたという成功体験がある人を大量に目にしてきたので、私の価値観はかなり変わった。このような社会であれば、自己肯定感も市民のウェルビーイングもあがるだろう。北欧が幸福度調査でトップになる評価項目のひとつには、「自分のことは自分で決める」ことがある。

でも、空気は変えていくことができる。新型コロナの渦の中でも、声をあげて、変わったこともあっただろう。少しずつ変えていけばいい。黙っていたら何も変わらない。メディア関係者には、もっともっと若者の声を拾ってほしい。マイクを若者に向けてその声を聞こうとする姿勢を大人が見せるだけでも、若者の意識はだいぶ変わる。若者により影響力を与えるのか奪うのか、報道機関には選ぶことができる。

力がある人が弱い立場の人にする抑圧テクニックを学ぶ

ノルウェーでは議論の際に強い立場にいる人が弱い人にする言動を抑圧テクニックと呼び、その傾向と対策を認識しようという習慣がある。何か言われても、「あ、この人は抑圧テクニックを使っているな」と気づくことができれば、心を打ち砕かれなくてすむ。ノルウェーでは権力者が抑圧テクニックを弱者に使うと、メディアが指摘して批判することもある。政治の議論をする時、大人は若者に抑圧テクニックを使うことがあるので、各政党の青年部や青年団体の勉強会では「抑圧テクニックをされたら、こう切り返せ!」という研修が行われることもよくある。
詳しくはYahoo!ニュース個人「女性は自信をもって議論を 技を磨き、抑圧テクニックを知ろう」

SNSで言葉の暴力が放置されている現状を考える

社会変化を起こすのにネットは必要不可欠な時代。でも、言葉の暴力が放置されたままでは、若い人や弱い立場にいる人が議論の場からどんどん遠ざかってしまう。ネット時代にうまれた言葉の暴力によるデメリットに、例えばノルウェーの報道機関や政治家の反応は早かった。時には政治家や記者が言葉の暴力をする人に電話をかけることもある、コメントを消すこともあるし、記者らがコメント欄で直接読者に説教をすることもあるし、コメント欄を廃止する場合もある。言論や表現の自由といって放置する傾向のある日本よりも厳しい姿勢だ。

初投票の日は親も一緒に選挙会場に行く

スウェーデンの国政選挙で投票会場に一緒に来たお父さんと息子 撮影:あぶみあさき

スウェーデンなどの各国では投票会場に「家族で行くのが恒例」というパターンがよくある。まだ選挙権がない未成年も付いて行き、いつか自分もする投票の仕方を学び、現場の空気を感じる。初めて投票する年に、親がその重要性を語ったり、可能なら一緒に投票会場にいくことが、もっと普通になったらどうだろう。

「社会への影響の与え方」を学ぶ

「どうしたら社会が政治を変えるプロセスに携われるか」を学ぶ機会をもっと増やしたらどうだろうか。ノルウェー語で「どうやって 影響」と検索するだけで、国会、青年団体、労働組合、政党など、たくさんの機関が力の行使の仕方を教えてくれる。

デンマーク国政選挙の際に、保育士の数を増やしてと市民も子どもも抗議デモ 撮影:あぶみあさき

では、ここで私が今読んでいるノルウェー語の本『政治と民主主義』(Politikk og demokrati. En innføring i stats- og kommunalkunnskap)から一例。

「政治に非直接的な影響力を持ちたいなら、政党の党員になる、組合や団体に属することで政府予算案の決定に影響を与える、デモ参加、メディアを使う、政治家にメール・電話する、投票する」

ノルウェー国会の公式HP 「どうやったら私は影響力を行使できるの?」には、「投票する。政治家にメール・電話・SNSで連絡をする、デモ参加、政党に所属する、どこかの団体メンバーになる、新聞・テレビ・ラジオ・デジタルメディアというメディアは民主主義の一部なのでニュースに取り上げてもらう」とある。国会がデモをうながしているのはノルウェーらしいかもしれない。

考えると他にも出てくるが、まずはここで筆をおく。このような目線で転換してみると、北欧モデルというものには利用価値がある。ちょっとしたインスピレーションをもらって、日本式にアレンジしてみるのはどうだろうか。

 都知事選がいよいよ迫っている。ノルウェー在住の私には選挙権はないが、投票できるチャンスがある人をうらやましく思う。都知事選が終わった後も、また別の選挙がいずれくる。無関心でいるのではなく、政治に関わって、社会を決める決定のテーブルに自分も座ろうではないか。北欧はそうして、いつのまにか幸福度が世界的にとても高い国になった。私が北欧を12年間取材してきて言えること。「政治を楽しむことは可能で、幸せな社会は、自分たちでつくることができる」

Photo&Text: Asaki Abumi