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老後の心配は無用! ノルウェーの高齢者施設

ノルウェー通信

世界の幸福度調査で上位の常連を占める北欧各国。数ある理由のひとつに、「老後の生活をさほど心配せずともよい」充実の福祉制度がある。

今回訪れたのは、西部フィヨルド地帯、クヴァム自治体にある高齢者施設。

果樹園と絶景5大フィヨルドのひとつである、「ハルダンゲルフィヨルド」に囲まれている地域にある。明治学院大学社会福祉学科の学生30人と一緒に、地元の高齢者の方々が利用しているサービスを視察した。

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ノルウェーでは、老後はできる限り長い間、「自宅で過ごす」という考えが根付いている。

また、日本と違い、高齢者の介護をするのは子どもや家族ではなく、政府・政治家・自治体が法的な責任を負っている。

サポート体制は自治体ごとにも異なる。そのため、4年ごとに行われる国政選挙や統一地方選挙では、各政党の福祉制度も大きな議論の的だ。高い税金を払っているからこそ、「政治家には、しっかり仕事をしてもらわないと」という強い思いがある。

自宅で過ごせる間は、看護師や理学療法士などが訪問し、医療的なケアを含む介護を担う。医師によって「明らかに一人で生活することが困難」と判断された場合は、高齢者施設に入居する。

在宅介護にも課題はある。今後、移民や難民の高齢化で、ノルウェー語や英語が話せない人が増えることが予想されている。介護に通訳が必要になり、そのための自治体の財政的な負担も増す。クヴァム自治体では、通訳を現場に呼ぶ余裕はないため、タブレットなどを使用した遠隔通訳サポートを導入している。

自宅で過ごすことが困難になった時、選択肢として次にある住み場所は、「オムソルグスボーリグ」(omsorgsbolig)と呼ばれる高齢者のための建物だ(写真下)。いわゆる24時間の医療サポート付きマンションで、「自宅での独り暮らしはもう困難、でも、老人ホームまでに行くほどではない」という人のための住居だ。今回の訪問先の一つでもある。

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高齢者のための介護サポートがあるアパート

「トローハイメン」という名前の建物では、1階と2階にそれぞれ8部屋あり、16人の高齢者が長期滞在中だった。

こちらの住居では、家賃は月に7400ノルウェークローネ(約10万円)。食費と医療費は別だ。

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月に10万円という金額は、ノルウェーで働いてきた人にとっては、「高い」というわけではない。むしろ、24時間のサポートがあるため、「安い」と感じる人もいる。全国各地にあるオムソルグスボーリグの多くは、自治体によって運営されている。

だが、入りたい時に誰でも入れるわけではない。医療面で確実にサポートが必要という医師からの診断が必要だ。

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この10万円に含まれるサービスには、美容院、フットセラピー、理学療法、無料の歯科治療(ノルウェーでは歯科治療は通常は保険がきかず、高額)、近所の幼稚園(保育園)から子どもたちの訪問、映画鑑賞などが含まれる。

1階にある共有キッチンでは、朝食と昼食は自分で作ることが可能。夕食は提供される。

共有のキッチンとリビングには、ベランダもついていた。ベランダで日光浴をしていたのは2人のおばあちゃん。

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日本からの大学生の訪問に、住居者の方々は喜んでいた。

男性が部屋を見せてくれた。写真下は、彼の一人部屋だ。

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認知症のための老人ホーム

その建物から徒歩2分のところにある「オイステセヘイメン館」は、老人ホーム(sykehjem)となっている。認知症の方々が長期的に暮らしている。

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老人ホームは、自宅やオムソルグスボーリグに暮らす人々に比べ、健康に不安があり、さらなるサポートが必要な人が入る「施設」だ。こちらも医師からの診断がないと入居はできない。

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リラックスして滞在できるように、ノスタルジックな気持ちになる「昔ながらのノルウェー」を意識したデザインの家具や絵画が設置されていた。まるで、ヴィンテージショップや蚤の市を歩いているかのような気分になった。

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私たちが入室した際、現場の責任者は、ドアをさっと別の仕切りで隠した。「ドアを見ると、家に帰りたいと思う人がでてくる」だからだそうだ。

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床や壁など、至る所に明るい色を使用し、入居者が色で判別して生活しやすいように工夫を施していた。

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24時間、介護・医療サービスを受けることができ、年金の75~85%を支払うことで入居が可能(食費や医療費を含む)。例えば、年に20万ノルウェークローネの年金をもらっている人なら、長期間滞在の施設では、毎月およそ1万3000ノルウェークローネを支払うことになる。

この施設に入れるかどうかの審査基準は、個人の経済的な背景ではなく、医療サポートが必要かどうかによる。だからこそ、国は、国の負担が大きくなりすぎないためにも、自力で生活できる間は、ぎりぎりまで自宅で生活してもらおうとする。本当に自分で自分の世話ができなくなった、人生の最後の段階で入居することができるのが、老人ホームという施設だ。

オムソルグスボーリグでは入居者の方々と問題なく日常会話をすることができたが、老人ホームの認知症の方々の階では、会話は困難だった。

個人の経済状況に関係なく利用できる福祉制度

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施設の共有キッチンの窓から見える、フィヨルド

この福祉制度は、滞在許可証を持っている人なら誰でも利用することができる。お金持ちでも、貧困状態で税金をあまり納めず、社会保障制度に以前から頼っていた人でも受けることができるサービスだ。これは不公平か。意見は様々だろう。

ノルウェーは社会主義的な傾向があり、民営化を好まず、お金があれば、よりよい私立の幼稚園や高齢者施設に入れる、という仕組みを極端に嫌う。そのため、老人ホームでも、お金があればあるほど、豪華な施設に入れるわけではない。収入にかかわらず、みんなが同じようなレベルの高齢者施設に入ることになる。

ノルウェーでは裕福な人はあまり得をしない社会ともいえる。「金持ち税」といわれる税金もあり、稼ぐ人ほど税金を払う。自分の銀行口座にお金をたっぷり貯めたいなら、日本のような国のほうがいいわけだ。

一方、北欧各国は、スウェーデンを除いて政権が右傾化し、移民の受け入れに特に厳しいとされるポピュリスト政党の言動が目立っている。その背景には、移民や難民の増加によって、世界的に有名なこの福祉制度が崩れるのではないか、という人々の漠然とした不安があることは否めない。

将来をあまり心配しなくていいという安心感

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こちらの施設には、同じ敷地内に救急車などの医療設備も配備されていた

「病気や老後をあまり心配しなくていい」ということは、私たちが思っている以上に精神面に大きな影響を及ぼす。

大きな手術をすることになったとしても、ほぼ無料。老後の責任は、個人ではなく政治家にある。こうした経済的な安心感がなければ、個人の考え方や暮らし方には、知らず知らずのうちに、できないことや我慢が増え、心配事やストレスが積もってしまう。

税金を多く払う対価が、大きな不安のない将来、親の介護のことを心配しなくていい家族、経済的に貧しい家庭でも、無料で大きな手術を受け、出産できる安心感なのだ。

例えば、経済面で夫に頼っていた妻が、老後、突然離婚したとする。それでも、もし、彼女が病気になれば、無料で手術を受けられ、医師から診断がでれば、老人ホームに入ることは可能だ。例え、彼女が仕事をせずに税金を納めていなかったとしてもだ。

「だから、ノルウェーの人は老後に対して、見えない漠然とした大きな不安はもっていない」と語ったのは、クヴァム自治体の国民保健の担当者、レイドゥン・ショルソスさん。

「ここにいて、不満はないよ」と、オムソルグスボーリグで話したおじいちゃんが、にっこりと笑っていたのを思い出した。

もちろん、ノルウェーの福祉制度は完ぺきではなく、不便な点もある。それでも、将来に大きな不安がないという社会は、人々に心の安定をもたらす。

「私の老後に、子どもたちが責任感を感じ、心配する必要はない」

老後に不安がないということは、どういうことなのだろう。このことがずっと引っかかっていた筆者は、その後、オスロの別の取材先で、とある男性に話を聞いた。

リハビリテーションの国際団体で働くモンスバッケンさん。筆者が、クヴァムでの体験を話すと、彼もこう言った。

「私は今、年金で生活しているけれど、大きな不満はない。日本でのように、子どもが親の老後に責任感をもち、心配する必要もない。私の介護を、長男や、長男の家族が心配することもない。私のことは、私が決める。もちろん、子どもが私のことを気にかけてくれたら、それは嬉しいけどね!」

充実した福祉制度は、個人の自由や女性の自立を促す

その後、筆者は、オスロでの音楽祭を取材していた時に、ミュージック・ノルウェー(国家の音楽PR機関)で働くポール・ディンメンさん(40歳、男性)にもこの問題について話を聞いた。

「今の高齢者は福祉制度に恵まれているけれど、僕がおじいちゃんになった時には、今ほどのサービスがあるとは期待していない。でも、確かに老後への大きな不安はない。だから貯金のことも、あまり考えない。税金を払いすぎかな、というくらいに毎年払っている」

「政治家が高齢者介護に責任を持つことは重要だよ。もし特定の個人、家族や女性に介護の責任が大きくのしかかると、平等はなりたたない。女性が社会に出てきにくくなる」

調べると、もっと奥が深い全体像がみえてきそうだ。福祉制度がもたらす国民のメンタル面については、これからも取材を続けていきたいなと思う。