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受信料廃止、投票で問う 公共放送めぐる論争、スイスでもあった

World Now 更新日: 公開日:
国民党青年部のミカエル・アンデルセン=スイス・ジュネーブ、大室一也撮影

2019年7月の参院選で、NHKから国民を守る党(N国)が初めて国会で議席を獲得した。いまの受信料制度がおかしいとして「NHKをぶっ壊す」と掲げ、お金を払った人だけが視聴できるスクランブル放送の実現を訴えた。実は「N国」と同じように公共放送のあり方を問う動きは、外国でも起きている。受信料廃止を国民投票にまでかけたという、スイスの現場を歩いた。(大室一也、敬称略)

ジュネーブ近郊の町で町議会副議長を務めるミカエル・アンデルセン(28)は、2年前に引っ越しをした。新居に入って2週間後、玄関のベルが鳴り、ドアを開けると、当時公共放送の受信料を徴収していた会社「ビラグ」の集金人が立っていた。「こんにちは。ビラグです。お名前を教えてください。受信料を払っていただきます」。自宅を探り当てて来た集金人を思い出し、アンデルセンは「まるでビラグ・ポリス」と苦笑した。

当時、受信料は年約450スイスフラン(約5万円)。その9割ほどがスイス公共放送「SRG SSR」に配分され、残りは州や地域の放送局などに割り振られていた。「ネットフリックスは金を払って見るかどうか自分で選べるが、公共放送は選択の余地がない」とアンデルセン。

スイスの人口は約840万人。人口の63%が独語圏、23%が仏語圏、伊語圏が8%、ロマンシュ語圏が0.5%で、「SRG SSR」は各言語別に放送している。独仏伊の言語圏では国境を越えて隣国の放送も見られる中、「SRG SSR」の視聴シェアは30%前後。収入の75%ほどを受信料収入に頼る一方、残りはコマーシャル収入やタイアップ番組などでまかなう。法律でラジオやウェブにコマーシャルを入れることは禁止されている。

スイスのドイツ語圏で流れているスイス放送協会「SRG SSR」のニュース番組=スイス・ベルン、大室一也撮影

アンデルセンは国政与党、国民党の青年部員だ。党の経済政策は自由主義志向で、自分自身その立場から受信料の徴収には批判的だ。「公共放送は、収入の4分の3が受信料収入。民放が利益を受けないのは公平ではない」と主張する。

直接民主主義の国スイスでは、国民発議や住民投票は珍しくはない。18カ月以内に10万人分の有効な署名を集めると、国民発議が可能だ。国民党青年部などの間で受信料廃止の憲法改正を求める国民発議、その名も「ノー・ビラグ」運動が起きると、アンデルセンはジュネーブ周辺のフランス語圏を中心に、街頭での署名集めに奔走した。

署名集め中、アンデルセンは有権者と対話を重ねた。受信料廃止に賛成の人からは「公共放送と民放の扱いに違いがあるのはおかしい」と公平性の点や「いい番組を作れば広告を出す企業も出てくる。民放は自助努力でやっている」とCM導入を求める声が上がった。一方、反対の人からは「受信料がないと、『SRG SSR』は生き残れない」と経営を心配したり、「受信料なしでは多言語放送が維持できない」と国の多様性が確保できるか懸念したりする声を聞いたという。

スイス放送協会「SRG SSR」(右奥)=スイス・ベルン、大室一也撮影

2018年3月、「ノー・ビラグ」の投票があり、反対が71.6%で受信料廃止案は否決された。「当時、国民党は国会の議席で約30%を占めていたので、有権者はもっと賛成してくれると思っていました」とアンデルセンは残念がる。

一方、「SSR SRG」執行役員のバケル・バルデン(44)は、受信料廃止の国民発議は「通常の民主主義の過程」と評した上で、71.6%の反対多数で否決されたことは、「公共放送に対する強い前向きな意思表示がなされ、自分たちのサービスが国民に評価されているためだ」とみる。「SSR SRG」はデジタル化の課題に対処するため自己変革する必要があり、重要な歳出削減計画を予定しているという。総額1億スイスフラン(約120億円)の歳出を削減し、うち2000万スイスフラン(約24億円)はコンテンツなどに再投資する。

スイス放送協会「SRG SSR」執行役員のバケル・バルデン=スイス・ベルン、大室一也撮影

バルデンは、スイスは直接民主主義の国で、国民が公平に情報を受けることは重要だとする。自ら民間の放送局に勤めていた経験を踏まえ、商業放送はエンターテインメントが中心となり、ニュースに投資するのは難しいという。「民主主義を健全に維持するため、よい情報を得るため、受信料に依拠した歳入システムは欠くことができません」

「SSR SRG」の歳出の40%が情報系の番組に充てられており、受信料収入があるからこそ金を投入できているという。「スイスのような狭い国でメディアが資金調達するのは難しい。全ての地域のため、公共放送を独立した存在にしておく必要があるのです」