どうしたら女性議員を増やせるか。議員の一定数を女性に割り当てる「クオータ制」はその一つだ。制度を採り入れている台湾を取材した。
女性枠が立候補後押し「次は自力で」
台北駅から新幹線で南に40分の苗栗県。トマトやタケノコ、ブドウなど農業が主な産業の人口約53万人の街だ。そこに生まれ育った蕭詠萱(シアオヨンシュワン)さん(27)は昨年の統一地方選で県議選に無所属で立候補して当選した。
親がボランティア活動に熱心で、自分も高校の頃からカフェの店員などのバイトで得たお金で、介護や児童養護施設におむつやミルクなどを寄付してきた。「もっと多くの人を助けたい」と立候補を決意した。
蕭さんはクオータ制度の「女性枠」での当選だった。蕭の選挙区の定数は8人だから、女性は少なくとも2人当選できる。
蕭の得票数はすべての候補者の中で11番目だったが、5人立候補した女性では2番目に多かったため女性枠で当選できた。男性3人は彼女よりも得票数が多かったが、落選となった。
蕭さんは「クオータ制度は、立候補を決めるために背中を押してくれた」という。
今、蕭は選挙区を細かく回る日々だ。「父の日」の手作りケーキ体験会、学校の入学式に卒業式、赤ちゃんを迎えるための母親学級に父親学級……。ありとあらゆる地域のイベントに顔を出して有権者と言葉を交わす。「次の選挙は女性枠ではなく自力で当選したい」からだ。
自分より得票したのに落選した男性の周辺からは「こんな女の子に地元のことがわかるのか」などと陰口も聞こえてくる。「自分の行動と、次の選挙の結果で示すしかない」
給食の推進や、高齢者の医療など、自分が力を入れる政策も進み、政治家の仕事に手応えを感じている。だからこそ、女性枠からの「卒業」が目標だ。
実際、蕭さんがめざしているように最初は女性枠で当選しても、その後は男性よりも得票して当選している女性は多い。
2期目はトップ当選する女性議員も
台湾第3の都市の高雄。市議会65人中25人が女性で、4割近くを占める。昨年の選挙では誰も女性枠が適用されなかった。
現在市議会議長の康裕成(カンユイチョン)さん(67)は、1998年に民進党から初出馬時には女性枠で当選。だが2期目はトップ当選し、以降は女性枠を必要としていない。
弁護士をしていた康さんは「選挙に出るなんて考えてもみなかった」。クオータのことは意識しなかったというが、「私より票数の多い男性が落選して申し訳なく思った」という。
「弁護士は一人一人が相手だが、政治家は多くの人の声を政府に届けられる。規模が全然違う」と政治の仕事にやりがいを感じ、選挙活動に力を入れた。
冠婚葬祭はもちろん、医師会や弁護士会などの団体の会合に顔を出し、若い父母の多い子ども向けの本読み会や水遊びの会も主催する。「選挙はこれまでの努力に有権者が共感してくれること。だから挑戦したいと思った」という。
台湾のクオータ制のルーツは、1946年に制定された憲法にさかのぼる。134条に「すべての選挙において、女性枠を設け、その方法は法律で定める」とうたわれていた。
「蔣介石の妻だった宋美齢の後押しが大きかった」。女性の政治進出を支援するNPO「台湾婦女団体全国連合会(婦全会)」の代表で中山大学教授の彭渰雯(ポンイエンウェン)さんは、そう説明する。
憲法制定後、戒厳令が解けたのが1987年。1991年に憲法が改正され、1992年に初の立法院選挙があった。地方議会対象にクオータ制が法律で制定されたのは1998年だ。
その結果、地方議会で女性が占める割合は1998年に約18%だったが、昨年の統一地方選後には約38%に増えた。
弱者に寄り添う政策から多様化 経済や防衛政策も
では女性が増えると、政治はどう変わるのか。
台北市議会は地方議会の中でも一番女性の割合が高く、ほぼ半数の49%。昨年の選挙で女性枠を利用した女性議員はいなかった。
民進党の台北市議、簡舒培(チエンシューペイ)さん(46)は現在3期目。党から候補に選ばれる時には女性枠が適用され立候補にこぎつけたが、本選での適用はない。
簡さんが初当選した2014年、すでに台北市議会の女性の割合は3割を超えていた。だが、簡は「3割と半数では違う」と強調する。
「たとえば、台湾では高齢出産が多いので、不妊治療の補助率の増額や、妊娠した女性の検診の補助などは、女性議員が増えたことによって男性議員の意識を変えて実現し、今も卵子凍結の補助をしようとしている」
民進党の立法委員、蘇巧慧(スーチアオホイ)さん(47)は「女性が増えたことで子育てや介護など弱者に寄り添う政策は進んだ。今では多様化が進み、経済や防衛政策に取り組む女性も多い」と語る。
政治文化も変わったようだ。日本では政治家が夜の非公式な会合で意思決定をするのは珍しくない。「台湾でも1990年代には『裏庭交渉』と呼ばれていた」。クオータ制について研究する台湾大教授の黄長玲(ホワンチャンリン)さんは指摘する。しかし、簡は「今の台北市議会では全くそんなことはない。議場で全てが決まる」ときっぱり。
ただ、女性議員が私生活と仕事を両立するのは難しい面もあるようだ。
簡さんは7歳と5歳の子どもがいる。「民進党職員の夫と子育てを分担しています。私は議員になる前に結婚しましたが、独身で政治家になると結婚するのは大変です」
「逆差別」「質が下がる」への反論は
日本でクオータ制についてよく聞かれるのが、「男性への逆差別」「女性議員の質を下げるのでは」という批判だ。
黄教授は「クオータ制で女性が政治参加する機会を広げ、立候補する女性を増やす。それによって競争が生まれるので、質も下げず、逆差別にもならない」と強調する。「しかも、最初に女性枠で当選しても、その後、首長や小選挙区という、当選者が一人しかいない選挙に出て勝っている人もいます」
昨年の統一地方選の時には民進党の幹部として女性候補の擁立に携わった林飛帆(リンフェイファン)(35)はクオータ制について「男性への逆差別だとは思わない。女性は長年の闘いを経て参政権を勝ち取ってきた。女性の政治への門戸をより広げ、権利を確保するためにこの制度は役立っている」と語る。
「女性枠は女性に政治に参加する機会を広げた点で非常に意味があった。でもまだ不十分」と語るのは、女性政策について提言するNPO「婦女新知基金会」代表の姜貞吟(チアンチェンイン)さんだ。
「定数4人以上の選挙区は確かに女性が当選するようになっているが、3人以下の選挙区では女性枠がなく、女性もなかなか立候補しないし、当選者も少ない」という。そこで、定数4人に1人ではなくて、3人につき1人を「別の性」にすることを主張する。「女性が多数の場合は、『男性枠』となります」
クオータ制が取られていない首長も女性の割合が少ない。日本の村のような小さい行政区の長は、現在約19%。「それでも増えたんです」と婦全会代表の彭教授。
「私たちは女性の首長を増やそうと、女性向けのセミナーをしています」。2日間の合宿を2回行い、1回目は首長の仕事の内容を学び、女性の首長経験者から話を聞く。2回目はチラシの作り方やあいさつのやり方など選挙の実践的な内容だ。
2018年の選挙の前は約14%だったが、そのセミナーに参加した40人が立候補して13人が当選。女性の割合も約17%になった。2022年の選挙ではそのうち10人が再選し、ほかに15人が当選したという。
「まだまだ足りません。次の2026年の選挙に向けてもセミナーを開きます」。さらに先を見据えている。