- 【前の記事を読む】政治は特別な世界ではない 「女性政治リーダー」を育てる草の根のチャレンジ
2018年3月、米国東部ニュージャージー州にあるラトガーズ大学には、約200人の女性たちが集まっていた。大学の「米国女性と政治センター(CAWP)」が主催する2日間の選挙トレーニング・プログラム「Ready to Run」に参加するためだ。このプログラムは、18年で2500人が受講し、地方選挙などに立候補した受講生の7割以上が当選しているという成果を誇る。
昨年のプログラムを3人の日本人が視察した。ジェンダー平等な政治の実現を目指し、女性のリーダー育成をするための一般社団法人「パリテ・アカデミー」の発足準備をしていた三浦まり上智大学教授と、お茶の水女子大学の申琪榮(しん・きよん)准教授。2人の取り組みを助成した笹川平和財団の主任研究員で、元国会議員秘書の堀場明子さんだ。3人が見たトレーニングの光景は圧巻だった。
■目線から口紅までアドバイス
広い会場に丸テーブルがいくつも設置されていて、テーブル一つに参加者5~8人が座っている。前方にはステージと、動画やライブ映像を映し出す大きなスクリーン。メディア対策を教えるセッションだった。
スクリーンには、ステージに登った参加者の一人が映し出されている。もう一人の参加者が質問して、模擬インタビューが始まった。その様子を見ながら、講師が参加者全体に「今のはどうでしたか」と尋ねる。よかったことの感想だけを促し、ネガティブなコメントは求めない。あちこちから手が挙がり、会場はすぐに盛り上がった。
どうすればカメラ映えして、いい印象を与えられるのか。講師が具体的なアドバイスをする。その講師は、ミシェル・オバマ前大統領夫人の初めての国際演説を手がけ、16年の大統領選では民主党のヒラリー・クリントン候補の選挙キャンペーンにかかわった女性だった。
「カメラがズームされた時のインタビューでは、相手と目を合わせるのが基本。もし、それがつらかったら、相手の肩を見ると印象は悪くならない」
登壇した参加者は、真珠のネックレスをつけた黒人だった。
「パールは大きすぎても小さすぎてもダメ。パールの白は褐色の肌によく映えるから、テレビに映る首回りの長さで。洋服は、女性でも男性でもバランスのいいロイヤルブルー。白とロイヤルブルーは、最高の組み合わせ」
メディア対策では、演説の仕方も重要な要素となる。
「大きな講堂の場合は、四分割して、それぞれで1人の目を見て演説しながら、順番に視線を動かしていく。2巡目は別の1人と目を合わせる。それを何度も繰り返すと、全員と話したような印象を与えられる」
照明で室内温度が高い演説会場やテレビ取材では、てかりを抑える化粧を心がける。
「リップはグロスよりマットで。リキッドのファンデーションではなく、粉をはたいて」
生きた戦略が、選挙資金の獲得、選挙活動の組織運営、有権者動員手法、メッセージの発信方法などを教えるセッションごとに、その道のプロから伝えられる。16年の大統領選でトランプ陣営のデジタル戦略を担った女性講師は、「メッセージの発信は一つのSNSに絞った方が効果的。トランプ大統領はツイッターだけでしょ」。選挙資金集めのセッションでは、プロの講師が「資金集めで添える手紙は、病気や離婚など自身の苦労をどう克服したなどのストーリーを書いた内容にすると、共感が広がって寄付が受けやすい」などと教えていた。
CAWPでは、黒人やラテン系、中東やアジア系など、それぞれのマイノリティーの参加者だけを集めた分科会も開いた。
「見えにくい道筋をHow Toで提供する。どんなステップを踏んでいけば、政治家になれるのかが分かると、理想と手段がくっついて、さらに女性たちの背中を押すことになる」と三浦教授。「話には聴いていたが、臨場感が違うのでイメージがつかめてよかった」と、視察の成果を語った。
■歴史ある女性政治家の育成
米国では、こうした大学主導の取り組みが数多く展開されている。三浦教授らの米国視察結果を冊子にまとめた笹川平和財団の報告書によれば、ハーバード大学の「女性と公共政策プログラム」では、過去20年間に受講した約600人の8割が政府関連の仕事に就いた。アメリカン大学の「女性と政治研究所」による育成プログラムでは、約5年間でホワイトハウスや連邦議会の事務所などに多くの人材を輩出した。
また同財団の堀場主任研究員によると、米国では、幼いころからガールスカウトで公共政策に触れたり、レモネード販売などを通して資金集めをしたりする女性が多い。18年の米中間選挙前の段階だが、上下院全体の9割の女性議員がガールスカウト出身者だったという統計もある。
三浦教授によると、大学などの民間主体で女性の政治リーダーを育成する取り組みが最も発達しているのが米国だ。
候補者数や議席数の一定割合を男女に割り当てるクオータ制が主流の欧州では、政党が女性の人材発掘や育成で主体的な役割を果たすことが多い。米国は予備選を勝って初めて政党の候補者になるので、それまでは基本的に個人の闘いになる。そのため、個人を支えるための支援が民間で発達するのだという。
また、民間だからこそ、講師を超党派から呼んでくることも可能になる。「背中を見て覚えろ」のような日本と異なり、物事を体系化してメソッドをつくるのが得意な米国で、学術的な分析に基づき開発した独自の育成プログラムを大学などの民間施設が次々と確立していった。
女性に対する問題発言や行動がたびたび報じられるトランプ大統領の存在が、18年の中間選挙で史上最多の女性議員を生んだと言われているが、一方で、女性の政治進出のために確立された複数の民間主導のプログラムが原動力の一つとなったことは間違いない。
■日本、政党の意識や資金に課題
欧州同様に政党の枠組みが強い日本だが、クオータ制はないし、欧州ほど政党が選挙に向けた人材育成をしない。党員として党活動を下支えしながら経験を積む中で頭角を示した人材を引き抜く形だが、そもそも党員になる人も少ない。圧倒的に多い無党派層の人たちの実践的な育成プログラムがほとんど存在しない中、ジェンダーギャップとの二重苦で、女性の政治進出は足踏みしてきた。
そこをカバーするために設立されたのが、パリテ・アカデミーだった。組織を持たない一般の女性が誰でも政治を実践的に学ぶことができる育成プログラムを開発。10代からの若い世代を重視する姿勢や、ストーリーを展開する講座内容は、米国型の影響を強く受けている。
ただ、米国型が日本でそのまま通用するわけではない。4月の統一地方選では4人の市議や区議を受講者から輩出したパリテ・アカデミーだが、国政選挙は地方議会とは全く異なる。
「国政選挙は政党が公認を出さないと何も始まらない。市議会レベルとは全く話が違う。そこは混同しない方がいい」と、三浦教授。今夏には「候補者男女均等法」施行後初の参院選挙が予定されているが、「守ろうとしている政党と、そうでない政党との差が激しい」のが現状だという。もちろん政党には理念もある。価値観の違う候補者は公認できない。
育成プログラムの資金運用でも米国のようにはいかない。多くの人が参加できるようにするには、参加費を廉価にするのが理想。そのために米国では、財団の助成金や個人・企業寄付などで運営資金を賄っている。
寄付文化が浸透していない日本では、財政支援を確保し続けることは容易ではない。参加者の規模を絞らざるを得ないし、地方で講座を開くことは不可能なため、希望者には東京に来て育成プログラムに参加してもらわないといけない。「財政的安定性の確保が大きな課題」(三浦教授)で、2年目となった隔週の5回連続講座も、来年以降継続するための助成金が得られるかどうかは未定だという。
そのためパリテ・アカデミーでは、協賛企業の模索や、育成プログラムのメソッドを他の団体にトレーナーつきで貸し出すことも考えている。
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