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政治は特別な世界ではない 「女性政治リーダー」を育てる草の根のチャレンジ

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「女性政治リーダー養成講座」で「自分のストーリー」を話す横井桃子さん。大学4年生だ

東京都港区の区立男女平等参画センター「リーブラ」の学習室。5つ並んだ3人1組のテーブルは定刻の7時になっても埋まったのは三つだけ、残り二つは空席のまま。少ないなと思っていたら、遅れて一人、また一人とやってきた。

5月13日、平日の夜だ。学校や仕事帰り、家事などの忙しい日常生活の中から時間をつくって駆けつけたか、幼い子どもを連れた母親の姿がある。急いできたのか、少し息を切らしながら入室してきた人もいた。高校生や大学生もいる。10分もすると、計15人の受講者が集い、全てのテーブルが埋まった。受講者も講師も主催者も、全員が女性だ。

■「自分」を語り、人を動かす

全5回の講座の第3回にあたるこの日のテーマは、「パブリック・ナラティブ」だった。パブリック・ナラティブ?

「聞き慣れない言葉ですよね。これは造語です。公の場でスピーチをすることをそう呼びます。変化を起こすためのリーダーシップに必要な技の一つです」

この日の講師で、NPO法人「コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン(COJ)」事務局長の安谷屋(あだにや)貴子さんが冒頭、講座内容の説明をした。COJは、市民の力で自分たちの社会を変えていく大切さやその方法を広める米国発祥の取り組みをしている。

「パブリック・ナラティブ」の話に聴き入る受講者たち

『私たちに力はないよね』と言っているお母さんたちとも一緒に問題を解決したい。そう思っている自分の問題意識を具体的なストーリーを話して共有することで、お母さんたちにも『それならやってみよう』と意欲的な状態にさせる。そのためのストーリーをつくる練習なのだと、安谷屋さんは言う。自分ひとりで何かをやろうとしても目的を達成できない。自分以外の人たちが、同じ目的を達成することを目指している。

確かに、「私には夢がある」で有名な米国の公民権運動指導者マーチン・ルーサー・キングも、インド建国の父ガンジーも、独力で運動を成功させたわけではない。1人では無理でも、みんなでつながることで社会に変化を起こす力になる。そのつながりをどう作るか。そのために必要なパブリック・ナラティブのトレーニングをするのが、3回目と4回目の課題だった。

パブリック・ナラティブは三つの話で構成される。

まず、自分が強調したい価値観を語る「Story of Self(自分自身の物語)」。人生でどんな困難を迎え、どのような選択をし、その結果を受けて、これから何をしたいのかを具体的に伝えるパーツだ。

次に「セルフ」で話した価値観を他者に共有してもらうための「Story of us(私たちの物語)」。

そして、なぜそれを今やらねばならないのかを訴える「Story of Now(今の物語)」。

訓練を重ねれば、この三つのストーリー全てを駆使し、限られた時間内で相手に変化を起こさせるほどのスピーチができるようになるという。選挙に勝つための演説力を養うための実践訓練に見えた。

各受講者が「セルフ」のストーリーをつくり、テーブルの同席者に3分間で説明する。「その時の光景が相手にも浮かぶくらい詳細に描写を」「その時の自分の感情なども盛り込むと、聞き手がより共有できるようになる」。アドバイスは具体的だ。

自身の経験でどんな困難が起き、どんな選択をして結果がどうなったのか。受講者は3人1組で「わたしのストーリー」を発表し合った

ここで話した「セルフ」の内容は口外厳禁、のルールがある。そのため参加者がどんなことを語ったかはここで詳しくは書けないが、セクハラや性暴力、発達障害、離婚など、受講者の「セルフ」は様々だった。聞く側の受講者からよかった点や改善点などの意見をもらって、さらに内容を磨く。これを繰り返して、この日の2時間の講座は終了した。

この「女性政治リーダー養成講座」を主催しているのは、「パリテ・アカデミー」という名の一般社団法人だ。「パリテ」とは、フランス語で「同数・均等」を意味する。そのフランスは2000年、「候補者男女同数法」(パリテ法)ができた国だった。作ったのは2人の大学研究者。そのプログラムは、学術的な研究や分析に基づいて独自開発したものだ。日本では政治家や政党が運営する政治塾は数あれど、こちらは完全な草の根の運営。だから誰もが気軽に参加できるメリットがある。講座は「リーブラ」の助成を得て4月8日から始まった。

■女子高生の参加者、何思う

受講者たちは、どんな思いで講座に参加したのだろう。2人が取材に応じてくれた。

都内の私立高校3年、永井帆南美さん(17)が最年少だった。

昨夏、ニュージーランドに留学した。世界で初めて女性の参政権(選挙権)を確立した国であることを知り、女性の権利に関心を持った。

日本では女性議員の割合が低いままで、ジェンダーギャップ(男女格差)が一向に改善されない。「おかしいと思っていたら、女性のリーダー育成講座があると知り、学ぶ場として参加を決めました」

政治家を目指しているわけではない。「それでも、色んな方のお話を聞いて、人生を考えるきっかけにもなる。同じ場に集まること自体に価値があると思い、講座を受けています」

横井桃子さん(21)は東京都内の私立大学で学ぶ4年生。「人口の半分が女性なのに、政治に反映されていない。(政治参加の)権利は人権です。女性に限らず、どんな人間でも政治家になれる権利を持つべきだと思う」。国際政治が専攻で、政治家になる過程を具体的に知ることができるのが面白いという。ただ、政治家でなくても女性として指導力は発揮できる。市民活動やビジネスなど様々な舞台で「色んなプレーヤーを演じてみたい」と話した。

2016年に選挙で投票できる年齢が18歳まで引き下げられてから約3年。当初は話題を集めて盛り上がったが、結局は若い世代の投票率は全体的に伸び悩んでいると言われる。日常生活と密接に関係しているはずの政治なのに、その存在は身近どころか、果てしなく遠いのはなぜなのだろう。

この講座では、「政治に関心のある16歳から40歳以下の女性」の参加を優先的に受け入れている。

パリテ・アカデミー共同代表の一人で、お茶の水女子大学の申琪榮(しん・きよん)准教授が理由を説明してくれた。

「パリテは、政治家や政党が設立したのではない民間運営であることに加え、育成の主な対象を若い世代にしている。この二つが、日本のほかの政治塾などとは根本的に違う特徴です」

もう一人の共同代表、三浦まり上智大学教授によると、政治学の世界では、政治教育は高校生の段階から始める必要があり、大学生でも遅いという議論があるという。

「選挙権もこれからという高校生の時に政治と触れ合うことで、政治に入る敷居が低くなる。逆に遅くなるほど高くなってしまう。若い人が政治に出ることだけを奨励しているわけではないが、若い人には政治がとても遠い存在の日本で、これまでなかった若い人向けの講座にすることで、若い人が入りやすくしたい」

講座を主催するパリテ・アカデミーの共同代表の2人。三浦まり上智大学教授(右)と申琪榮(しん・きよん)お茶の水大学准教授

パリテ・アカデミーでは、政治不信が強いと言われる日本でも、実は政治に関心のある女性はたくさんいると考えている。ただ、アメリカのように同世代で政治の話をするような環境が日本にはなく、政治の話そのものをしない文化のようなものができてしまっている。「政治は難しい」「政治家は特別な職業」。そうしたイメージだけが強まっていく。

そんなことはないんだよ。誰でも参加できるんだよ。実践的なトレーニングを提供しながら、女性が安心して政治を語れる場所をつくることで、足踏みしている女性たちの背中を押すことが、パリテの大きな存在意義になっている。だからこそ、ここでは、何をしたいのか。なぜしたいのか。そういった自分の動機を掘り下げていくことを大切にしている。始めるなら若ければ若いほどいい。早ければ早いほど効果が出る。

■参院選めざす1期生も

ジェンダーギャップの大きさを国別に順位づけした世界経済フォーラムの2018年の報告書によると、日本は149カ国中110位。列国議会同盟(IPU)の統計では、衆院議員の女性比率は10.1%で、193カ国中160位だった。

状況改善に向け、国会では超党派の議員連盟が主導して、国政や地方議員選挙の男女の候補者数をできる限り均等にするよう政党に求める「候補者男女均等法」(日本版パリテ法)が、数年にわたる議論を経て18年5月に成立した。この法律を受けて初めてとなった4月の統一地方選では、政令指定市議選の当選者に占める女性の割合が17.4%から20.8%に上昇。一般市議選でも16.1%から18.4%となり、各地で「過去最多」の記録が報じられる女性大躍進の選挙となった。

「法整備などは政党がやるべきことだが、これとは別に政治への敷居が高いと感じている女性の背中を押すようなトレーニングも必要。それなら市民社会としてもできる」。そう考えた三浦教授と申准教授が、18年3月に発足したのがパリテ・アカデミーだった。

リーブラでの5回連続講座も1年目から実施した。これとは別に、より実践的なことを学ぶ集中合宿や選挙用のビデオをつくる講座も開催した。こうした育成プログラムに延べ60人が参加。この1期生のうち5人が4月の統一地方選に立候補し、新宿区議や金沢市議、さいたま市議や室蘭市議の選挙でそれぞれ1人ずつ計4人が初当選した。今夏予定の参院選に立候補する1期生もいる。

4年後の統一地方選に出ることを考えている1期生で、横浜市在住の菊地麗子さん(36)は「講座に出て、自分の考え方が偏っていたことに気がついた。もっと全体をみないといけない。ただ選挙に出たい人だったが、(有権者から)出したいと思われる人になりたいと思った」と、講座の効果を話した。子ども支援などの活動をしてきた菊地さんは講座で、講師の一人から「あなたは市民活動より政治家をやった方がいい」と背中を押されたという。「ええって思ったけど、普通の人でも政治家になっていいんだと考え始めた」。今年4月の統一地方選では、地元市議選の候補者の選挙事務所に手伝いに入り、実際の選挙を体当たりで勉強した。

2年目の今年は2期生の育成が始まっている。今秋には2回目の集中合宿も実施予定だ。

三浦教授が語る。

「短期的に成果がでることを狙っていたわけではないが、当選者は、いいロールモデルになる。今までの人材発掘や育成のやり方では政治に入れなかった人たちを、もっと掘り起こすことができるのではないか。そういう人たちが政治に入ることによって、これまでの政治文化も刷新できる。そういうことを期待しています」

民間による女性の政治トレーニングは、なんと言っても米国が最先進国だ。三浦教授と申准教授は、この取り組みを助成した笹川平和財団とともに現地を視察して日本風にアレンジした育成プログラムを独自開発した。発足1年目の18年は、同財団が米国から講師を招き、2泊3日の集中合宿を実施。立候補に必要なノウハウを根本から教えた。

本場米国のプログラムはどうなっているのか。その現場は、驚きの連続だった。(続く)