日本で最初にエイズ患者が報告されたのは1985年。その後各地でHIV感染やエイズ診断が伝えられると、エイズパニックと言われる社会現象も起きた。「同じ食器を使うとうつる」「理髪店のカミソリは大丈夫か」など、不正確な情報や不安が広がり、HIV感染者やエイズ患者への深刻な差別につながった。
「薬害エイズ」という大問題も起きた。厚生省(当時)が承認した非加熱血液製剤にHIVが混入していたことで1433人がHIVに感染。被害者や遺族らは厚生省と製薬5社を相手取って1989年に提訴した。1996年の和解成立は、支援策の整備が大きく進む契機になった。
現在では保健所で無料で、氏名を明かすことなくHIV検査ができる。リスクの高い人が感染予防のために抗HIV薬を使う「PrEP」も、この夏に承認された。
国内でのHIV新規感染者数は、2013年の1590人(エイズ発症者を含む)をピークに減少傾向にある。死者数については報告義務はなく、実態を反映していない可能性があるが、任意での死亡報告数は年間数人から20人程度で推移している。
では、感染は落ち着いている状況なのだろうか。
日本エイズ学会理事で社会学の研究者でもある岩橋恒太さん(40)は「治療薬は良くなり、支援策も進んだ。一方でゲイコミュニティーの中でも予防への関心が低くなっている」と危惧する。実際、HIVに感染しても気づくのが遅れ、エイズが重症化する例は多い。
岩橋さんは、アジア最大のゲイタウンと言われる東京・新宿二丁目で20年以上にわたり、エイズ予防や啓発活動に取り組んでいる団体「akta」の理事長も務める。aktaでは「二丁目にエイズの問題があることを可視化する」ために、毎週金曜日にユニホームを着た「デリバリーボーイズ」がバーやクラブを回り、コンドームやチラシを配布する活動を続ける。
HIVの感染リスクが高いとされるのが、男性と性交渉する男性。だが、HIV検査を受けたがらない人が新宿二丁目にもいる。理由を尋ねると「陽性だと知ったら、死ぬのではないかと怖くなる」「陽性だったら仕事や学業を続けられなくなるから」と答えることが多いという。
岩橋さんは「HIV陽性の人への偏見が、自分自身にも向かっている、と言えないか。差別や偏見が今も、感染予防や治療へのアクセスを妨げている」と問いかける。