――aktaの活動を教えて下さい。
コミュニティセンターaktaはエイズを引き起こすHIVの感染予防を呼びかける啓発施設です。厚生労働省が事業化し、2003年に新宿2丁目に設置されました。HIV感染のリスクが高いとされるゲイやバイセクシュアルの男性たち向けの対策が狙いでした。 この人たちが自ら対策に参加することが大事だったからです。
特定非営利活動法人aktaが、その前身組織(任意団体)をふくめて設置時から運営を引き受けていて、HIVや性感染症を含む「性の健康」について、店舗などに出向いて啓発する「アウトリーチ」の手法で活動しています。
訪問事業だけではありません。施設自体が新宿2丁目のなかにあるので、その「地の利」を生かし、皆さんが待ち合わせや時間つぶしでふらっと立ち寄れる場所を心がけてきました。「街の公民館」のように展示会やサークル活動にも利用してもらっています。情報を得たり、チラシを持ち帰ったりできるような、「困ったときにはここに来ればいい」場所として定着しています。
aktaの活動は元々、ゲイやバイセクシュアル男性向けに始まりましたが、もちろんセクシュアリティにかかわりなくだれでも利用できます。新型コロナウイルスの感染が拡大する前だと、年間8千〜1万人が訪れました。
形態は、オーストラリアでの同じような事業を参考にしています。いまでは私たちのコミュニティセンターの取り組みが参考になって、台湾やモンゴルにも広がっています。
2丁目にはゲイバーなどのお店が400店舗ぐらいあると言われていますが、毎週金曜の夜に、そのうちの約170店舗にコンドームと情報資材を持ってアウトリーチにいく「デリバリーボーイズ」という活動を続けています。
現在はコロナ禍のため活動規模を縮小していますが、単にチラシやコンドームを届けるだけではなく、つなぎ服のユニフォームを着てスタッフたちが楽しそうに配布している姿を見てもらうことで、街のなかにHIV感染という健康課題があることを可視化するのですね。
いまでこそ新宿2丁目でHIV感染に対するタブー視は減り、周囲の人に陽性であると伝える人も増えてきましたが、かつてはお店から「遊びに来る街なので、病気の話はしないでほしい、コンドームはうちは関係ない」と拒否感も強かったようです。
どうやったらHIV感染やエイズを「私たちの街の課題」として考えられるのか、その方法を模索してきました。
目を引くコスチュームのボーイズたちの楽しそうな活動とともに、啓発資材でも人気店のマスターやゴーゴーボーイ(クラブイベントで踊って盛り上げる人。ゲイへのインフルエンサー)のインタビューなどを柔らかい語り口で載せたり、啓発用コンドームにもゲイに人気のあるイラストレーターの絵を提供してもらったりして、手に取りやすさを図っています。
――aktaは2丁目でのHIVのイメージを変えたのではないですか。
スタッフから聞くと、ボーイズがお店に入っていくと、店の人がお客さんにエイズや健康の話をするきっかけになったり、逆にそのあと店でお客さんから深い話が出たりすることもあるそうです。
そうやって集まった情報をもとに、今度は行政や医療機関、専門機関に対策がどう受け止められているかフィードバックする活動もしています。
――新宿2丁目の街の現場と、行政や専門機関などとをつなぐ「ハブ」の役割も果たしていると。
たとえば、アウトリーチ活動には、行政や医療者、他のNGO関係者など、地域でエイズ対策に関わる人たちも毎度参加しています。新宿2丁目を実際に歩いてもらうことでリアリティーを知ってもらい、エイズ対策のイメージを変えてもらったのです。ただ、今はコロナ禍でなかなか現場に行けなくなっているのが課題です。
ただ、こうした地道な活動に対して違和感を抱く人たちがいます。近年、HIVの感染拡大を防ぐ手立てとして「90-90-90ターゲット」が言われています。これは2014年に「国連合同エイズ計画(UNAIDS)」が提唱した戦略で、2020年までに三つの90%を達成するという内容です。
その三つとは、「陽性者の90%以上が診断を受け、感染を自覚する」「診断を受けた陽性者の90%以上が治療を受ける」「治療中の陽性者のうち90%以上が血中のウイルス量を抑制する」です。
これが達成されれば、新しい感染者数が出るのを抑制できるとされるので、とにかくどんどん検査を勧め、陽性者が見つかれば治療につなげばいい。地道な活動は効率が悪いと考える人もいます。
でも、実際にはこうした地道なことをやっていかないと、本当に届けたい相手には届かないのです。そしてそのような気づきは実際に活動に参加して初めてわかります。
――コミュニティを大事にする理由をさらにお聞かせ下さい。
検査の話がわかりやすいでしょう。「検査機会を増やす」アプローチ自体は間違ってはいません。
一方、日本で自分のHIV感染を把握している人の割合は推計で85%ぐらいとされている。意外と高い。でも、これを90%以上に引き上げるためには、あと5ポイント足りません。研究によると4000人程度と言われています。が、そうした人たちにまだ受けやすい検査の機会が届いていない。また、それが感染が広がる「へそ」とならないとも限らない。
残り5ポイントがどんな人たちなのかは難しい問題で、私たちもまだ調査や検討を重ねています。ただ、HIV感染対策は、いわゆる2丁目に来る人たちだけをイメージしてやればよいものではないと考えています。
感染リスクの高い人の中には、ゲイであることと同時に、依存症(薬物やアルコール)や貧困、メンタルヘルスなどの課題を抱える人もいます。
こういう複合的な課題を抱える人たちはこれまでのやり方ではなかなかアプローチできませんでした。このため、こうした課題に取り組む支援団体と連携することが必要だと思います。
また団体のほうも、これまで見過ごしていた支援対象者のセクシュアリティの背景に気づく機会になっています。
セックスワーカーやトランスジェンダーの人たちの感染リスクにも注目が高まっており、対策やサポートももっと必要です。
「エイズの問題を終わらせる」という目標達成のために、バイオメディカルアプローチ(医療的な手法)はもちろん大切ですが、今までのアプローチが届きにくかった人たちに接触するには、コミュニティとの丁寧な接触を持続するしかない。それを「コスパが悪い」からと優先順位が下げられては困るのです。
――岩橋さん自身、この活動に携わるようになったのはなぜですか。
最初にエイズにかかわり始めたのは2007年、大学院生になってからです。学部2年生のとき、倫理学の授業でセクソロジー研究者の池上千寿子さんの講義を聞き、「セックスや性の健康は権利」だと学び、新鮮な考えに関心が芽生えました。
大学院で改めて日本のジェンダーや性の健康をテーマとしてみたいと思い、池上さんが当時代表をされていたHIV陽性者を支援する団体「ぷれいす東京」で電話相談のボランティア活動を始めました。
このほか、ゲイやバイセクシュアル男性向けの啓発イベントなどを、HIV陽性者や新宿2丁目のゲイバーと一緒に運営したり、行政や医療者の方々と協働したりすることもすごく面白くなりました。
ちょうどその頃、厚労省が大きな予算を投じる「エイズ予防のための戦略研究」が始まり、私もそのプロジェクトに研究の実働部隊として携わりました。コミュニティをベースとした啓発や検査体制整備などを、多方面と連携しながら整える経験をしました。
プロジェクトが終わった後、akta(任意団体)がNPO法人化することになり、私も理事として加わりました。
今は理事長を務めています。研究者の視点も持ちつつ、色々な人達と協働するプレイヤーでありたいと思っています。