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コロナと結核「二正面」強いられた医師 酸素足りず患者の受け入れ断念、夜中に電話も

国境なき感染症 私たちの物語 更新日: 公開日:
エルリーナ・ブルハン医師=©The Global Fund / John Rae
エルリーナ・ブルハン医師=©The Global Fund / John Rae

FGFJ×GLOBE+ インタビューシリーズ「国境なき感染症 私たちの物語」vol.09 インタビューシリーズ「国境なき感染症 私たちの物語」の第9弾は、世界で2番目に結核感染者が多いインドネシアで30年以上、対策の最前線に立ってきたエルリーナ・ブルハン医師です。インタビューをした当時、ブルハン氏の勤務先はインドネシア国内での新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大を受け、コロナ専門病院に指定されていました。ようやくピークを脱したものの、現在も二つの感染症に立ち向かう日々です。

――インドネシアでは新型コロナの感染拡大がとても深刻だと聞いています。

インドネシアでは、今日(7月27日)だけでも4万人の新規感染者が報告され、2,000人以上が亡くなりました。

患者数は増え続け、先が見えません。現在、最高レベルの緊急事態宣言が発令されていて、ジャカルタでは大多数の人は在宅勤務をしています。外で働くことが許されているのはエッセンシャルワーカーだけです。

私が勤める病院では当初、新型コロナではない患者の診察や入院治療をしていましたが、新型コロナの感染者が急増したため、政府からコロナ専門病院に指定されました。

新型コロナの感染を避けるため、16床ある多剤耐性結核(主要な結核治療薬が効かず、より治療が難しい結核)の入院患者は他の病院に搬送しました。

多剤耐性結核ではない一般の結核患者用の28病床も結核病棟として使えなくなっています。外来での結核診療は少し行っていますが、入院を要する患者は他の病院を紹介しています。

現状では、肺や呼吸器専門医に限らず、ほとんどの医師が新型コロナの対応に追われています。

当初は隔離室の患者を診て回っていた私も病院の治療チーム長に任命され、今は役職も新型コロナ対策責任者に変わりました。

保健省からも新型コロナ対策のガイドライン作成や治療について意見を求められ、毎日が新型コロナの症例に関する会議の連続です。

今でも緊急時の呼び出しに対応する「オンコール」の医師として働いていますが、患者を診察した若い医師たちから報告を受け、それに対して治療法を決めて指示を出す役回りを担っています。

そのため、休む暇もなく、非常に疲れてストレスがたまっています。次から次へと感染者が運び込まれ、夜中の1時になっても電話に出たり、携帯電話での問い合わせに返信したりする日々です。

マスクや手袋などの個人防護具(PPE)は十分に供給されていると思いますが、医療用酸素は患者の数が多すぎて足りなくなることがあります。ベッドに空きがあっても酸素が足りずに患者の受けいれを断らなければならないこともあり、辛い思いをします。

断られた患者は、新型コロナの患者の受け入れ先として指定されている100ある病院のどこかをあたってもらうしかありません。

ペルサハバタン病院の外来治療室=©The Global Fund / Jiro Ose
ペルサハバタン病院の外来治療室=©The Global Fund / Jiro Ose

――そもそもなぜ、医師という職業を選び、結核を専門にしようと思ったのですか?

私が小さい頃は医者かパイロットになりたいという子どもが大半で、私も医者になりたいと思っていました。

高校生になってもその考えが変わらなかったので、進路を選択するとき、迷わず医学部を受験しました。

インドネシアで医学部を卒業後、ドイツにあるハイデルベルク大学の修士課程に進みました。そこでアフリカの国・ナミビアに向かいました。

ナミビアは結核患者がとても多く、今なお罹患率は高いままです。結核の負担の大きさを実感し、研究テーマに結核を選びました。ドイツに戻った後、結核患者を診る医師になろうと呼吸器内科の専門を目指しました。

――結核対策の難しさはどこにありますか。

まず、患者の教育です。治癒するまでに6カ月間を要することが理解されていないため、2ヵ月間治療して体調が良くなると、治ったと思って治療をやめてしまうのです。

ただ、そもそも6カ月間の治療というのは長すぎます。もっと短期間で済む治療法の開発が必要です。WHOは、近い将来に4カ月間に短縮できるかもしれないと言いますが、私はそれでもまだ長いと思います。

2週間は無理でも、せめて2カ月くらいまで短くできるような新しい方法の発見は、今の技術なら可能だと思うのです。

有効なワクチンがないことも結核がコントロールできなかった理由の一つだと思います。BCGは100年前に開発されましたが、期待されるほどの効果はありません。

これだけ技術が進歩しているのに、なぜ科学者たちはもっと効果的なワクチンを開発できないのでしょうか。新型コロナのワクチンは1年以内に開発され、他の感染症の多くもワクチンがあるというのに。

社会的な側面もあります。インドネシアで結核はまだ偏見の対象です。差別を恐れて病気を隠す傾向があります。

特にアジアの国々では、患者が治療を終えるまでの社会的なサポートが十分ではありません。

結核に罹ったために仕事を失い、生活費を稼げなくなっている患者を目の当たりにしています。彼らの生活を支えることができる社会があれば、簡単に治すことも感染がなくなる可能性もあるというのに。

さらに、結核菌に「感染」しているけれど、「発病」はしていない潜在性結核の予防治療については多くの誤解があり、啓発が行き届いていません。

なぜ発病していない病気を治療する必要があるのか、発病するまで待ってから治療すればいいのではないか、と考える人もいます。しかし、大切なのは予防治療です。患者やその家族、地域全体の意識を高める教育は不可欠で、「宿題」が山積みです。

ペルサハバタン病院にある結核病棟の研究室=©The Global Fund / Jiro Ose
ペルサハバタン病院にある結核病棟の研究室=©The Global Fund / Jiro Ose

――グローバルファンドが結核対策を支援するようになってから、変化はありましたか。

グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)がインドネシアの結核対策を支援するようになり、私の病院にも先進的な研究設備が導入されました。この機器は今、実は新型コロナの診断にも活用されています。

一方で、薬剤耐性結核については、治療薬の提供や保健に精通した人材育成のプログラムを具体化する上でとても重要な役割を果たしていると思います。そうしたことへの貢献にはとても感謝しています。

しかし、非常に残念なことに、インドネシアはインドに次いで世界で2番目に結核罹患率が高いのです。どうして罹患率が下がらないのか、どんな工夫をすべきなのか、関係者がもう一度話し合ってみるべきだと思います。

支援を受け続ける必要がないよう、持続可能な対策の仕組み作りが求められています。役所はすでに手がいっぱいなので、新たな人材を投入するためにもグローバルファンドの資金が使われることを願っています。

――新型コロナの話に戻りますが、教訓は何でしょうか。

新型コロナは、さまざまな面で私たちに大きな打撃を与えたと思います。健康面ではもちろん、社会生活の面でも。ハグすることや外出が制限され、大きな影響を受けました。

教育面では、学校が閉鎖されているため、生徒たちは自宅での学習を強いられています。経済も落ち込んでいます。

しかし、コロナ禍から得られるポジティブなこともあります。人々は健康や保健教育を意識するようになりました。結核も空気中の飛沫から感染する感染症であること、治療可能で予防可能な病気であることを知ってもらうチャンスかもしれません。

また、人々は予防にも気を配るようになり、マスクをすることに慣れてきました。ワクチンが必要であることの理解も深まりました。新型コロナのワクチンはたった1年で作られました。それなら、結核のワクチンも短期間でできる可能性があります。決して不可能なことではありません。

初めてコロナの感染が報告されてから、三つのT(Tracing=接触者追跡、Testing=検査、Treatment=治療)の活動が知られるようになりました。これは結核にも当てはまる活動です。感染者の追跡こそ活動の始まりです。このコロナ対策での学びこそ、将来的に結核の感染に歯止めをかけることができると期待しています。

ペルサハバタン病院に治療を受けるため来院する結核患者=©The Global Fund / Jiro Ose
ペルサハバタン病院に治療を受けるため来院する結核患者=©The Global Fund / Jiro Ose

――日本のユーザーに向けたメッセージをお願いします。

インドネシアと日本はともにアジアにあり、古くから強い精神的な絆で結ばれていると思います。

結核やその他の感染症を予防し、克服するには、一国がすべてを行うことは不可能です。お互いに協力し合って感染症対策に取り組めるよう、さらに協力や連携を深めていくことを強く願っています。

エルリーナ・ブルハン医師=©The Global Fund / Jiro Ose
エルリーナ・ブルハン医師=©The Global Fund / Jiro Ose