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HIV陽性者、セックスワーカー、トランスジェンダー…SDGsが光を当てるべき人たち

国境なき感染症 私たちの物語 更新日: 公開日:
パキスタン・プンジャブ州の保健大臣(左)と写真に収まる竹本由紀さん(右)=2021年、パキスタン・ラホール
パキスタン・プンジャブ州の保健大臣(左)と写真に収まる竹本由紀さん(右)=2021年、パキスタン・ラホール

竹本由紀さん
竹本由紀さん

――エイズ対策に関わる国際機関で長らくお仕事をされている竹本さんですが、最初にエイズに関わったきっかけを教えてください。

幼少期をアメリカ、高校時代をオーストラリアで過ごした影響もあり、昔から国際的な仕事がしたいと思っていました。最初に勤務した外務省を退職した後、アメリカの大学院の博士課程に入り、2004年にUNESCO(国際連合教育科学文化機関)の中南米地域事務所で国連でのキャリアをスタートさせました。

そこで日本も支援している「人間の安全保障基金」の一環として、中南米のドミニカ共和国にいるハイチ人に焦点を当てたHIV予防教育プロジェクトを任されました。

子どもたちが毎日ハイチから越境通学する国境沿いの地域で、学校の先生や生徒たち、その家族を対象に基本的なHIV教育と、ハイチ人への偏見や差別を排除していくプロジェクトです。

ドミニカ共和国よりもかなり貧しいハイチの人たちは差別を受けていました。そこにきてHIVの高い感染率が彼らの置かれた状況を複雑にしていて、プロジェクトはそんな状況を改善しようとするものでした。

――その後南米からジュネーブにあるエイズ専門の国連機関UNAIDSに移られます。なぜエイズ対策を専門に選ばれたのでしょうか?

幼少期の体験から、人種差別、貧富の差、ジェンダーの不平等などへの問題意識と、社会正義に携わりたいという思いを持っていました。

HIVの当事者、一番リスクが高い人たちというのは、英語で言うとmarginalized、つまり本当に「取り残されている人々」です。

国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」を巡る議論で、脆弱な立場にある人たちの代表として「女性と子ども」という枠組みをよく見ますが、さらに忘れられているのがHIV陽性者やHIV感染のリスクが高い人たち(「鍵を握る人々(キーポピュレーション)」)です。

この中には、セックスワーカーやトランスジェンダー女性、MSM(Men who have sex with men: 男性とセックスをする男性の総称)、薬物使用者らがいて、彼らへの支援が必要です。

こうした「取り残されている人々」とともに、彼らが直面する問題やニーズに応える対策に投資することが、国として、地域として大事であるという点が、自分の関心と合っていたのだと思います。

トランスジェンダーを支援するNGOを訪問する竹本由紀さん(後列の右から6人目)=2021年、パキスタンのラホール
トランスジェンダーを支援するNGOを訪問する竹本由紀さん(後列の右から6人目)=2021年、パキスタンのラホール

――その後、2017年から再びジュネーブでエイズ・結核・マラリアという3つの感染症対策支援のための国際基金「グローバルファンド」でお仕事をされました。

グローバルファンドでの仕事は、私が今所属している国連エイズ合同計画(UNAIDS)とはまた違った内容で、すごく勉強になりました。

UNAIDSは11の国連機関からなる合同プログラムで、HIV対策の戦略的方向性を示したり、技術的な支援、アドボカシー(擁護)政策やプログラムを実施します。一方、グローバルファンドでの業務は、官民パートナーシップによる基金として巨額のお金を集め、管理して配分するという内容です。

ただ、グローバルファンドもUNAIDSも目指すものは一緒です。HIV感染率を下げるとか、より多くの人が自らのHIV感染の有無を知ることとか、またHIV陽性者が治療を受けやすくするとか。

また、その国の人たち自身が主役で、国の主導する対策をサポートする立場にあるという点も同じ。

グローバルファンドでは、いかに投資が正しい形で使われて不正や汚職がなく、本当に目指す効果を生み出すための投資がされているのかということを見ていくことが必要です。

一方、UNAIDSはグローバルファンドを補完する重要な役割を果たしています。国レベルでは、常駐事務所を拠点に、政府はもちろんのこと、市民社会や他の国連機関との連携を強化することで、グローバルファンドの投資がより大きな成果を生むように支援しています。

また、各国が設置する「グローバルファンド国別調整メカニズム」(CCM=Country Coordinating Mechanism)という仕組みの一員として、また技術的支援を通して、グローバルファンドから各国に出される資金の使用計画からその実施まで、密接にかかわっています。

グローバルファンドでとても印象的だったのは、それまでUNAIDSなどで見慣れていたのとはまた違う意味での、働いている人たちの多様性です。

開発、人権、保健、公衆衛生ではない、サプライチェーンやコンサルティング、会計士や法律などの専門家がたくさん働いています。

今の職場であるパキスタンの病院で、エイズ治療薬が実際に病院の棚に並んでいるのを見ると、あのサプライチェーンの専門家がいたからここに薬がたどり着いたのだな、と感慨深い気持ちになります。

――今年から、パキスタンの首都・イスラマバードでUNAIDSのパキスタンとアフガニスタンの国代表を兼任されています。両国の印象、エイズ対策の状況はいかがですか?

パキスタンは日本の倍くらいの国土があり、人口も倍近くいる国ですが、多様な文化と言語が共存しています。

出身地によって言葉も文化も違うし、逆にアフガニスタンとの国境近くにいけば、言葉や文化の境がないのです。地続きで歴史的にも政治的にも、そしてイスラム教国としても、共通している部分が多くある2国です。

エイズ対策において「鍵を握る人々(キーポピュレーション)」は、MSM、トランスジェンダー、セックス・ワーカー、薬物を使う人々などで、エイズ流行を抑えるには、こうした当事者への支援や当事者が関与した対策が重要とされています。

ところがパキスタン・アフガニスタンでは、シャリア(イスラム法)が婚外性交渉を禁止していることもあり、「鍵を握る人々(キーポピュレーション)」は、非常にデリケートな問題です。

特に今のアフガニスタンでは、支援の大原則である、「Do no harm(害を与えない)」を尊重して活動することが最重要課題であり、多くのプログラムが事実上停止されている状態です。

今の状況下でのエイズ対策として、薬物を使う人たちに対しては社会的な差別・偏見はあるものの、戒律に反するとはされないために、まず彼らに対して何ができるかを議論しています。両国ともHIV陽性者が一番多いのも薬物使用者なので、対策としても理にかなっています。

一方、パキスタンで面白いなと思うのは、昔から「第3の性」という考え方が存在していて、現在は法律でも認められていることです。2018年にトランスジェンダー保護法が施行され、トランスジェンダーの人に対する差別やハラスメントの禁止、財産相続や教育、就職の権利の保障などが法律で定められました。

運転免許やパスポートを含む身分証明書の性別欄にも「男性・女性・その他」という3つの選択肢が与えられています。

だから、薬物を使う人たちと同じく、社会的な差別はありながらも、「タブー」としての度合いは低いという側面があります。

刑務所で行われる薬物使用者向けのHIV教育プログラムを見学する竹本由紀さん(右から2人目)=パキスタンのカラチ近郊
刑務所で行われる薬物使用者向けのHIV教育プログラムを見学する竹本由紀さん(右から2人目)=パキスタンのカラチ近郊

――新型コロナウイルスによって、エイズ対策に悪影響はありましたか?

パキスタンはコロナ対策が成功している国としてWHOからも名前が挙げられたこともあり、これまでのところ経済も比較的好調です。

パキスタンは保健や教育の分野では地方分権が進んでいて、地方政府が力も予算も持っているのですが、コロナに関しては中央政府が迅速に対応して、ホットスポットに絞ったロックダウンが効果的だったといわれています。

象徴的なのが、病院の救急がこれまで概ね収容能力以下で対応できていること。全体的な陽性率も低く留まっていますし、ワクチンの接種率も首都圏では5割を超えていると言われています。

ただ、もちろん現場では大きな影響がありました。現場のお医者さんや看護師さんたちが、コロナ対策で手一杯の中で、病院に来ることができないHIV陽性者のエイズ治療薬を途切れさせないようにバイクでARV(エイズ治療薬)を患者宅まで配達して対応したと聞いて、本当に頭が下がりました。

――エイズの歴史からコロナ対策に活かせることはありますか?

エイズにはものすごく画期的な歴史があります。それは当事者の人たちが立ち上がり、政府を動かし、対策を変えていったという歴史です。

一つの病気なのだけど、それを解決するには多くのものを動かさないといけない。根深い差別や偏見との闘いもそうだし、投資も含めた支援の枠組みも、法律も変える必要がありました。

コロナでは 「みんなが安全になるまで、全員安全とは言えない」と言われていますが、ワクチン一つとっても、国家間でも、国の中での不平等もあります。エイズ対策からコロナや未来の感染症対策が取り入れるべき点はたくさんあると思います。例えば、エイズ対策では当事者の声を聞くことで対策が進められてきました。「当事者の人たちがなぜサービスを受けにこないのか」を理解しない限り、いくらサービスを提供しても真の効果が得られないからです。

コロナでも同じで、例えば、ワクチンを受けたくない人がなぜ受けたくないかを理解しない限り、その効果を説得することもできないし、社会全体の予防も進まないですよね。

――最後に、世界で働く立場から日本への想いを教えてください。

途上国で勤務すると日本が豊かで大国であることを実感します。

日本の長年のODAなどの開発支援を通して培われてきた信頼関係があり、パキスタンは親日的な国で、政府高官にも日本の国際協力機構(JICA)の研修を受けた方が多くいます。

それもあって、自分は暖かく迎えてもらえる部分もあり、微力ながらも日本人としての貢献もしたいという想いを持って仕事をしています。

また、日本は国際保健分野の主要ドナーの一つですが、アピールの仕方が謙虚だという印象があるので、日本の国際貢献をもっと世界にアピールするお手伝いもしたいという思いがあります。

日本がJICAなどの二国間支援だけではなく、グローバルファンドなど国際機関を通じてパキスタンやアフガニスタンの感染症対策に多くの貢献をしているということは、国レベルではあまり知られていません。

だから例えば今年の12月1日、世界エイズデーのイベントでそのことに触れたい。実は、UNAIDSとJICAの現地事務所が同じビルにあるんですが、こんなご縁も生かして、JICAを通した日本の開発支援とも何か繋げることができないかを話し始めているところです。