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結核とコロナの両方に感染した南アの若き女医が伝えたい「いま必要なこと」

国境なき感染症 私たちの物語 更新日: 公開日:

予想外の結核感染と壮絶な治療

ゾレーワ・シフンバ(南アフリカ、結核・新型コロナ サバイバー)

――22才で結核に感染したのですよね。当時のことを教えてください。

2012年、医学生の時に結核と診断されました。私の場合は、感染後に肺ではなくリンパ節に結核菌が入ったので、周囲にうつす心配はありませんでした。咳や体重の減少などの症状はなく、首に3cm四方のしこりができて痛みがあったくらい。でも、薬が効かず治療が難しい多剤耐性結核と診断されました。とてもショックでした。医療現場で感染するリスクを本当には理解していなかったのだと思います。

――なぜショックだったのですか?

結核には、「貧乏な人の病気」、「貧困と悪い行いが関連した汚い病気」など、偏見や差別がつきまとうからです。一部屋しかない家に10人もの人が住むような、社会経済的地位の低い人たちがなる病気と思われるだけでなく、南アフリカでは、結核患者は全員HIV陽性者だと見られがち。私は中流家庭に生まれ、高いレベルの教育を受け、HIV陽性でもない、だから結核になるはずはない、と思い込んでいたのです。でも実際は、呼吸をする限り、誰でも結核に感染しうるのです。

貧困と密集した住宅事情が結核感染のリスクを高める。しかし、こうした貧困地域に限らず結核は広く南アの一般社会にも広がる©The Global Fund / Vincent Becker

――治療生活は辛かった?

結核と診断されてからの18ヶ月間は、毎日が拷問を受けているようでした。クリニックでの受診が最悪。数時間待たされ、21錠の薬を飲み、毎日注射を受ける。注射は、まるで熱い溶岩を体に流し込まれるようでした。数時間経っても痛みは消えず、お尻は青あざだらけになり、座ることも立つことも、シャワーを浴びることもできなくなるほどでした。薬を飲んでは副作用で吐き気と下痢に悩まされ、何時間もトイレにこもることもありました。

南アフリカは世界で最も結核がまん延している国の一つで、患者が多すぎるため、全員を入院させる余裕はありません。多剤耐性結核の患者でも外来で治療を受けます。病気と痛みとの闘いは孤独です。毎晩、治療をやめたいと思い、薬の副作用で死ぬか、結核で死ぬか、自殺するか、と考えてしまうほど。治療を受けている間、毎日少しずつ死んでいくような気がしていました。

病院の待合室風景 ©The Global Fund / John Rae

患者の気持ちがわかる医師に。世界へも発信

――結核治療を経て医師になりました。この経験から生まれた変化はありますか?

父が医者だったので子どものころから医者に憧れていました。カッコいいし、医学こそが人を助ける唯一の方法だと信じていました。結核を患った当事者として活動するようになり、様々な道があることを知りましたが、患者だったことで、自分が治療してほしいと思える医者になろうと誓うことができました。患者との関わり方には自信があります。患者だった自分が聞いて欲しかったことを尋ねられますし、自分の経験があるからできる励ましもあります。こうしたソフトスキルの重要性をもっと医学部の授業でも取り上げてもらいたい。医療従事者が治療中の人たちのことをもっと理解する努力が必要です。好んで病気になる人はいないし、辛い治療を喜んで受ける人はいません。だから治療を受けたがらない人を悪者扱いすべきではないのです。

クリニックで診察を受ける結核患者 ©The Global Fund / Alexia Webster

――その経験を生かして、グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)のサポーターとしても活躍中。やりがいは?

自分が当事者になって初めて、グローバルファンドという組織があり、世界の結核やエイズ、マラリア対策に主要な資金を出していること、南アフリカも支援を受けていることを知りました。そして結核で命を落とす人が毎年世界で百数十万人もいるということも。その後、グローバルファンド側から当事者として意見を求められ、サポーターとして活動するようになりました。感染症は、最も弱い立場の人びとを直撃しますが、彼らには発言権がなく、我慢を強いられています。私も患者だった当時は、患者側からより良い薬の開発や新薬の入手を求めても良いとは知らなかったのです。グローバルファンドを通じて発信することで、自分の声が多くの人に届き、人びとの意識、政策や制度を変えるきっかけとなること、世界の結核患者のために活動できることは、自分の生活の中での大きな励みです。

2019年フランス、リヨンで開催されたグローバルファンド第6次増資会合でスピーチをするゾレーワさん ©The Global Fund

医師として向き合った新型コロナ、日本へのメッセージ

――新型コロナにも感染されました。心境の変化はありましたか?

私の結核感染の経験は、世界中の医療従事者が日々直面しているリスクを浮き彫りにしたものです。これがコロナの現場でも起こっています。マスクをはじめ十分な個人防護具もなく、整備が乏しい環境下で、私も診療を通じて感染したのです。医師として現場で一生懸命職務をこなし、休む間もなく働いていますが、政府から医療従事者に十分な支援があるとは言えません。私は、コロナ対応で連続30時間働き、その勤務明けに交通事故を起こして重傷を負い、さらに新型コロナに感染した後遺症の一つで急性不安症になりました。すぐに職場に復帰させられたことで、体調が悪化してしまい、思い切って自ら精神科病院に1か月以上入院しました。

医療従事者たちは厳しい状況にあります。この先、医療に従事することに不安を抱いているのは、私だけではありません。だから、もし私がいつか世界に影響力を持つことができたら、医療従事者への支援をもっと増やしたい。みんなから期待されているのに、自分自身の健康を顧みることのできない現状を変えたいのです。医療の専門職は素晴らしい仕事だからこそ、より良いサポートシステムを提唱したいと思っています。

2019年渋谷で開催されたイベントで結核の経験を話すゾレーワさん ©The Global Fund / Shugo Takemi

――コロナ時代を生きる日本の読者にメッセージをお願いします。

新型コロナウイルスは、感染症を侮ってはいけないという現実を私たちにつきつけました。自分は感染の対象ではないとか、自分の国は他の国ほど感染拡大が深刻でないと思っても、人は移動するし、それによって菌やウイルスも一緒に運ばれます。

今年は、自分の健康を自分で管理する大切さを知ることになりました。だれかと暮らしていれば、自分とその人の健康も管理しなければならない。どんなに小さな行動でも、一人ひとりの行いが世界全体に影響を与える。感染症が猛威をふるい続けるのか、収束させることができるのかが決まるのです。

私は患者のために最善を尽くそうとする一人の医師に過ぎません。一人の医師や小さな病院でできることは限られています。でも、一か所で感染症の収束に成功しても他のどこかで拡大し続けていては意味がありません。完全に封じ込めなければダメなのです。日本の人たちにも協力してほしい。世界が一つになって行動する必要がある。そう思います。