米フィラデルフィアでは、オペラを見るほうが映画館に行くより安くなりそうだ。
革新的・野心的な試みで知られる劇団「オペラ・フィラデルフィア」は2024年8月27日、次の2024-2025年シーズンで、観客が払うチケット代金を自分で決める方式を採用すると発表した。
すべての公演のすべてのチケットが対象で、価格は11ドル(訳注=1ドル=146円換算で約1600円)以上であればよい。「Pick Your Price(自分で値段を決める)」というこの試みは、オペラの新たな観客を開拓する狙いがある。
「オペラを見に行きたい人はいるが、チケットが高い」とアンソニー・ロス・コスタンツォは言う。米国の著名なカウンターテナー歌手であり、2024年6月にオペラ・フィラデルフィアの総監督兼会長に就任した。「私たちの目標は、オペラをもっと親しみのあるものにして、もっと多くの人に見てもらうことだ」と語った。
この試みはただちに人気を博した。オペラ・フィラデルフィアによれば、計画が発表された日に次のシーズンのチケットが2200枚以上売れた。この前日の販売数は約20枚である。チケットの値段はもともと26ドルから300ドル(約3800~4万4千円)に設定されていた。
チケット代が高いことは長年、観客、特にオペラの初心者にとっては壁となっていた。最近では多くの舞台芸術団体が、観客がチケット代金を自分で決める方式を実験的に導入している。
リンカーン・センター、シカゴ・シンフォニエッタやオフ・ブロードウェーの若手育成劇場アルス・ノバなどがそうしている。ほかのオペラ劇団でも実験的に、先着順の当日券や若者向けの価格など割引を行っている。しかし、これまでのところ、オペラ・フィラデルフィアの方式がもっとも大胆なやり方のひとつだといえる。
オペラ・フィラデルフィアのウェブページによると、すべてのチケットは11ドルから始まるが、それ以上の高い金額を払うこともできるし、標準的な価格を払ってもよい。
多くの非営利の舞台芸術団体と同じように、オペラ・フィラデルフィアの収入源はチケットの販売収入よりも資金援助によるものの方がはるかに多いのだ。
チケットの値段を思い切って引き下げることにより、もっと寄付を集めやすくなるだろう。なぜならば、オペラ劇団への寄付行為が、大多数の人にとって手の届かない高価な芸術を補助しているとはみなされなくなるからだ。
コスタンツォいわく、この新しい方式のおかげで、劇団はいかにおもしろい作品を制作するかということにより集中でき、チケットの売り上げをあまり心配しなくてよくなるだろう。
コスタンツォはさらにこう語った。「チケットの売り上げはもはや収入の多くを占めてはいないが、それでもプログラムの内容を左右する。いつも聞くのは、たとえばチケットが売れる『カルメン』を演目にしなければいけないといった話だ。1枚150ドル(約2万2千円)の代金を払える人を意識して出し物を決めてしまう。こういったすべてのことが、オペラの制約となっている」
オペラ・フィラデルフィアの、観客が払う金額を決める方式には、オペラ界の著名人も称賛の声をあげている。
ソプラノ歌手のルネ・フレミングは「これはオペラにとって画期的な出来事であり、観客との関係構築において新しい大胆なモデルになる」というコメントを出した。
オペラ・フィラデルフィアは、他の多くの劇団同様、コロナ禍から立ち直るのに苦労してきた。創立は1975年だが、予算を削減し、スタッフを減らし、公演回数を抑えてきた。2024-2025年シーズンの予算は約1千万ドル(約14億6千万円)の見通しで、これはコロナ前の2018-19年シーズンの1560万ドル(約22億8千万円)より落ち込んでいる。公演数も30から9に減っている。
大きな基金を持たないオペラ・フィラデルフィアは、そのときどきの寄付にかなり頼ってきたが、コスタンツォの就任以来、700万ドル(約10億2千万円)が集まった。劇団によると、このお金で予算の不足を補い、借金を返し、「自分で値段を決める」プログラムを支えるという。
2024-2025のシーズンには、オペラ・フィラデルフィアは三つの出し物を予定している。ミッシー・マッツォーリとロイス・バブレクの「ザ・リスナーズ」が2024年9月に開幕する。あとは、ジョゼフ・ブローニュの「匿名の恋人」とウォルフガング・モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」である。
コスタンツォは、今後も「自分で値段を決める」プログラムをさらに発展させていくつもりだという。
そしてこう語った。「これは賭けなのだ。今のところはうまくいっている。だが、どこかの時点でうまくいかなくなるだろう。そのときには、戦略をどう調整し、前進させるか考えねばならない」(抄訳、敬称略)
(Javier C. Hernandez)©2024 The New York Times
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