ミュージカル「オペラ座の怪人」は、米ニューヨークのブロードウェーで上演の歳月を重ねてきた。この世界で舞台に立つ踊り手の多くは、初演時にはまだ生まれてもいなかった。
しかし、2023年2月18日に終演を迎えることが、このほど発表された。上演35周年の記念日から数週間後になる。
ブロードウェーの歴史を見ても、これほどのロングランはない。その上演回数は、当分は破られそうにないという金字塔として輝く。このまま無事に最終日を迎えれば、1万3925回目の舞台となる。
ブロードウェーでは、いくつものロングランがもう何年も前に終わっている。「キャッツ」のオリジナル版(訳注=1982~2000年)は7500回、「レ・ミゼラブル」(訳注=1987~2003年)は6691回、「コーラスライン」(訳注=1975~1990年)は6137回の上演を続けた。
「オペラ座の怪人」(以下「怪人」)は、観客動員数も稼ぎっぷりもすごかった。2022年9月11日時点でブロードウェーに見にきたのは1980万人、興行収入は13億ドルにのぼる。ロンドンの劇場や巡回興行(こちらはブロードウェーでの終演後も続く)による世界各地での上演を加えると、この数字はさらに膨れ上がる。
では、「怪人」なき後のブロードウェーで、その後を継ぐ現役作品はどれになるのだろう。「シカゴ」は2021年秋に現公演が25周年を迎えた。「ライオン・キング」のその節目は2022年秋。この二つを含めて、10年以上続いている作品は四つある。その特徴を比べてみよう。
■シカゴ=現公演は1996年初演
セックスと殺しの組み合わせは、やはりなかなかパンチ力があるようだ。舞台では、夫や恋人の男性を殺して服役している女性たちをめぐる策略が展開する。ジャズの歌曲と鬼才ボブ・フォッシーの振り付け、当時の司法制度に対するどす黒いほどの風刺が人気を呼んでいる。
このミュージカルは、歌は米作曲家ジョン・カンダーと米作詞・脚本家フレッド・エッブが制作。脚本は、エッブと先のフォッシーが担当した。ブロードウェーの初演は1975年だったが、2年しか続かなかった。
しかし、1996年にマンハッタン・ミッドタウンの由緒ある劇場ニューヨーク・シティーセンター(訳注=ブロードウェーの劇場群には入っていない)でアンコールプログラムの一つとしてその簡略版が再演されると大評判となり、ブロードウェーに舞台を移すことになった。
このリバイバル版は、制作責任者がウォルター・ボビー、振り付けはアン・ラインキングで、ブロードウェー史上2番目のロングランとなっている。「怪人」が終われば、現役最年長となる。
これだけ持続できたことには理由がある。上演の組み立てが、ほかと比べてはるかに簡潔なのだ。1週間あたりのランニングコストは、すごく、すごく、すごく安い。
舞台セットは一つだけで、機械化は最低限。出演者は衣装も替えない。舞台上の奏者は、オーケストラのような「怪人」と比べて半分ほどの14人にとどまる。そんな厳しいコスト管理が、隅々にまで行きわたっている。
加えて2002年の映画化が成功し、映画そのものに与えられる最重要のアカデミー作品賞を獲得した。(訳注=ミュージカル映画はヒット作に恵まれないという当時のジンクスを破った)いささか意外なこの展開が強力な追い風となった。
ただし、見にくるのは観光客が非常に多く、配役のゴシップ的な話題性で興行収入を上げようとする傾向がある(2022年春にカナダ出身の俳優パメラ・アンダーソンを主役のロキシー・ハートに起用したように)。収入はコロナ禍になる前に伸び悩んでいたし、今も再び不安定になっている。
ロングランがいつまで続くかを見通すことは難しい。ただ、成功を疑えば、それが間違いであることをこれまで何度も証明してきた実績がある。これからどうなるかは、外国人観光客や仕事で出張してくる人たちがいかに多くこの街に戻るかにかかっているといえよう。
2022年9月11日時点の「シカゴ」ブロードウェー版の上演回数は1万114回。観客動員数は980万人。興行収入は7億1100万ドル。
■ライオン・キング=1997年初演
この作品は、間違いなくジャングルの王様であるとともに、ディズニーの誇りでもある。芸能史上最高の興行収入をあげたと豪語するほどだ。
ブロードウェーのミュージカル版はアニメ映画をもとにしており、ここでロングランを続けている作品の中では最もパワーにあふれている。
その源泉は、一つには目を見張らせる巨大な人形や仮面だろう。これを創造力いっぱいに駆使して、神話のようなストーリーが繰り広げられる。さらには、ディズニー・ブランドが持つ強さと、あくことのない家族連れへのアピールが加わる。
ジュリー・テイモアの演出で、子ライオンが父の死をなんとか乗り越えてその跡を継ぐ歩みが展開される。ポップス調の歌は作曲エルトン・ジョン、作詞ティム・ライス。レボ・Mらによる南アフリカの曲も出てくる。
2022年9月11日時点の「ライオン・キング」ブロードウェー版の上演回数は9740回。観客動員数は1640万人。興行収入は18億ドル。
■ウィキッド=2003年初演
心の底から楽しもう! このミュージカルでは「オズの魔法使い」に出てくるあの極悪魔女の裏話が、思いやりを込めて描かれている。当初は成功を疑う声もあったが、大ヒットとなった。ブロードウェー劇場の中では最大のガーシュウィン劇場で演じられ、勢いの衰える兆しは見えていない。
グレゴリー・マグワイアの小説をもとにしている。長く好まれてきた魔法使いの物語。なるほどと思わせる機知に富んだ題材。そんなところに愛着を持つ観客をうまく引きつけている。(訳注=2人の魔法使いの)女性同士の友情に焦点をあてた展開は熱心なファン層の開拓に成功し、リピーターが多い。
歌の作詞・作曲はスティーブン・シュワルツ。脚本はウィニー・ホルツマン。演出はジョー・マンテロが手がけている。
とっくに実現していてもおかしくなかった映画化も進められている。ジョン・M・チュウ監督のもと、アリアナ・グランデとシンシア・エリボの両俳優が主役となり、24年の後半から2部に分かれて公開される予定だ。
2022年9月11日時点の「ウィキッド」ブロードウェー版の上演回数は7268回。観客動員数は1290万人。興行収入は15億ドル。
■ブック・オブ・モルモン=2011年初演
喜劇は時代の試練に耐えるのが難しい。このミュージカル・コメディー「ブック・オブ・モルモン」も、当初は目くじらを立てる向きと激賞する批評家がいて評価は割れた。それでも、初演から10年余りがたった今は安定した好調さを保っている。
この作品は部分的には(訳注=ケーブルテレビで放送されたアニメコメディー)「サウスパーク」の制作チームが関わっている。そして、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)のみならず、宗教一般に対して痛烈な皮肉を発している。それをしっかりと支えるのは、「本当にそんなこといっていいの」というほどのどぎついユーモアと、巧みに組み込まれた古風な歌と踊りだ。
しかし、コロナ禍の間にライバル作品と比べてより厳しい関門をくぐらねばならなかった。主要プロデューサーの一人、スコット・ルーディンが手を引くことになったのだ。
一つにはパワハラの訴えがあった。さらには、(訳注=作品の舞台である)アフリカの村の描写が差別的ではないか、との指摘が批評家の一部から出てきた。
このため、3人の脚本家チーム(ロバート・ロペスとトレイ・パーカー、マット・ストーン)が脚本の構成要素と演出を刷新。興行の好調さを維持した。
2022年9月11日時点で、パーカーとケーシー・ニコロウが共同演出した「ブック・オブ・モルモン」ブロードウェー版の上演回数は4131回。観客動員数は450万人。興行収入は7億400万ドル。(抄訳)
(Michael Paulson)©2022 The New York Times
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