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がら空きのショーウィンドーが舞台に一変 ある演劇監督のひらめき

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Audience members listen on headphones as actors perform “Seven Deadly Sins
店頭のショーウィンドーで繰り広げられる「七つの大罪」の劇と、ヘッドホンを着けてこれを見る観客=2021年1月31日、米フロリダ州マイアミビーチ、Scott McIntyre/©2021 The New York Times。舞台は、左から「色欲」「憤怒」「強欲」

ショーウィンドーの中での公演が、2カ月も続いた。その最後が2021年1月末にはねると、役者たちは目の前の夜の通りに繰り出し、喜びを爆発させた。

米フロリダ州マイアミビーチ市。サウスビーチ地区にある目抜き通りのリンカーンロードは、歩行者専用道路をはさんで店が立ち並ぶショッピングモールだ。その店頭にあるショーウィンドーをいくつか借りて、「Miami New Drama」(マイアミ新劇団、以下MND)は今回の連続公演の主な舞台としてきた。この通りのすぐ近くにある自分たちの拠点劇場コロニー・シアターは、コロナ禍で使えなくなっていた。

演目は「七つの大罪(英題:Seven Deadly Sins)」(訳注=キリスト教に由来。人間を罪に導く欲望や感情を指している)。「色欲」「強欲」「憤怒」……。一つの罪ごとに、舞台となるショーウィンドーが一つ。1カ所だけは、拠点劇場の荷物の積み下ろし場所を利用した。

観客は、12人が一つのグループになり、ガイドとともに七つの舞台をめぐる。役者の声はヘッドホンで聞く。それぞれの舞台の前では、きちんと間をあけた明るい赤色の席に座ってもらう。

MNDは、5年前に公演を始めたばかりだ。なんとか活動を維持したいとベネズエラ出身の芸術監督ミシェル・ハウスマンが、この演出をひねり出した。きっかけは、コロナ禍対策として20年3月13日に始まった街のロックダウンだった。翌日に迫っていた初のミュージカルのオープニングは、中止せざるを得なかった。

ハウスマンは、7人の著名な脚本家(ヒスパニック系5人と黒人2人)にそれぞれの罪を表題とする短編を頼んだ。

例えば、オーリン・スクワイヤーの「怠惰」は、黒人を自称する白人女性を描いた(訳注=実際に20年9月、そう告白した米大学の准教授がいる)。カルメン・ペラエスは、「傲慢(ごうまん)」で(訳注=19世紀の米政治家)ジョン・カルフーンの彫像を取り上げた。奴隷制度を積極的に擁護した人物で、引き倒そうとする群衆に彫像が挑みかかるという筋書きだった。

MNDをハウスマンとともに立ち上げた(訳注=やはりベネズエラ出身の)モイセス・カウフマンは、父親の遺言をめぐって争う息子と娘を「強欲」に登場させた。六つのショーウィンドーを舞台とする作品は、どれも1人か2人の役者が演じる設定だった。

公演は、切符のほとんどが売り切れ、2度にわたって延長された。俳優組合によると、この公演の制作費は58万ドル。同じ時期に行われたプロの実演劇としては、(訳注=ブロードウェーの劇場などの閉鎖もあり)全米で最大の規模となった。役者の他にも、舞台の美術、設営関係者ら100人を雇用。更衣室をすべて個室化するなどの厳重な新型コロナ対策を取った結果、1人も感染者を出さなかった。

そんな苦労もあって、最終公演が終わると、役者たちはみな外に飛び出し、大声をあげながら抱き合った。そして、屋外バーにいたハウスマンの周りに集まり、その功績をたたえた。もともとにぎやか好きなハウスマンも、破顔でこれに応えた。バーのネオンには、「煉獄(れんごく)」(訳注=カトリックの教義で罪を犯した人の霊魂を火で清めるところ)とあった。

一夜明けて、ハウスマンに電話で尋ねた。この演出はどう考え出したのか。今回の公演が持つ意味はーー以下は、そのインタビューだ。

ーー連続公演を終えたときの気持ちは。

公演を再び延長できなかったときは、悔しくて泣いた。でも、最後は引き下がった。終わってみると、みんなで奇跡を呼び起こしたような気がする。芸術的な意味合いだけではない。感染対策が機能したという点も含めてのことだ。

ーーこの演出は、どうひらめいたのか。

コロナ禍に直撃されたときは、楽観主義者の私もすごく悲観的になった。でも、未曽有の事態に直面していることは理解できた。一方で、リンカーン通りの店頭のショーウィンドーがいくつも空いたままになっているのがここ数年、とても気になっていた。

自分の事務所を閉め、かなり長く戻ってこられないだろうと思いながら、歩いて自分の車にたどり着いたときだった。そんな店頭が目に入り、とたんにガーンと来た。ショーウィンドーの中には役者が、外には観客がいる光景が目に浮かんだ。

その後、自転車で転んで膝と手首の骨を折り、何週間も入院した。ついていなかったけれど、逆に救われる結果となった。街全体がロックダウンの隔離状況にある中で、個人的にも病院に隔離されることになった。

その病院では、あのショーウィンドーをどうしようかという考えに浸り込んだ。そして、(訳注=米国の代表的な劇作家の一人とされる)ソーントン・ワイルダーのアイデアを借りて、七つの大罪を10分ずつの短い劇と組み合わせることにした。さらに、何人もの作家に脚本を書かせた1974年のベネズエラの劇を手本にすることを考えついた。

ーーそれからどうなったのか。

最初にダン・ゲルバーに電話した。マイアミビーチの市長だ。こんな気でも狂ったようなアイデアがあるけれど、市の協力なしには始められないと訴えた。すると、「われわれは(訳注=コロナ禍対応の)同じ舟に乗っている者同士」と即座に引き受けてくれた。

ーー心配だったことは。

何もかもだ。拠点のコロニー・シアターで劇をするのは、もう手慣れたものになっていた。そこから、わずか40歩の場所で劇をすることになるのだが、まるで月で上演する感じだった。新しい劇場を七つも作り、それぞれに照明や音響機器、舞台セットがいる。地図のない世界に乗り出すようなものだった。

ーーサプライズもあったのか。

オープニングの前に、事件が起きた。白人至上主義者と思われる男が、(「傲慢<ごうまん>」の)カルフーンの彫像セットに怒って、爆破すると脅してきた。その舞台だけではなく、コロニー・シアターともども爆破するというんだ。単なる脅しじゃないと真に迫ってね。20分後には、あたり一帯が警察に占拠されていた。怖かったけれど、演劇とはやり遂げねばならないものと思った。演劇と政治性は、切り離せないものだからだ。

ーー新型コロナ対策の影響は。

みんなが外で活動できるようになるには、まず全員が検査で陰性であることが必要だった。それも、3回パスせねばならなかった。その後も、毎週2回検査して、全員が陰性であることを求められた。だから、検査を受けるのは、とてもうまくなった。重要なアドバイスだってできる。検査棒が入るときは、大きく息を吸い込むとよい。

ーーこれまでも政治的な要素を常に織り込んできたが、今回はどこに力点を置いたのか。

今回は、脚本家にはかなり幅のある形で依頼した。注文は、取り上げたい罪を選んで、1人か2人で演じる10分の劇にしてほしいというだけ。でも、返ってきたのは、七つの大罪を通した米社会の縮図だった。パンデミックと「黒人の命も大切だ」運動、それに(訳注=大統領選という)政治的な節目。それが折り重なった2020年に生きるとはどういうことなのかを問いかけていた。こちらは、劇を通してその問いを広める手伝いをしただけだ。

ーー他にもいろいろな方法があったはずなのに、2021年にまで及んで劇を生で演じる必要性はどこにあったのか。

自分には、演劇界の先人たちに対して大きな責任があると思っている。劇をいかに演じるかは、さまざまに工夫されてきた。テレジエンシュタット(訳注=現在のチェコのテレジン)のナチスの強制収容所でも。南アフリカの人種差別政策アパルトヘイトのもとでも。東西冷戦下では、鉄のカーテンの向こうにいた反体制派の居間でも続けられた。その炎を、絶やしたくはない。

さらに、もっと大きな責任を地元の演劇界に感じている。ここまでは、誰一人として一時解雇をすることなしに済ませてきた。この劇の立ち上げには、100人も雇った。リハーサルも含めると、公演は3カ月がかりになり、演じるプロの役者と舞台関係の技術者の数は、60人にも上った。今回の劇への芸術的な評価が低かったとしても、私にはこの雇用効果だけでも十分だ。

ーー今回、他に学んだことは。

一つの物語を生で実演する仕事に携わっていることを改めて実感できて、今は解き放たれたような気分を味わっている。この仕事には、目の前に無限の可能性が広がっているのだから。(抄訳)

(Jordan Levin) ©2021 The New York Times

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