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コロナ禍の打撃続くニューヨーク 再起のきっかけ探すアーティストたち

World Now 更新日: 公開日:
ブロードウェー・ミュージカルが密集するニューヨークのタイムズスクエア周辺は、コロナの影響で全ての劇場が公演を中断し、閑散としていた=2020年12月1日、山本大輔撮影

「眠らない街」として知られるニューヨークが、新型コロナ感染の影響で静まりかえっている。ミュージカルの本場ブロードウェーでは全ての劇場が閉鎖し、ジャズクラブも営業自粛。一流のアーティストたちですら仕事に困り、生計をたてる手段を必死で模索している。世界有数の芸術の都。その名声にふさわしい再生はあるのだろうか。(山本大輔)

■全劇場でミュージカル公演中断

『オペラ座の怪人』に『キャッツ』、『レ・ミゼラブル』や『シカゴ』、『ミス・サイゴン』、『ライオンキング』、『ハリーポッターと呪いの子』。数々のヒット作品で人気を集めてきたミュージカルの中心地、ニューヨークのブロードウェーでは、タイムズスクエア周辺に40を超える主要劇場が密集している。「オフ・ブロードウェー」などと呼ばれる小規模の劇場を加えると、その数は数倍になる。2018~19年のシーズンには主要劇場だけで計約1500万人の観客を動員したが、コロナの影響で20年は3月初めでシーズンが打ちきりとなった。

「ブロードウェー・ショーは2021年5月30日まで中断」。昨年10月下旬から約1カ月半、ニューヨークに出張した際、全ての劇場の入り口には、長期閉鎖を伝える貼り紙があった。

ネオンが輝くブロードウェーミュージカルの劇場。公演の中断期間が何度も延長されてきたが、今夏に予定されている公演再開は実現するだろうか=2020年11月18日、山本大輔撮影

ただ、今夏に公演再開ができるかどうは不透明だ。『アフター・ミッドナイト』などのミュージカルに音楽家として出演したことがある著名なジャズ・ドラマー、アルベスター・ガーネットさん(50)が教えてくれた。

「新規のコロナ感染拡大が減少傾向に転じた20年の夏には再開を試みる動きもあったが、結局できなかった。21年5月末以降、あくまで試験的な再開を目指しているが、かなり難しいと思う」。一つのショーに大規模な人員が必要な劇場内で、密を避けるためのソーシャルディスタンスを確保しながら、これまでと同様の質と内容でパフォーマンスを維持するのはとても難しいという。観客の多くを占める観光客が戻ってくる見通しもない。

歌にダンス、音楽演奏、舞台美術やテクノロジーなどあらゆるジャンルで世界のトップ人材による激しい競争社会となっているニューヨークで、ブロードウェーの仕事につけると、生活が激変する。ガーネットさんによると、ブロードウェーでは基本給があり、その役割などに応じて追加の支給額が細かく用意されている。医療保険なども充実していて、会社で働くのと同じような待遇になるのだそうだ。

「それまで食べるのに苦労していたフリーランスの人たちが突然、10万ドル(約1千万円)を超える年収と健康管理などの福利厚生制度を得る。ブロードウェーを通じて中流階級入りしたアーティストは多い」

ニュージャージー州の自宅のスタジオからZoomでインタビューに答えたジャズ・ドラマーのアルベスター・ガーネットさん。日本でも何度も公演している=2020年11月19日

巨額の支出に見合う売り上げを得られないショーは容赦なく潰れ、すぐに新しいショーが生まれる。通常でも新作10のうち1~2作品しか生き残れないとガーネットさんが強調する厳しい世界で、全ての劇場が長期閉鎖されたコロナ危機は、アーティストらにとって極めて深刻な状況をもたらした。急激な減収は当たり前。離職や失職する人もでてきて、生活設計が一気に崩れた人も多い。知り合いの音楽家の一人は状況にうまく対応できず、自死したという。

■有名ギタリストを救った「オンラインレッスン」

1933年から始まり、今ではニューヨークの冬の風物詩となったラジオシティ・ミュージックホールのクリスマスショーも昨年は中止となった=2020年12月1日、山本大輔撮影

ガーネットさんの本業であるジャズ界も状況は変わらない。昨年3月以降、米国内外で予定されていたジャズ・フェスティバルは全て中止となり、「ブルーノート」を始めとする有名ジャズクラブや、コンサートホールなどでの公演もできなくなった。ニューヨークのジャズ団体で会長を務めるガーネットさんには相談の連絡が相次ぎ、その対応に追われて疲弊する毎日が続いた。コロナ禍の長期化で、自分のバンドメンバーに会うことすらできなくなり、一時は本業が事実状の失業状態になった。今でも収入はコロナ前の半分程度しか回復していない。

コロナ禍の影響は、世界的に有名な一流アーティストすらものみ込んだ。マーク・ホイットフィールドさん(54)。レイ・チャールズやクインシー・ジョーンズらとの共演でも知られ、日本にもファンが多いジャズ・ギタリストだ。

国内外でツアーを繰り返す忙しい生活を送っていたが、昨年3月以降、仕事が全てキャンセルされた。スウェットパンツ姿で家の中をいったりきたりするだけの毎日となったというホイットフィールドさんは、「4月中旬の段階でノイローゼになっていた。ギタリストとしての人生は実は全て夢で、現状が現実なんだと本気で思うようになり、毎朝起きることの意味を見失った。精神的に不安定だった」。不動産業の妻と、同じくジャズ・ミュージシャンの息子にしか会わない日々が続いた。

そんな時、オンラインでギターを教えないかという仕事の依頼が舞い込んだ。これが精神的安定を取り戻す転機となった。ギターを教えることで、人とつながっているという喜びが湧き上がった。若い世代との会話には発見やひらめきも多く、逆に自分自身が多くを学ばされた。今では週に4~5回のオンラインレッスンをしている。

ニュージャージー州の自宅からZoomで取材に応じたマーク・ホイットフィールドさん。精神的に不安定になったというコロナ禍の苦しみを、ジェスチャーや冗談を交えて明るく語ってくれた=2020年11月20日、山本大輔撮影

初めて体験したオンラインでの仕事を、音楽活動にも採り入れ始めた。まずは無料の配信ライブをしながら、リアル演奏と同じ質の音がオンラインでも伝わるようにするため、機器などの改善や購入を始めた。事前に録画し編集した高品質の演奏動画を配信しながら、同時に視聴者とチャットするなどの工夫もしており、一部有料化の試みもしている。

「ギターを握れば、人々を魅了できる」。自信が再びよみがえった。本業のギター演奏による収入はコロナ前から半減したが、その分をまかなえる収入がオンライン講義で入るようになった。築いてきた経験と名声を評価されての講師料の設定だったという。

夏はコロナ対策を考慮した屋外会場でライブ演奏をすることができた。第3波が始まった今冬も、ライブ演奏を再開する施設が少しずつでている。州の規制に基づき、25%以下の収容制限で午後10時までの営業だが、困難な時期だからこそ音楽を熱望する人たちが多いことに希望を抱いたという。

■デジタル配信という活路

キャンディス・ホーイスさんがオンライン配信した新曲のプロモーション写真(本人提供)。約半数の視聴者が日本からだったという

コロナ禍を乗り切るために、デジタル上での音楽活動を本格化させたアーティストのなかで、最も移行が早かった一人がジャズ歌手のキャンディス・ホーイスさん。昨年8月、新曲『Zora's Moon』をリリースし、初めてオンライン配信した。

20年は大きなジャズフェスティバルの参加やコンサートの開催など予定が目白押しで、ジャズ歌手としてのキャリアのハイライトになるはずだった。それがコロナで全て消えた3月の時点で、すぐにオンラインでのライブ配信に必要な機材を少しずつ買い集めた。録画や配信技術などを同時に独学で習い始めた。

幸運なことに、ニューヨークの女性基金団体による助成対象に選ばれていたこともあり、最低限の資金は確保できた。高質な録画や配信ができるまでに技術を習得したと思えた段階で、今度はスポンサーなど関係者たちへ積極的にオンラインでのライブコンサートを売り込んだ。テレビ会議システムを使って音楽イベントを始めた大学や民間団体から仕事が入り出し、出演料をもらって出演するようになった。

「3月11日を最後に文化施設で実際のコンサートを開けておらず、自身の活動を再定義する必要があった。すぐにデジタルへ移行できたことが私にとって非常に重要だった」というホーイスさん。今ではほぼ毎週、オンラインイベントや配信をしている。

コロナ前の収入レベルにはほど遠いが、それなりの額は生み出せるようにもなった。国内外で音楽ツアーをすれば不可欠な航空機代やホテル代、コンサート会場代などの支出がオンラインなら必要ない。ファンと対面で会話ができないのは寂しいが、ファンにとっても交通費などの削減になり、遠くにいても参加することができて、双方にとって経済的だと考えるようにもなった。実際にオンライン配信した新曲の視聴者の約半分が日本からだったという。

「コロナ禍で分かったことは、これまで当たり前だった生活や考え方が、いつ突然遮断されるか分からないということ。コロナが収束した後も、次になにか起こるかもしれない。この期間を学びの機会ととらえ、新たに採り入れた技術は今後も生かしていきたい」。ホーイスさんの姿勢は常に前向きだった。

すでにジャズ界で成功者となっている3人のように、誰もが恵まれた環境にあるわけではない。幸運なケースであることは3人全員が認識しており、一方で、生活に苦しんでニューヨークを去ったアーティストが多くいることも知っている。

■レジリエンスに優れた都市

ニューヨークのタイムズスクエア近くにあるライブハウスでは、屋外にテントを設けてライブイベントを開いていた。ただ、州が規制する午後10時までの閉店を確認するため、警察車両が近くで待機していた=2020年12月6日、山本大輔撮影

「それでもニューヨークは芸術の都であり続ける」と3人は口をそろえる。 その理由は? パリやロンドン、東京など、世界中のエンターテインメント拠点でツアー演奏をしてきたホイットフィールドさんの話が分かりやすかった。

「ニューヨークは、あらゆる芸術の分野で世界有数の教育施設が密集し、頂点を目指す逸材が世界中から集まってくる。その後に活躍できる場として一流の舞台、文化施設も密集している。このトップレベルの密度の濃さは世界でニューヨークしかない。人が集まればアイデアも集まる。これこそが芸術の都としての歴史を積み上げてきたニューヨークの魔法。簡単には死なない」

ガーネットさんは「不幸中の幸いで、むしろ再生が促す環境が生まれる可能性がある」と期待している。米国で最も物価の高い都市であるニューヨークでは、家賃が高騰し、将来のある若い芸術家たちが暮らせる街ではなくなっていたという。それがコロナ禍で多くの人が転出し、店舗や住居でも空室が増えたことで、マンハッタンの賃貸アパートの家賃は昨年11月段階で前年同月比で22%も下がった。約9年ぶりの下落水準だという。一定期間、家賃を無料にする期間をもうける家主もでている。

「今までよりもニューヨークが住みやすくなると、将来性のある若い芸術家たちが昔のように集まりやすくなる。それが新たな活力を生み出す。人が去り、人が来る。ニューヨークはこれを繰り返して成長してきた。世界でもレジリエンス(復元力)が最も優れた都市なんです」。楽しそうに話すガーネットさんを見ていたら、こうしたニューヨークの人たちの熱量と前向きさが、この都市を支えるレジリエンスの源なんだと実感した。