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『ハミルトン』作ったリン・マニュエル・ミランダが語る、演劇界の偏見と差別

Global Outlook 世界を読む 更新日: 公開日:
FILE - Lin-Manuel Miranda poses for a portrait during the Sundance Film Festival in Park City, Utah on Jan. 25, 2020.  The playwright, actor and songwriter shows his impressive hip-hop improv skills in 窶弩e Are Freestyle Love Supreme,窶
リン・マニュエル・ミランダ氏=AP

人種差別への抗議デモが全米で続いている。深まる分断をどう乗り越えればいいか。「米国建国の父」の一人で初代財務長官アレキサンダー・ハミルトン(1804年没)の生涯を、主な役に黒人などマイノリティー俳優を起用して描いたブロードウェーミュージカル「ハミルトン」の脚本と作詞作曲を手がけ自ら主役も演じた、リン・マニュエル・ミランダ氏(40)に聞いた。(聞き手・渡辺志帆)

――「ハミルトン」で、史実では白人の「米国建国の父」の役に、白人ではない俳優を起用したのはなぜですか。

ミュージカルを作ろうとした当初からのアイデアでした。

原作の伝記を読んだとき、二つのことにぴんときました。一つは、複数いる建国の父たちの中でも、ハミルトンだけが移民の物語と呼べる背景を持っていたことです。彼はカリブ海の島出身で、米本土で育ったわけではなく、貧困の中から優れた知性と文才で出世しました。

もう一つは、彼が貧困から抜けだす過程や、英国との独立戦争に身を投じたこと、そして新政府作りを支援したことを書き残したことです。

私にとって、それはヒップホップ物語そのものでした。私の好きなヒップホップアーティストは、自分の生き様や苦闘を具体的に歌詞に書き、同じ経験を持たない世界中の人の共感を呼び起こすことができます。だから、伝記を初めて読んだ時ですら、頭の中の「建国の父」は白人ではありませんでした。ヒップホップやR&Bを生み出した有色人種で、登場人物の熱量を表現できるのは誰か、それを考えて配役をしたのです。

Lin-Manuel Miranda is Alexander Hamilton and Leslie Odom, Jr. is Aaron Burr in HAMILTON, the filmed version of the original Broadway production.
ミュージカル「ハミルトン」で主役ハミルトンを演じるリン・マニュエル・ミランダ氏(左)。ハミルトンの長年のライバルで決闘することになる第3代副大統領アーロン・バーは黒人俳優レスリー・オドム・ジュニア(右)が演じた=©2020 Lin-Manuel Miranda and Nevis Productions, LLC.

――「ブラック・ライブズ・マター」運動が盛り上がる今、「ハミルトン」を通じて伝えたいことはなんですか。

米国の起源と建国を扱った作品ゆえに、本当に政治的な点を挙げるとすれば、米国という国が抱えるあらゆる問題、あらゆる矛盾、あらゆる闘争が建国当初から存在したということでしょう。

闘いは形を変えて今も続いています。そして、奴隷制の原罪も描かれます。作品の時代設定ゆえに、登場人物の誰もが奴隷制を実践したことでは「共犯」なのです。そして、その罪は今も米国に影響を及ぼし続けています。(史実では白人の)「建国の父」を黒色や褐色の肌の役者たちが演じることで、ここは自分たちの国でもあるんだと私たちに教えてくれます。この国は、「建国の父」たちや、彼らに似た容姿の人たちだけのものではありません。私たちが、良きにつけあしきにつけこの国を受け継いでいるからこそ、皆が国の未来を決める際に発言する権利があるのです。

――4年前、当選まもないペンス現副大統領が「ハミルトン」を観劇した際、出演者が舞台から手紙を読み上げ、トランプ新政権では米国の多様性が守られないのではという懸念を表明しました。

あの時のことで興味深いのは、大統領選のわずか10日後、まだ大統領も副大統領も就任していない段階で、私たちが権力者に対して真実を述べたことです。

手紙の内容は、「あなたがたが恐れと分断を掲げて選挙戦を行ったので私たちは恐怖を感じています、どうか私たちを団結させ、私たちみんなの代弁者になってください」というものでした。その結果、現大統領は起きたことをまったく違う風にとらえ、役者が副大統領に嫌がらせをしたと言いました。私たちは嫌がらせなんてしていません。私たちは、その後、大統領と事実との「軽い関係」を幾度となく目にすることになりました。

(「ハミルトン」の舞台が)現大統領の「脚本集」の初期の挿話になったのは奇妙な気もしますが、私は役者の一人が手紙を読み上げたことを誇りに思います。とても立派でした。現大統領は誰かが攻撃の標的にされることを知っていて発言しています。私たちはあの後、劇場の警備を強化せざるを得ませんでした。彼のようなやり方で物事をとらえることは恐ろしいことです。本当にこわい経験でしたが、もう一度同じ状況に置かれたとしても、私たちは前言撤回せず手紙を読んだでしょう。

――プエルトリコ人の両親のもと、多様性に富むニューヨークで育ちましたが、マイノリティーとして差別を受けたことはありますか。

もちろんです。私自身にも、私が育ったラティーノ(中南米系移民)が多く住む地域のだれしもに経験があります。2008年にブロードウェーで初演された「イン・ザ・ハイツ」が、ラティーノ戯曲家によるほぼラティーノ俳優だけの初のミュージカルだった事実が、すべてを物語っています。私のいる「演劇業界」という世界のごく一角にすら、無意識の偏見や制度的人種差別が存在していることを示しています。

制作の過程で、プロデューサーから何度も「作品は気に入ったが、移民街の話だろう。ドラッグや犯罪の要素はないのか」と言われました。いまだに(移民系ギャング同士の抗争と悲恋を描いた1957年初演のミュージカル)「ウエストサイド物語」や否定的な固定観念をもとに判断されるのです。そのたびに制作チームが「そんな要素は必要ない」と一蹴してくれました。障壁を一緒に打ち砕く仲間がいてくれたことに感謝しています。

――新型コロナ禍で演劇界は厳しい状況に置かれています。舞台人として、果たしていきたい役割は何ですか。

私が「ハミルトン」の一座を率い、米国の演劇に関わっていく限り、出演者と同じくらいに観客や楽屋スタッフ、そして制作チームに多様性を持たせたいと思っています。コロナ禍の逆境の中で希望といえるのは、米国の劇場が普段通りに稼働していないことです。週8回の公演を行う平時には、これほどの余裕はありません。通常公演ができない今だからこそ、この業界を作り直す時間とエネルギーにあてられると思います。黒色や褐色の肌の俳優やスタッフが意識を向けさせてくれる人種差別などの問題に、一座やツアー公演の範囲ではありますが、向き合う時間が持てます。ですから変化は起こせると望みを持っています。

リン・マニュエル・ミランダ 劇作家、作詞作曲家、歌手、俳優、プロデューサー。1980年、米ニューヨーク州生まれ。2008年にブロードウェーミュージカル「イン・ザ・ハイツ」で米演劇界最高の栄誉トニー賞4部門を受賞。16年に「ハミルトン」で同賞11部門など各賞を受賞。